第11話 生きていく、ちから
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荒れ野をゆく、乗り合い馬車。
照りつける太陽。
日除けがわりに、フードを
「ほれ……」
目の前に差し出された、皮袋──水筒。
声の主を見る。向かいの席に座った、おばあさん。
「飲んでおきなよ」
「……ありがとうございます」
「どこまで行くんだい」
「……市場都市まで」
「市場都市? マシャンテかい。
「……」
「まあいい。余計なことは聞かないよ。だがあんた、その様子じゃ、
「……」
「だんまりかい。あんた、ひとりだろ? 亭主はどうした?」
「……」
「やれやれ、わけあり、か。まったく、どこのアホスケが、こんな子供みたいな娘をだまくらかして──」
「……死にました」
「なんだって?」
「彼は……死にました」
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レースの
羽と両手を広げて横たわったわたしは、天井を見つめて、ほうっ、と息を吐いた。
ずっと、鉄の箱の中で飼われてきたからだろう。
フカフカのベッドで放心すると、何もかも忘れて、とろけてしまいそうになる。
「……なぜだ」
レースの向こうで、うなるような声がする。
「うん……」
「……なぜ、俺かと聞いている」
「ヴィドーが、いい」
「……理解できん」
狩人のヴィドーは、月明かりの射す窓枠に座って、酒瓶をあおっていた。
わたしは、〈交雑〉する相手に、ヴィドーを選んでいた。
相手を選べ、と鉱山王に言われたときには、めんくらった。
てっきり、
だが、どうやらボルゲスの狙いは、わたしが産むはずの娘にあるらしく、「自分の子供に手を出すのは、さすがに……」と
2階のテラスに連れ出されると、中庭に何人かの
若い護衛や料理人、鉱山の事務員……。
みな何事かという、戸惑った顔をして、一列に並ばされている。
それぞれが、普通の生活を送っているに違いない、ごく普通の人々──
わたしは、ポツリと言った。
「……ヴィドー」
「なんですって?」
ボルゲスが、聞き返した。
「ヴィドーが、いいです」
「よし、決まった!」
鉱山王は、即座に決定をくだした。
ボルゲスは不満そうだったが、スキルを持つ鉱山王の判断には、したがうしかない。
それが、1時間ほど前のこと。
「準備はいいかね?」
寝室に、鉱山王がやってきた。
わたしもヴィドーも返事をしないのを見て、鉱山王はふむ、と鼻を鳴らした。
「緊張することはない。〈交雑〉を発動させるには、身体が接触してさえいればいいのだ。お主たちは、そう──手でも握っていればよい。もちろん……それ以上の
鉱山王は、わたしが横になっているベッドの天蓋のレースを、手の甲で
「このベッドは──むしろ、フェアリーの乙女が
ヴィドーがあおったワインが、ビンの中でチャポン、と音を立てた。
天蓋をくぐって、頬に大きな傷のある見慣れた大男の影が近づく。
「……本当に、いいのか」
「二度は、聞かないんでしょ」
「……好きにしろ」
ヴィドーに向かって、わたしは迷わず手を伸ばす。
狩人は──どこかおずおずと、無骨な手を出すと、そっとわたしと手のひらをあわせる。
「よろしい、では──」
鉱山王が、念じるように
金の卵が向かうのは、どこまでも、どこまでも、暗い道。
そんな世界に向かうなら、人間の心を、持ってはいけない。
狩人のヴィドーだけは、どこまでも冷たく、やさしく、わたしを
そんなわたしたちなら、金の卵の
「こうざ──」
鉱山王がスキル名を口にしようとした瞬間、寝室の扉が音を立てて開いた。
血相を変えた執事が、息を切らして駆け込んでくる。
「旦那さま! 旦那さま!」
「なんだ、騒々しいっ! いまは大事な──」
「一大事でございます、まっ、魔物の軍勢がっ……」
「なにぃ!?」
鉱山王はバルコニーに通じる大窓に駆け寄ると、大きく開け放って、外を見た。
「こっ、これはっ……!」
月明かりを背に、黒々とした巨大な影たちが、空を舞っていた。
「レベル99の
「そ、それだけでは……街にはファイヤー・トータスの群れが押し寄せ、こちらに向かって来ておりますっ」
顔面蒼白の執事が言うと、鉱山王はヌウ、と獣のように吠えた。
「ボルゲスはっ?」
「す、姿が見えませぬ」
「くっ……お前はすぐに街に戻るのだ。住民の待避を優先させよ! おのれボルゲス、事態がここまで切迫していることを、隠しておったなっ」
執事が部屋を飛び出していくと、鉱山王はわたしたちに向き直った。
「聞いての通り、もはや事は
いらだったように天蓋を引きちぎった鉱山王は、わたしの腕をむんずとつかんだ。
わたしは、レベル100の熟練冒険者の腕力にあらがうこともできず、ベッドから引きずり出される。
