第5話 隠しフロアにて
〈幻術師の庭〉、隠しフロア、地下第13階層。
扉を開くと、錆びついた蝶つがいがギギギギギと音をたてた。
「さあ、お入り」
エンシェント・レイシーのおばあさんは、ウネウネと大樹の根を動かしながら、部屋に入っていく。
地下とは思えない、広大な空間。地上にあった3階建ての温室のドームより天井が高く感じる。一面の天井画。その向こうから、薄ぼんやりとした青白い光が降り注いで、部屋の中を照らしていた。
わたしが、天井に見とれているのに気がつくと、おばあさんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「古代の
おばあさんが指差す方向に目をやる。薄闇に目が慣れてくると、ようやくそれがなんなのかわかってきた。
「……図書館?」
「昔は、『蔵書庫』と呼んでたがね。あんたの〈審美眼〉で鑑定してごらん」
言われるままに、わたしは〈審美眼〉を発動させた。その瞬間、視界をステータスが埋め尽くした。
エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800
エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800
エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800
エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800
エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800
エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800
エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800
エンチャント・グリモワ Lv.91 HP20800/20800
……
「な、なな、なんですか、ここっ!」
「王国が革命で滅んだときに、この薬草園が暴徒に襲われた話は聞いてるかい」
「はい、ギルドで聞きました……宮廷魔導士たちが、貴重な薬草を守るために、植物をモンスター化させたんだって」
「ふんっ、結局、人間たちに伝わったのは
「どういうことですか?」
「商業ギルドがお城を乗っ取ったと聞いて、王国の崩壊を悟った宮廷魔導士やあたしたちは、何よりも
「〈創造薬〉……?」
「無生物に魔力を定着させて、魔獣化させる──いわば、生命を作る薬だよ。あのとき、ぜーんぶ、使っちまったが……。そのときに、魔獣化したのが、ここの本たちさ。滅多な人間には手出しができない上に、剣や魔法で倒せば、書物自体が欠損して読むことができなくなる。知識を守るには、ちょうどいいと思ってね」
ま、そのへんはともかくだ、とおばあさんは、わたしの手に香水のビンのようなものを握らせた。
「あたしが1匹、捕まえてくるから、そいつを振りかけな」
「えっ、ちょっ、全部レベル91ですけど──」
戸惑っているわたしには構わず、おばあさんは手近な書架から、背が30センチほどもある大きな本を、そっと取り出した。ブルブルブルッと、本が身を震わせる。
「いくよ──!」
おばあさんが、本をわたしの足元に放り投げる。バタバタバタバタッ。ページがひとりでに開いて、皮表紙のへりからメキメキと牙が生えてきた。
「キュルルルルルルルル!」
エンチャント・グリモワが奇妙な声をあげると、おばあさんがイライラしたように叫んだ。
「さっさとおやりっ!」
「はっ、はいっ!」
わたしは、渡されたビンの栓を抜いて、魔物化した本に向かって振るった。ピシャッと液体がエンチャント・グリモワにかかる。ボワッと紫色の煙が上がって、キョエッキョエッと苦しそうなうめき声を漏らしながら、エンチャント・グリモワがのたうち回る。
プシュウ──
最後は、風船から空気が抜けきったような音がして、エンチャント・グリモワは静かになった。
エンチャント・グリモワ Lv.91 HP0/20800
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リリム
獲得称号: 〈にわか読書家〉
獲得スキル: 〈治癒〉、〈暗視〉、〈暗黙知〉
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「すごい、スキルが3つも!」
「グリモワは、もともと知識を溜め込むもんだからね。マジックスキルを増やしたいなら、ちょうどいいのさ」
おばあさんは、すっかりただの本に戻ったエンチャント・グリモワを拾って、パンパンとホコリをはたいた。
「この、魔法の薬みたいなのは、なんですか?」
「〈抗魔薬〉といってね。魔力の塊を分解する効果がある。自然に生まれた魔物には、力を一時的に減らす程度の効き目しかないんだが、こいつらは人工的に魔力を固めて作った創造魔獣。いちころさ──」
「レベル90超えのモンスターが、一発って……」
「言っとくけど、人間にこんなチート技のことを教えるんじゃないよ。ここに群がってこられたら、たまらないからね」
「はっ、はい、肝に銘じますっ」
「さあ、さっさと片付けて、あんたのご主人さまを満足させてやろうじゃないか……」
そして──1時間後。
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リリム Lv.91 HP19000/19000
獲得称号: 〈読書家〉、〈愛読者〉、〈耽読者〉
獲得スキル: 〈浄化〉、〈遠隔知〉、〈光源〉、〈範囲回復〉、〈解毒〉、〈麻痺〉、〈鼓舞〉、〈有用判定〉、〈口寄せ〉、〈念話〉、〈意思疎通〉、〈修復〉、〈噛みつき〉、〈高速飛翔〉、〈維持〉、〈記憶術〉、〈方向判定〉、〈速読〉、〈形式知〉、〈調合〉、〈縫製〉、〈調理〉、〈物理防壁〉、〈無痛〉、〈再生〉
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「……驚いたね」
わたしのスキルを確認して、エンシェント・レイシーのおばあさんが言った。
「見事なまでに、戦闘系のスキルがない」
「そんなぁ!」
「まあ、〈浄化〉は呪霊やアンデッドには使えるよ。あとは〈麻痺〉……レベル90超えの相手には、あんまり効かないかもしれないが。それと……〈噛みつき〉があるが、あんたに噛みつかれてもねぇ」
「うう……やっぱり、フェアリーは戦いにむいてないんだぁ」
「フェアリーが、じゃない。
「そんなこと言われたって……」
「ふむ……〈維持〉。これは悪くないね。『他のスキルのうち継続利用が可能なものの効果を、無意識のうちに維持することができる』。〈速読〉でも〈維持〉しといたらどうだい。……ほう、〈有用判定〉と〈調合〉。ここがまだ薬草園だったら、あんたも雇ってもらえただろうが……」
ブツブツ言っているおばあさんに、わたしは半分ヤケになって言った。
「とにかくっ、レベルはすごく上がったので、きっとカイトもレベル80にはなったと思います! ありがとうございましたっ!」
「カイト、ね……あんたの頑張りが、そいつの心を動かせばいいんだが──」
おばあさんに別れを告げて、〈幻術師の庭〉から飛び立ったときには、朝日が市場都市を照らしていた。どうやら、わたしは半日以上も、あの隠しフロアにいたらしい。
困ったことになったら、また来るといい。そんなおばあさんの言葉が、不安と期待の入り混じったわたしの心にしみた──
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