第9話 金のニワトリ
「おい……聞いたか、護衛のマシアスの話」
「聞いた聞いた、あの
「ああ……このフェアリ──いや、この
鉱山の街マイネル。
馬車の荷台に置かれた、鉄の箱の中。
わたしは荷運びの男たちの声を、ぼんやり聞いていた。
「……旦那は最近、なんだって、あんなにカリカリしてるんだ?」
「それがだ……ここだけの話、この
「ヤバいって?」
「俺たちゃ、命を狙われてるのよ……この
「するってえと……そのヤバい客が、この街の
「そいつぁどうかな。
くわばらくわばら、と唱えながら、男たちは離れていく。
やがて、納屋の戸が締められ、ガチャリと重い
すっかり日が暮れた頃。
わたしは、真っ暗な鉄の箱の中で、目を開いた。
クンクン、クンクン
耳に届く、奇妙な音。
横たわったまま〈暗視〉のスキルを発動させる。
クンクン、クンクン
「──!」
〈暗視〉で、鉄の箱ののぞき穴を見つめていたわたしは、ギョッとして身を硬くした。
白くギラリと光る目が、のぞき穴の向こうに現れたのだ。
クンクン。その生き物は、わたしが入った箱のにおいを、しきりに嗅いでいる。
わたしは息を殺したまま、〈審美眼〉を発動させた。
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ハーフ・オーク Lv.8 HP350/350
スキル: 〈痕跡探索〉、〈大食〉、〈念話〉
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子供なのだろうか。
小さなハーフ・オークは、わたしに興味津々のようだった。
猿ぐつわをされたままのわたしは、〈念話〉のスキルで話しかけた。
〈こんにちは〉
〈???〉
〈わかるかな……わたしは、フェアリー〉
〈ふぇ……ふぇ、あ〉
どうやら、人間の言葉では、〈念話〉でもしゃべりづらいようだ。
わたしは、〈幻術師の庭〉で獲得していた〈意思疎通〉のスキルを、初めて使ってみた。
《わたしは、フェアリー、だよ。わかる?》
《おねえちゃん、なまえ、フェアリー?》
《ううん、名前はリリム。フェアリーは、お姉ちゃんたちの種族のこと》
《ふうん。あたち、2159っていうの》
《にせん……》
《2159っていうの。おにいちゃん、2158っていうの。おとうと、2160っていうの》
《そう……》
《おねえちゃんも、きょうだい、いる?》
《うん、いるよ。フェアリーの国には、お姉ちゃんみたいなフェアリーの兄弟が、たくさんいるの》
《ふうん。じゃあ、とっても、きれいね》
《え……?》
《きれいな
《うん……そうだね》
わたしがそう言うと、2159──小さなハーフ・オークは、フンフンと鼻を鳴らした。
どうやら、わたしとの会話に満足したらしい。
そのとき、納屋の錠前が外れる音がして、男たちの足音が聞こえた。
ピクリと身を震わせた2159は、モソモソとかすかな音を残して姿を消した。
男たちは、わたしを入れた鉄の箱を、どこかの地下室に運んだ。
いつものことだ──。
でも、箱から引き出されたわたしは、少し、戸惑う。
足かせと猿ぐつわが外されていく。なぜ──?
男のひとりが、乱暴にわたしの腕をつかんで扉の向こうに押し込んだ。
ムッとした蒸気で、肌が濡れるのを感じた。
──お風呂?
