第4話 レベルキャップ?

「……なるほど。それで、あんたはガイド・フェアリーの国に戻れない、と」

「はい……」


〈幻術師の庭〉に建つ、旧宮廷薬草園の温室棟。その地下にある部屋のベッドの上に、わたしはいた。

エンシェント・レイシーのおばあさんは、壁や天井を突き破った大樹の根から、ニョキニョキと胴体を伸ばして、器用に動きまわっていた。


「まあ、これでも飲みな。気持ちが落ち着くから」

「ありがとうございます……」


渡されたハーブティーをすする。いい香り。本当に、少しだけ気持ちが軽くなる。

わたしのねじ折られた大腿骨は、回復系の上位スキル〈治癒〉で、おばあさんが治してくれたそうだ。わたしは〈催眠〉の効果でずっと眠っていて、目が覚めたときには身体は元通りになっていた。


「あの……聞いてもいいですか」

「なんだい」

「おばあさんは、その……レベル90のモンスターですよね? どうして、ボクを助けてくれるんですか?」


はあ……と、おばあさんは深い溜め息をついた。


「もう、フェアリーの国でも忘れられちまったんだねえ……。『レベル上位の魔物は、レベル下位の冒険者を襲う』もんだって? けっ、バカ言うんじゃない。昔は、物事はそんなに単純じゃなかったよ」

「え……」

「人間にだって、崇高な志を持ったやつも、自分の利益しか考えないゲス野郎もいる。だったら、妖精や精霊、魔物にだって、いろんなやつがいるに決まっているじゃないか。だいたい、自分はどうなんだい?」

「自分……?」

「ガイド・フェアリーは人間じゃない。レベルは普通、80だろ。レベル1の冒険者に会って、なぜ殺さない」


──たしかに。


「大昔は、こうじゃなかったよ。あたしだって、この薬草園で人間たちと魔術の共同研究に明け暮れたもんさ。新しいポーションを開発したり、生命の根源に迫ろうと研究計画を立てたり……。それなのに、この世界はジワジワとおかしくなってきちまった」

、が?」

「1000年くらい前からかね……。世界の様子が、だんだんなってきちまった。野山で本能のままに動物として暮らしていた魔獣たちが、やたらと人間を襲うようになって、『モンスター』に分類されるようになった。 人間の側も攻撃的になってね……。モンスターは討伐するもの、殺し合って、レベルやスキルを獲得するもの。そういう決めつけがはびこるようになった。あれは敵、あれは味方ってね──。あんたたちフェアリーだって、昔は自由な生き物だったけどね。いまじゃ、自分たちは『初心者のオトモ』だと思っちまってる」

「それは、だって──」


──だって、ここは、そういう、なんだよね?


「あたしらだって、人間が昔のように敵意なくやってきてくれれば、何も攻撃なんかしないんだ」

「だけど……温室にいた植物たちは、すごく凶暴でしたよ?」

「そりゃあんた、あの子たちは、人間にさんざんな目にあわされてきたからね。焼き討ちにあったり、毒をまかれたこともあった。魔物にだって心はある。トラウマってもんがあるんだよ」


──魔物に、心が?


これまで、モンスターは、ただ人々に危害を加える、悪い存在なのだと素直に思っていた。だから、モンスターを討伐するのは正義だ。それによって冒険者が成長できるのなら、なおさら彼らを助けたいと感じてきた。

だけど、この世界はもっと複雑で、本当はモンスターたちでさえ、それぞれの想いをもって生きている……?


──わたしたちガイド・フェアリーは、そんな大事な知識を、どうして初心者に伝えてこなかったんだろう?


「まあ、とにかく、いまはこんな世の中だからね。あんたのが、レベルやスキルを求めるのも無理はないさ。ここ数百年、人間たちが〈真実の自由〉と呼んでいるのは、つまるところ、古き良き〈レベルキャップ〉のことだからねえ」

「自由──〈レベルキャップ〉? なんですか、それ」

「はあ……フェアリーは、そんなことまで忘れちまったのかい。人間は、どんなに経験値を稼いでも、レベル100で成長が止まるとされているのさ。そこまでいけば、自分からちょっかいを出さない限り、魔物に襲われることはないんだと。あとは遊び暮らすもよし、スキルや称号を集めて腕を磨くもよし。自分なりの生き方ができる。そう信じられているんだよ」


──〈真実の自由〉。それを手に入れるために、カイトは、何度も苦痛に満ちた無惨な死に方をするようなチートルートを選んだのだろうか。だったら、やっぱりわたしは……


「あ、あの……ボクはとにかく、早くカイトを楽にしてあげたいんです。これ以上、カイトが自分を傷つけるのは見たくなくて……スキルが手に入って、経験値も稼げるような場所、おばあさんは知りませんか」

「あんたも、どこまでもお人好しだねえ。レベルを上げたからって、約束通り、そいつがあんたを解放してくれるとは思えないが──」


エンシェント・レイシーのおばあさんは、まあ、やってみるかね、とつぶやいた。


「もう歩けるだろ。ついておいで──」

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