「……待て」
ヴィドーが、鉱山王を呼び止めた。
「なんだ! こうしている間にも、わしの街と民が
鉱山王はわめきちらすと、勢いよく寝室の入り口を出た。そのとき──
ゴボボボボオボボボボボボボボボボボボボ
窓の外から猛烈な炎が渦を巻いてなだれこんできた。
鉱山王の身体が、一瞬で吹き飛ばされて、見えなくなる。
まだ寝室にいたわたしも、鉱山王とともに飛ばされて、部屋の奥の壁に叩きつけられる。
騎竜兵があやつるドラゴンが、容赦無く、城の中に紫色の炎を吹き込んだのだ。
「……起きろ」
ヴィドーに助け起こされたわたしは、腕に違和感を覚えて、目をやる。
しっかりと、わたしを握ったままの鉱山王の手。だが、そこにあるのは
ドラゴンの炎に焼き切られた手だけが、まだ、わたしをつかんでいる。
「いやっ……!」
わたしが腕を振るうと、鉱山王の手がボトリと
ヴィドーの身振りにしたがいながら、足音を忍ばせて部屋を出る。
隣の部屋の壁が、消し飛んでいた。
奥の廊下に、鉱山王が無惨な姿で倒れている。
そっと近づくと、半身を失った鉱山王が、ううっ、とうめいた。
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カーベル・クレマン Lv.100 HP80/34000
(継続ダメージ効果中、〈煉獄の呪詛〉効果中)
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「……ガイド……フェアリー……わ、わしも、ぼっ、冒険の旅に、出たときは、そなたのような、乙女に、導かれたものよ……」
「〈治癒〉します、黙って──」
「無駄だ……どっ、
鉱山王は、残った片手を伸ばした。わたしはとっさに、その手を握る。
「乙女よ……
「どんな……?」
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カーベル・クレマン Lv.100 HP40/34000
(継続ダメージ効果中、〈煉獄の呪詛〉効果中)
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「……わしが、しょ、生涯をかけて、集めたスキル……敵兵に奪われるだけではっ、死んでも死にきれんっ……どうか……わ、
ヴィドーが、うなるように言った。
「……錯乱したか」
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カーベル・クレマン Lv.100 HP30/34000
(継続ダメージ効果中、〈煉獄の呪詛〉効果中)
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「ちっ、ちがう……わしの、スキルを、見るのだ……〈継承〉の技を……」
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カーベル・クレマン Lv.100 HP20/34000
スキル: リスト表示不可。スキル数が500件を超えています。
スキル検索: 〈継承〉=自分の子に、全獲得スキルを100%の確率で継承できる。
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──全、スキルを……。
「……産みます」
「……おい」
ヴィドーが、ぐい、とわたしの肩をつかんだ。
わたしは、振り返ってヴィドーを見上げた。
「産みます」
「……」
こんなチートだらけの世界で、弱いわたしは、ひととして生きられない。
ならばせめて、わたしが生きた
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カーベル・クレマン Lv.100 HP10/34000
(継続ダメージ効果中、〈煉獄の呪詛〉効果中)
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「……やって、ください」
「乙女よ……ありが、とう……」
〈交雑〉──〈継承〉──……
わたしの中で、ドクン、と音がした。
数百のスキルを受け止めた命が、身体の中で暴れている──。
ドオオオオオオオオオオオオオオン
何かが衝突する音がして、鉱山王の城が大きく揺れた。
ヴィドーが、有無を言わさずわたしを引っ張り、鉱山王のそばを離れる。
天井から崩れ落ちてきた瓦礫で、鉱山王の姿は、すぐに見えなくなった。
ひとならぬ、お主たちなら、あるいは〈超えられる〉かもしれぬ……
鉱山王が最期につぶやいた言葉が、わたしの耳にいつまでも響いていた──
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