この世界の人々は、滅多にお風呂に入らない。
普通は、川で水浴びをしたり、湯で湿らせた布で身体を
こんなふうに、自宅に浴室を構えているのは、王侯貴族かよほどのお金持ち──。
久しぶりの入浴の機会。わたしは、ありがたく利用させてもらった。
ドンドン
しばらくすると、急げというように、扉が叩かれた。
フカフカのタオルで身体を拭うと、用意されていた衣装を身につける。
フリル袖の白いブラウス。ラップ式のスカート。淡い緑色の、ビロードの上衣。ごく常識的な、上流階級の普段着。
いつも、ボルゲスが
扉の前で待っていた召使いに案内されるまま、廊下を歩き、階段をのぼっていく。
地上階から上は、まるで白亜の殿堂だ。
どこもお城のように天井が高く、
通されたのは、広間だった──この大空間も、きっとこの城にいくつもあるなかのひとつに過ぎないだろうけど。
中央には、冗談のように長く伸びた食卓。
その上に、果物や肉料理が山と盛られた皿や、ワインボトルが並んでいる。
「おお! 来たか、ウワサの
がっしりとした大柄の男が、わたしを見るなり、親しげに声を上げた。
筋骨隆々なことが、きらびやかな衣装の上からでもわかる。
鋭い眼光、ビシッと固めれられた髪からは、精力がにじみだしているようだ。
ピンと先のとがった
「ほらほら、挨拶のひとつくらいしてください。こちら、この鉱山都市を仕切っている大商人のカーベルさんですよ」
銀のゴブレットを片手に、すっかり赤ら顔になった商人のボルゲスが、わたしに笑顔を向ける。
わたしは、そんなボルゲスをにらんだ。
「にげる、と、おもわない、の」
旅の間、ずっと猿ぐつわをはめられたままだったので、
ボルゲスは肩をすくめると、鉱山王カーベルに向かって、さもおかしそうにヒヒヒと笑ってみせた。
「
「……」
ボルゲスに言われてはじめて、わたしは部屋の隅で、狩人のヴィドーがワインボトルをあおっていることに気づいた。
わたしが〈飛翔〉で逃げようとすることなど、当然、織り込みずみなのだ。
鉱山王が、豪快に笑って言った。
「いかぁん! いかんなぁ、ボルゲス。もっと愛を持って接さなければ。美しきフェアリーの乙女よ、ここはわしに
手近な席に座ると、給仕係がそそくさと皿や食器を整えた。
こんなふうに、
鉱山王は、そんなわたしの様子を見て、満足そうにうなずいてから、ボルゲスに話しかけた。
「──さて、落ち着いたところで、先ほどの続きだが……ふむ、どこまで話したかな?」
「冒険者の一団が、シャトーナ王国の名門ギルドを乗っ取ったと……」
「おお、そうだった。〈
「ほほう、なぜまた市場都市に?」
「ああ! 我が友ボルゲスよ、お
「商才、ですって?」
「市場都市の外には、広大な旧時代の廃墟都市があったろう。新生〈大鷲の鉤爪〉は、王朝時代の遺跡という遺跡からモンスターを根絶やしにして、森を切り開き、
──廃墟都市の……モンスターを……?
わたしは、果物を取ろうとした手を、思わず止めた。
「しかし、彼らは戦闘職中心のギルドでしょう? モンスターとは戦えても、復興事業などできるわけが──」
「いやいや、それがやつらの
「商業
「 〈大鷲の鉤爪〉は、そんな不平商人たちに旧市街の土地を格安で提供し、さらには復興支援と称して、10年間の無税の確約を商業ギルドにねじこんだのよ。しかも、自らギルドの資金を共同事業につぎ込んで、道路や水道の整備に余念がない。いまや、マシャンテの旧市街は、どの都市も及ばぬ大活況だそうだ」
「なんと……」
ボルゲスは、難しい顔でワインを飲み干すと、ゴブレットをテーブルに置いた。
「しかし……わかりませんね。討伐はともかく、旧市街の復興でしょう? それだけの労働力は、どこから調達したんです? まさか、
「フハハハッ、天下広しと言えども、
「宗教……ですか。それはまた、なんとも古典的ですねぇ」
「いやいや、なかなかどうして、魅力的な教義だぞ? 予言に従い、まもなく人々のレベルが100を超える〈解放の日〉が来る。そのとき、人類はこの世のシステムから解放され、〈絶対の自由〉を手に入れる──と、まあ、そんな話だそうだ」
「〈真実の自由〉たるレベル100を超えて、〈絶対の自由〉に至ると……いやはや、そんな不確かな予言に頼ってレベルキャップを超えようとは、実に
ふうむ、と大商人カーベルは、口髭の先を指でひねった。
「たしかに、ただのおめでたい連中かもしれん。だが、なんの保証もない言葉だけで、あれだけの人間が動くとも思えぬ……。〈大鷲の鉤爪〉は、何かわしらの思いもよらぬ
「チートスキルとは……キナくさい話ですねえ。ともかく、わたしは当面、その旧市街への投資は見送ることにしますよ。今日のあなたとの取引で、ここにいる金の卵……もとい
ボルゲスがニヤリと、
「ますます……?」
「なあに、
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