第10話 たまごのなかみ

「たまご……」


わたしが呆然と繰り返すと、赤ら顔のボルゲスはウヒヒと笑った。


「わたしもねぇ、あなたがかわいいっ! そのルックスッ、そのスキルッ、そして、その美しい羽っ! ああ……商人にとってあなたは、1000年にひとりの逸材いつざいと言っていいっ。だが……から、それはそれは恐ろしい脅しを受けまして……一介いっかいの商人の身の上では、これ以上、歯向かうことはできません。そこで、ですっ! お別れの前に、あなたには金の卵を産んでほしいのです、にっ」


グフフッグフフフッとボルゲスは喉を鳴らすと、ゲボゲボむせ返って、白いハンカチで口をぬぐった。


「失礼失礼……何も知らないあなたのために、かたって聞かせましょう。このマイネル鉱山はね、かつては〈女房泣かせウィドウ・メイカー〉と呼ばれていたんですよ。この土地に、大量の金が埋もれていることはわかっていた。だが、いかんせん、地盤がもろい。命知らずの男たちが一攫千金いっかくせんきんに挑戦しては、落盤事故の餌食になっていた。そんな鉱山の問題点を、で解決したのが、こちらの鉱山王カーベルさんなんですっ!」


ボルゲスがさかずきを掲げると、鉱山王は鷹揚おうように手をあげてこたえた。


「カーベルさんは、採掘した大量の金を元手に地位とコネとを築き、一代で大商人にまでのしあがったわけですが──では、問題です。そのとは、何でしょうっ? はいっ、リリムさん、当ててください」

「あの……」

「ブブー、時間切れです、ざあんねん! 正解は、ですっ。かつて冒険者だったカーベルさんは、〈求める者スキル・シーカー〉として、各地を旅していたんですよ。その過程で、実に愉快なスキルを獲得されたんですっ。その名も、〈〉っ!」


わたしは反射的に、カーベルを〈審美眼〉で見た。


+++++++++++++++++++++

カーベル・クレマン Lv.100 HP34000/34000

スキル: リスト表示不可。スキル数が500件を超えています。


スキル検索: 〈交雑〉=異種族間の子を成し、新しい種族を生み出すことができる。ただし、単為生殖する種族は、その限りではない。

+++++++++++++++++++++


「見えましたか? 常人じょうじんなら、これはペットや家畜に使う、育成系スキルだと解釈しますよねぇ。だが、天才的なことに、カーベルさんは〈交雑〉を使って、オークとハイブリッドを作ったんですっ」


──にんげん、の……?


鉱山王は、指先で口髭くちひげをひねりながら言った。


「中級モンスターの中でも、オークの体力や粘り強さはピカイチだ。しかも、子供はどんどん産まれる。あとは人間の社会性と学習能力、そして従順さを持たせれば、危険な鉱山でも働き手に困ることはない。狙い通り、ハーフ・オークは人間のように家を建て、荒地を耕し、井戸を掘るようになったのだ。しゃべれはしないが、道具の使い方は身ぶり手ぶりで教えることもできた」


さらに、とボルゲスが得意げに付け加えた。


「彼らは、自らので、肉の手配も必要ない。労働力には扶持ぶちというものが必要ですからねぇ……ハーフ・オークは、荒地の食料問題も一度に解決したわけです」

「しょく……りょう……?」

「ええ、ハーフ・オークはよく増えるので、適当にしてやるんですよ。今宵こよいも、ハーフ・オークの子供の肉を使ったご馳走を振る舞ってくださっている。いや、これが実にうまいっ!」


──が、いっぱいで、とーってもきれいね──


小さなハーフ・オークの、無邪気な声。

わたしは食卓を飛びのいて、部屋の隅にうずくまった。


「ううっ……」

「あ、そんなところに吐かないでくださいよ、ああっ……まったく! 申し訳ない!」


ボルゲスは、はねるように席から立ちあがって、鉱山王に謝罪する。

そして、わたしを見下ろしながら、芝居がかった調子で続けた。


「いやはや……あなたは、そうやって粗相そそうばかりして、親の顔が見たいですねぇ……しかし、見られないっ! まさに、そこが問題なんですっ! ガイド・フェアリーは、フェアリーの国にいるマザー・フェアリーが産んだ卵から孵化ふかするそうじゃないですか。それじゃあ、ここでのは不可能だ。そこで、わたしは考えたわけです。もし人間との間に子供を作ることのできる、ハーフ・フェアリーが作れたら? これは、ムフフ、、かなりがあるだろうとね。実際、羽ではなく、ゆずってほしいという話が、どれだけあったことか──」


わたしは、這いつくばったまま、ボルゲスをにらみつけた。


「ゆるさない……そんなこと……」

「許す? あなたに許してもらうことなど、何もありませんが? 我々の契約は、もう成立している。ハーフ・フェアリーの調達に成功したあかつきには、鉱山王とわたしとで、新しいビジネスをはじめるんですよ。いわゆる、利益の山分けレベニュー・シェアってやつです。あなたを手放しても、わたしには商人として、バラ色の未来が待っているわけでして。ですから──」


──今夜のうちに、卵を用意していただきますよぉ。

鼻の穴を広げたボルゲスの顔が、魚眼レンズで映したように、歪んで見えた──

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