第3話 魔法がほしい!
「た、ただいま戻りました……」
冒険者ギルドのカウンターに切り落としてきたランド・スネークの頭部を置いて、床にへたりこんだわたしに、管理人さんがあわれみの目を向けた。
「おかえり。あんた、ちょっと働かされすぎじゃないの?」
「いえ……自分のためでも、ありますから」
カイトとパーティーを組んで1週間。
自分ではモンスターに触れてもいないわたしが、カイトが倒したモンスターの経験値でレベルアップをしたのを見て、カイトの行動パターンが大きく変わった。
カイト自身がフィールドに出ることはなくなり、ギルドで情報収取をしたり、街の有力者が開いた冒険者のための集会に参加したりと、街の中で盛んに活動するようになった。
その代わり──わたしが、フィールドで戦っている。
「俺がレベル80になるまで、フィールドで戦ってこい。そうしたら、〈卒業クエスト〉をクリアしに戻ってやる」
カイトが、そう言い出したからだ。嘘か本当かなんて、わからない。でも、カイトが自分から〈卒業クエスト〉のことを口にしたのは初めてだったから、わたしは
でも、これは思ったよりも、ずっと大変な仕事だった。
たしかに、これは合理的な作戦だ。その時点で、わたしはレベル81。ギルドで受注できるクエストも、カイトがリーダーになって受注するより、難易度の高いものが選択できる。獲得できる経験値や報酬も、当然多い。
でも、レベル80超えとは言っても、わたし自身が持っているスキルは、戦闘ではほとんど役に立たないようなものばかりだった。たとえば──
〈蘇生〉。これは、やっぱりすごい。ギルドを見渡しても、このスキルが使える人は、たぶんいない。でも、自分が死んだら、もちろん使えない。
〈審美眼〉。相手のレベルやステータスがわかる。でも、わかっても自分が戦えなければしょうがない。
〈自覚〉。自分のレベルやステータスがわかる──これは、論外。
〈潜水〉。水中で呼吸ができる……って、いつ使うのよ!?
〈飛翔〉。当たり前だって、わたしフェアリーだよ!?
そのほかには、初心者にお手本を見せられる程度の戦闘系スキルがいくつか。
〈火球〉。初歩の攻撃魔法。
〈回復〉。初歩の回復魔法。
〈斬撃〉。初歩の剣術攻撃。
〈打撃〉。初歩の体術攻撃。
それから、たぶん、ガーデニングや職人系のジョブの解説をするためのスキル。
〈育成〉。植物やペットなどを成長させる。
〈建てる〉。初歩の建築技術。
〈掘る〉。初歩の採掘技術。
〈テイミング〉。一部のモンスターなどをペットにすることができる。
……
──はあ……これじゃあ、一回一回のクエストがめちゃくちゃ大変だよ……。
自分がスキルを獲得できるかなんて、考えたこともなかった。でも、いまはとにかく、戦闘系のスキルがほしい。
ガイド・フェアリーとして、いつも初心者に伝えていた言葉が、頭の中によみがえる。
「……強いモンスターを倒すと、そのモンスターの特徴を学んで、特別なスキルを手に入れることがあるよ!」
──ことがある、って、確率どんだけ?
わたしは、気を取り直して管理人のお姉さんにたずねた。
「ボクが出ている間に、カイトがレベルアップしたか、ご存知ですか?」
「あ、そうそう、ちょうどここで飲んでるときに上がってたわよ。76、だったかな」
「の、
「大丈夫、カイトに出したのは蜂蜜ジュースだから。他のやつらは酒だったけど──」
「他のやつらって?」
「ほら、今シャトーナから騎士団が冒険者のスカウトに来てるでしょう。あの連中よ。カイトは子供のくせに、やたらとレベルが高いし、上位スキルも多いから、注目されてるみたいね」
シャトーナ王国は、市場都市マシャンテの北方に位置する王国だ。冒険者を庇護することで有名な王国で、たしかこの大陸最大の冒険者ギルドも、シャトーナの王都に本部を構えていると聞いたことがあった。「冒険者なら、一度はシャトーナの門をくぐれ」。そんな言い回しも定着しているくらいだ。
でも──シャトーナ王国になんか行ったら、カイトの故郷とはますます離れてしまう。
「リリム、あんた自身はどうなの、成長してる?」
「……成長してるように見えます?」
「レベルは……上がったのね。85か。スキルはどう?」
「戦闘系は、なかなか……ガイド・フェアリーって、戦いに不向きな一族なのかも」
「うーん、というより、フェアリーは基本、魔導士系だからじゃないかな」
「魔導士?」
「そ。だから、そのへんの野良モンスターが持っているような野性のスキルより、マジックスキルを狙ったほうがいいかもね」
「マジックスキル──そんなの、どこで手に入るんですか?」
そうだねえ、と管理人のお姉さんは考え込みながら、カウンターをトントンと指で叩いた。
「魔導士の霊魂がモンスター化したり、創造魔法で作られた魔獣がいるような場所だろうね。ダンジョンなら〈呪いの邸〉。でも、フィールドじゃないとあんたの
わたしは、お姉さんにお礼を言うと、ギルドを飛び出して〈飛翔〉を使った。
〈幻術師の庭〉は、市場都市マシャンテが商人が作る商工ギルドの統治下に入る以前、王国だった時代の旧市街の一画にある。宮廷魔導士団の薬草園だった場所だそうだが、貴重な薬草を商工ギルドの傭兵部隊から守るために、当時の宮廷魔導士たちが幻術を仕掛け、美しかった庭に危険な魔法を帯びた植物が溢れかえった。
それから、数百年──廃墟となった薬草園の建物は、ドーム上の屋根の上まで、巨大なツタに覆われて、
ここは、ダンジョンではなく、フィールド。上空から舞い降りたわたしは、2階の外側にめぐらされたテラスに音を立てずに着地した。往時はガラス張りだったらしい建物は、あちこちから木々の枝葉が突き出して原形をとどめていない。
わたしは、わずかなスキマからドームの中に忍び込んだ。
吹き抜けの空間は、王国時代は温室だったのだろうか。天井まで伸びた樹木が、狭苦しそうに身をよじっている。
わたしは〈審美眼〉を発動した。木々の幹や、床の隅にまで、さまざまなステータスが浮かんで見える。
──植物に隠れてる? これじゃあ、どこにモンスターがいるか、わからないわね……。
わたしは、吹き抜けを囲むバルコニーに見えるステータスの主に、足音を殺して近づいた。
ボルボス Lv.76 HP8700/8700
──これって……花壇?
