第9話 金のニワトリ

「おい……聞いたか、護衛のマシアスの話」

「聞いた聞いた、あの傭兵ようへい、ボルゲスの旦那だんなにHP3になるまでムチで打たれたらしいな」

「ああ……このフェアリ──いや、この積荷つみにのことを、村の酒場でベラベラしゃべったって、ボルゲスの旦那はそりゃもうオカンムリよ」


鉱山の街マイネル。

馬車の荷台に置かれた、鉄の箱の中。

わたしは荷運びの男たちの声を、ぼんやり聞いていた。


「……旦那は最近、なんだって、あんなにカリカリしてるんだ?」

「それがだ……ここだけの話、この商隊キャラバン、かなりヤバいことになってるらしいぜ」

「ヤバいって?」

「俺たちゃ、命を狙われてるのよ……このに、最初に目をつけてた買い手がいてな。相当ヤバい相手だったらしい。聞いた話じゃ、そいつからこのを引き渡せと、最後通告を受けたんだと」

「するってえと……そのヤバい客が、この街の首領ドンなのか? だから突然、進路を変えて、ここに来たんじゃ──」

「そいつぁどうかな。と言やぁ、辺境の商売人の元締もとじめだぜ。商隊キャラバン襲撃をほのめかすたぁ、思えねえが……」


くわばらくわばら、と唱えながら、男たちは離れていく。

やがて、納屋の戸が締められ、ガチャリと重い錠前じょうまえがかけられる音がした──。


すっかり日が暮れた頃。

わたしは、真っ暗な鉄の箱の中で、目を開いた。


クンクン、クンクン


耳に届く、奇妙な音。

横たわったまま〈暗視〉のスキルを発動させる。


クンクン、クンクン


が、荷馬車にもぐりこんできたらしい。


「──!」


〈暗視〉で、鉄の箱ののぞき穴を見つめていたわたしは、ギョッとして身を硬くした。

白くギラリと光る目が、のぞき穴の向こうに現れたのだ。

クンクン。その生き物は、わたしが入った箱のにおいを、しきりに嗅いでいる。

わたしは息を殺したまま、〈審美眼〉を発動させた。


+++++++++++++++++++++

ハーフ・オーク Lv.8 HP350/350

スキル: 〈痕跡探索〉、〈大食〉、〈念話〉

+++++++++++++++++++++


子供なのだろうか。

小さなハーフ・オークは、わたしに興味津々のようだった。

猿ぐつわをされたままのわたしは、〈念話〉のスキルで話しかけた。


〈こんにちは〉

〈???〉

〈わかるかな……わたしは、フェアリー〉

〈ふぇ……ふぇ、あ〉


どうやら、人間の言葉では、〈念話〉でもしゃべりづらいようだ。

わたしは、〈幻術師の庭〉で獲得していた〈意思疎通〉のスキルを、初めて使ってみた。


《わたしは、フェアリー、だよ。わかる?》

《おねえちゃん、なまえ、フェアリー?》

《ううん、名前はリリム。フェアリーは、お姉ちゃんたちの種族のこと》

《ふうん。あたち、2159っていうの》

《にせん……》

《2159っていうの。おにいちゃん、2158っていうの。おとうと、2160っていうの》

《そう……》

《おねえちゃんも、きょうだい、いる?》

《うん、いるよ。フェアリーの国には、お姉ちゃんみたいなフェアリーの兄弟が、たくさんいるの》

《ふうん。じゃあ、とっても、きれいね》

《え……?》

《きれいなが、いっぱいで、とーってもきれいね!》

《うん……そうだね》


わたしがそう言うと、2159──小さなハーフ・オークは、フンフンと鼻を鳴らした。

どうやら、わたしとの会話に満足したらしい。


そのとき、納屋の錠前が外れる音がして、男たちの足音が聞こえた。

ピクリと身を震わせた2159は、モソモソとかすかな音を残して姿を消した。


男たちは、わたしを入れた鉄の箱を、どこかの地下室に運んだ。

いつものことだ──。


でも、箱から引き出されたわたしは、少し、戸惑う。

足かせと猿ぐつわが外されていく。なぜ──?


男のひとりが、乱暴にわたしの腕をつかんで扉の向こうに押し込んだ。

ムッとした蒸気で、肌が濡れるのを感じた。


──お風呂?


この世界の人々は、滅多にお風呂に入らない。

普通は、川で水浴びをしたり、湯で湿らせた布で身体をぬぐったりするくらいだ。


こんなふうに、自宅に浴室を構えているのは、王侯貴族かよほどのお金持ち──。

久しぶりの入浴の機会。わたしは、ありがたく利用させてもらった。


ドンドン


しばらくすると、急げというように、扉が叩かれた。

フカフカのタオルで身体を拭うと、用意されていた衣装を身につける。


フリル袖の白いブラウス。ラップ式のスカート。淡い緑色の、ビロードの上衣。ごく常識的な、上流階級の普段着。

いつも、ボルゲスがのために用意する下品なドレスとは、ずいぶんちがうコーディネートだった。


扉の前で待っていた召使いに案内されるまま、廊下を歩き、階段をのぼっていく。

地上階から上は、まるで白亜の殿堂だ。

どこもお城のように天井が高く、ぜいらした美術品が並んでいる。


通されたのは、広間だった──この大空間も、きっとこの城にいくつもあるなかのひとつに過ぎないだろうけど。


中央には、冗談のように長く伸びた食卓。

その上に、果物や肉料理が山と盛られた皿や、ワインボトルが並んでいる。


「おお! 来たか、ウワサの!」


がっしりとした大柄の男が、わたしを見るなり、親しげに声を上げた。


筋骨隆々なことが、きらびやかな衣装の上からでもわかる。

鋭い眼光、ビシッと固めれられた髪からは、精力がにじみだしているようだ。

ピンと先のとがった口髭くちひげは、いつか目にした騎士団の隊長に似ていた。


「ほらほら、挨拶のひとつくらいしてください。こちら、この鉱山都市を仕切っている大商人のカーベルさんですよ」


銀のゴブレットを片手に、すっかり赤ら顔になった商人のボルゲスが、わたしに笑顔を向ける。

わたしは、そんなボルゲスをにらんだ。


「にげる、と、おもわない、の」


旅の間、ずっと猿ぐつわをはめられたままだったので、が、うまく口から出てこない。

ボルゲスは肩をすくめると、鉱山王カーベルに向かって、さもおかしそうにヒヒヒと笑ってみせた。


無粋ぶすいな子で、すいませんね……ヒヒヒ。ですが、彼女が逃げようとして、逃げられたことなど、一度たりともないんですよ。そうですよねえ、ヴィドー」

「……」


ボルゲスに言われてはじめて、わたしは部屋の隅で、狩人のヴィドーがワインボトルをあおっていることに気づいた。

わたしが〈飛翔〉で逃げようとすることなど、当然、織り込みずみなのだ。

鉱山王が、豪快に笑って言った。


「いかぁん! いかんなぁ、ボルゲス。もっと愛を持って接さなければ。美しきフェアリーの乙女よ、ここはわしにめんじて、ともに宴席を囲んではくれまいか」


もない。わたしに選択肢などないのだ。

手近な席に座ると、給仕係がそそくさと皿や食器を整えた。

こんなふうに、食卓につくことなど、いつぶりだろう──。


鉱山王は、そんなわたしの様子を見て、満足そうにうなずいてから、ボルゲスに話しかけた。


「──さて、落ち着いたところで、先ほどの続きだが……ふむ、どこまで話したかな?」

「冒険者の一団が、シャトーナ王国の名門ギルドを乗っ取ったと……」

「おお、そうだった。〈大鷲おおわし鉤爪かぎづめ〉と言えば、王都屈指の名門ギルドだろう? それをが乗っ取って、創設者たちを追放した。あまつさえ、王国の庇護ひごまでハネつけて、拠点を市場都市マシャンテに移したのだ」

「ほほう、なぜまた市場都市に?」

「ああ! 我が友ボルゲスよ、おぬしでもわからんか。つまるところ、その新入り冒険者は、わしらよりもがあったということだな……」

「商才、ですって?」

「市場都市の外には、広大な旧時代の廃墟都市があったろう。新生〈大鷲の鉤爪〉は、王朝時代の遺跡という遺跡からモンスターを根絶やしにして、森を切り開き、としての復興計画をぶち上げたのだっ!」


──廃墟都市の……モンスターを……?


わたしは、果物を取ろうとした手を、思わず止めた。


「しかし、彼らは戦闘職中心のギルドでしょう? モンスターとは戦えても、復興事業などできるわけが──」

「いやいや、それがやつらのところよ。市場都市の商業街区は、旧時代の王宮を無理矢理、市場に改造して使っておったろう? 手狭なうえに、税も高いとあって、あそこの商人たちはみな、商業ギルドへの不満を強めておった」

「商業とは名ばかりで、王朝を倒した革命時代の有力者の家系が、権力をほしいままにしてきましたしねぇ」

「 〈大鷲の鉤爪〉は、そんな不平商人たちに旧市街の土地を格安で提供し、さらには復興支援と称して、10年間の無税の確約を商業ギルドにねじこんだのよ。しかも、自らギルドの資金を共同事業につぎ込んで、道路や水道の整備に余念がない。いまや、マシャンテの旧市街は、どの都市も及ばぬ大活況だそうだ」

「なんと……」


ボルゲスは、難しい顔でワインを飲み干すと、ゴブレットをテーブルに置いた。


「しかし……わかりませんね。討伐はともかく、旧市街の復興でしょう? それだけの労働力は、どこから調達したんです? まさか、個性的ユニークな方法を彼らも──」

「フハハハッ、天下広しと言えども、真似まねできる者など、そうはおらんだろう。報告によれば、やつらは〈超越教エクソダス〉とかいう教えを広めて、貧しい森の村やスラムから民を集めておるのだそうだ」

「宗教……ですか。それはまた、なんとも古典的ですねぇ」

「いやいや、なかなかどうして、魅力的な教義だぞ? 予言に従い、まもなく人々のレベルが100を超える〈解放の日〉が来る。そのとき、人類はこの世のシステムから解放され、〈絶対の自由〉を手に入れる──と、まあ、そんな話だそうだ」

「〈真実の自由〉たるレベル100を超えて、〈絶対の自由〉に至ると……いやはや、そんな不確かな予言に頼ってレベルキャップを超えようとは、実に連中ですね」


ふうむ、と大商人カーベルは、口髭の先を指でひねった。


「たしかに、ただのおめでたい連中かもしれん。だが、なんの保証もない言葉だけで、あれだけの人間が動くとも思えぬ……。〈大鷲の鉤爪〉は、何かわしらの思いもよらぬの存在をつかんだのかもしれんな──」

「チートスキルとは……キナくさい話ですねえ。ともかく、わたしは当面、その旧市街への投資は見送ることにしますよ。今日のあなたとの取引で、ここにいる金の卵……もといが、ますます稼ぐようになるわけですし……」


ボルゲスがニヤリと、下卑げびた視線を送ってくる。


「ますます……?」

「なあに、ですよ。あなたには、文字通り、金の卵をもらうことにしたんです──」

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