ステータスが浮かんでいる場所には、ところどころから植物の芽が出た、崩れかけた花壇があるばかりで、モンスターなど影も形もない。
──〈審美眼〉が、変になったのかな……。
わたしが目を細めて花壇をにらんでいると、モソモソと芽が震えた。
──ん?
芽の先端の、わずかに膨らんだところが、パクリと開く。中にあるのは──目玉!?
「──っ!」
わたしが驚いて後ずさりすると、目玉のほうも驚いたように見開かれた。
「キュェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ」
超高音の鳴き声が、根本から響いて、わたしは思わず耳をふさぐ。花壇の土がモソモソと盛り上がり、虫のような関節を持つ足の生えた赤紫の
──何こいつ、結構グロいんですけどっ!?
トレント Lv.83 HP10300/10300
トレント Lv.79 HP9400/9400
エンチャント・トレント Lv.85 HP15200/15200
……
「これ……全部、モンスター……?」
わたしが思わずつぶやくと、大木に成長したエンチャント・トレントが、
「ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
と野太い共鳴音を発しながら、腕を──もとい、枝をバルコニーに打ちつけてきた。横飛びにジャンプしたわたしは、どうにか受け身をとってバルコニーを転げた。背後では、枝に打ちすえられたバルコニーの一角が、ボロボロと崩れ落ちていく。
──ヤバい、ヤバいヤバい、ヤバいよぉ!
わたしは〈飛翔〉を使って、ドームから一気に飛び出そうとした。だが──
ボギィ
脚の付け根から奇妙な衝撃音が聞こえて、飛びかけたわたしはバルコニーの床面に顔面から墜落した。激痛が、腰のあたりから突き上げる。
「あがっ──」
足首にツタが絡みついて、飛び立とうとしたわたしの左足をねじ折ったのだ。
エンチャント・アイビー Lv.80 HP7900/7900
痛みに耐えながら、短剣でツタを切り払う。荒れ狂うトレントの枝が、ドラムでも叩くかのようにバルコニーをしらみ潰しに叩いている。飛び立てないわたしは、折れた足を引きずりながら、吹き抜けを離れようと必死に這って──。
「アレレ?」「アレレ?」「アレエ?」
部屋のすみから、奇妙な甲高い声が聞こえた。
「ニンゲンジャ、ナイヨ?」「ニンゲンジャ、ナイヨ?」「ニンゲンジャ、ナイネ?」
「ミンナ、ミンナ、ニンゲンジャ、ナイヨ?」「ニンゲンジャ、ナカッタヨ?」「ニンゲンジャ、ナカッタナ?」
「ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン?」
トレントたちが、なぜかわたしにも疑問形だとわかる声をあげて、動きを止めた。
「ドオスル?」「ドウスル?」「ドヲシヨウ?」
「センセイダ」「センセイダネ」「センセイニ、キイテミヨウ」
ワァァァァァァと、幼い子供たちが駆けていくように、声が建物の奥へと消えていった。
突然、静けさが訪れた。植物たちは、何事もなかったかのように、じっとしている。そうなってみると、ますます痛みがはっきりしてきた。
「あ……う……」
わたしは、身体を丸めることもできずに、冷たい床の上で涙を流した。
──ひとり、だな……。
前世と同じ言葉が、頭をよぎる。カイトは、わたしがここにいることを知らない。わたしの姿が見えなくなったことに気づいたとしても、カイトやギルドの人は救出に来てくれるだろうか。結局、ここでも、わたしはひとり──。
「おやおや。フェアリーじゃないか。なんだって、こんなところに」
「フェアリー?」「フェアリー?」「フェアリー!」
わたしは声の主に目を向ける。涙でかすんで、相手がよく見えない。おばあさん、のようだけど──。
「ふうむ、お前たち、だいぶん痛めつけたねぇ。かわいそうに」
メガネを直す仕草をしながら、おばあさんがわたしをのぞきこむように、ズイッと顔を突き出してきた。
「──ひっ!」
わたしは、思わず悲鳴をあげた。ようやくハッキリと見えたおばあさんの顔は、樹皮におおわれて、下半身は壁に沿って生えた枝から、ニョキニョキと伸びてきていたからだ。
エンシェント・レーシー Lv.90 HP21000/21000
「なんだい、悲鳴なんかあげて失礼な子だね。まあ、いいからあんたは、しばらく寝てなさい」
エンシェント・レーシーが、とん、とわたしの額を指で弾いた。途端に、激しい眠気が襲ってきて、わたしはあらがうこともできずに、深い眠りに落ちていった──
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