第2話 パーティー?

「よう、ボウズ。買い物かい?」


市場都市マシャンテ。

冒険者が多く生まれる森林地帯に隣接し、海洋国家マールとの中間にある交易の街。

武器屋の親父さんが、カイトとわたしを交互に見た。


「珍しいな、フェアリー連れがここまで来るとは」

「……リリム、換金」

「あ、う、うん……」


わたしは、空間ポータルを開いて、自分の〈荷物インベントリ〉に溜め込んでいたアイテムを次々に取り出した。


「ローンウルフの牙25本、サラマンダーの硬皮20枚、サンド・リザードの尾が5本に……おっ、こりゃ、骸骨兵の呪剣じゃねえか。お前さん、こんなもんどこで拾った!?」

「ええと、骸骨兵を倒しまして……」


わたしが言うと、武器屋の親父さんは太い眉をつり上げた。


「バカ言え、骸骨兵っつったらレベル40以上のモンスターだろう。フェアリー連れの初心者が戦える相手じゃねえ」

「……53だった」

「何?」

「レベルは53だった」


カイトが、表情を変えずに繰り返す。武器屋の親父さんは、いぶかしみながら〈鑑定レンズ〉をカイトに向けた──装備品を使いこなせるか確認するために、武器屋や防具屋が客のレベルを測定する魔具だ。


「れっ、レベル68だと……」

「吸魂の邪剣」

「なんだって?」

「吸魂の邪剣を」


カイトが壁に鎖で吊り下げられた魔剣を指さすと、武器屋の親父さんが戸惑ったようにわたしを見た。


「……45000ゴールドだが」

「ええと、さっきのアイテムでいくらになりますか?」

「ううむ、牙が1本500で……剣は10000か……24000ってとこだな」

「じゃあ、あと21000ゴールドですね」


わたしが〈財布ウォレット〉からポンと金貨の束を出すと、武器屋の親父さんは溜め息をついた。


「事情は知らんが──あんまり道を外れたことをしなさんなよ」

「あはは、ですよね……」

「……」


カイトは、渡された魔剣を小さな背中に背負うと、無言で店を出ていく。わたしは、あわてて後を追った。


ここまでの道のり、カイトは街の人のお願いや、伝説のダンジョンなど、クエストらしいものには一切の興味を示さず、ひたすら自分よりレベルの高いモンスターとフィールドで戦ってきた。

基本的な戦法は変わらない──わたしたちガイド・フェアリーは、〈卒業クエスト〉を踏んでいない冒険者がフィールド傷付けば〈回復ヒール〉をし、絶命すれば〈蘇生〉するのだ。


──これって、いわゆる「チート」、だよね?


区域マップ〉の抜け穴と初心者サポートNPCを利用すれば──あとは、自分が何度も死んだり、身体をバラバラにされるのに耐えられるなら──ものすごい速度でレベルを上げることができる。死んでも、すぐに〈蘇生〉されるのだから、当たり前といえば当たり前だ。


「ね、カイト。もうカイトはひとりでも十分、冒険の旅が続けられるよね。やっぱり一度、故郷の村に戻って──」

「……」


カイトは無言のまま、市街の中心部にある立派な建物の扉を開けた。吹き抜けの広いフロア。酒場のようなしつらえで、実際、木製のジョッキで酒をあおっている男たちもいる。

みんなレベル90以上……筋骨隆々で、わたしたちなどひとひねりに潰されてしまいそう──。

カウンターの中にいる、妙につやっぽい浅黒い肌のお姉さんに、カイトは声をかけた。


「ここのギルドで受注できるクエストは、レベル68からですよね」

「ええ、そうよ」

「フィールド・クエストはありますか」

「キミが……?」


ギルドの管理人さんは、武器屋の親父さんと同じく〈鑑定レンズ〉をのぞいて、ふーん、と目を細めた。


「資格があるなら、断りはしないわ。レイク・マンティスの群れの大量討伐の依頼があるけど──敵の数が多いわよ。パーティーは組んでるの?」

「いいえ。でも、問題ありません」

「そう──無事に戻ってきたら、何人か紹介するわよ。ハイクラス冒険者を目指すなら、パーティー戦でレベルを上げたほうがずっと効率的なんだから……あら」


そこまで言って、管理人のお姉さんは、わたしのほうを見た。


「あんたは……この子のガイド・フェアリー?」

「は、はい」

「どうして、こんなハイレベルになっても、〈卒業クエスト〉を済ませてないの?」

「それは──なかなか、カイトが故郷に戻るチャンスがなくって……」

「なるほど……」


管理人のお姉さんは、酒場エリアの隅にある掲示板を指さして、カイトに言った。


「悪いけど、討伐依頼は自分で探してきてくれる? それが、ここのルールだから」

「……」


カイトは、うなずくと掲示板のほうに歩いていった。それを見送ると、管理人のお姉さんが声をひそめて、わたしに言った。


「……あんた、いい加減にしないと、マズいことになるよ」

「はい……なんか、悪い予感はしてるんですけど……」

「のんきねえ。まあ、妖精、精霊、幻獣……あんたたち〈人外〉はお人好しで世間知らずって、相場が決まってるんだけどさ。あんた、自分のレベルがいくつなのか、理解してるの?」

「ボクの?」


わたしはキョトンとした。冒険者やモンスターのレベルは〈審美眼〉で鑑定することができる。でも、ガイド・フェアリー同士でレベルを確認したことなんかない。モンスターたちも、わたしたちのことは、いつもスルーしてくれる。だから、と思っていたのだけれど──。


「ガイド・フェアリーのレベルはデフォルトで80なの。あんたたち自身のスキルでは、わからないらしいね──だから、中級モンスターまでなら見逃してくれるけど、80超えのモンスターに出会ったら、あんただって、普通に襲われるんだよ」

「そ、そうなんですか?」

「あの子……どんなチートを使ったのか知らないけど、あんたを回復役に利用してきたんだろ? おそらく、あんたの限界が近いのも、わかっている──。早く別れたほうがいいよ。どうにかして、〈卒業クエスト〉に引っ張っていけないの?」

「何度も頼んでいるんですけど、戻ってくれなくて……」

「……しょうがないね……いちかばちか、試してみるか……」


掲示板から破り取った依頼書を手に、カイトが戻ってくる。話し込んでいるわたしたちに、死んだような目を向けながら。


「……」


無言で依頼書を突き出したカイトが、ジロリとわたしを見た。かわいらしい子供の顔なのに、ゾッとするほど冷たい目だった。

管理人のお姉さんが、カイトに微笑みかけた。


「いま、フェアリーちゃんに言ってたんだけどさあ、キミ、経験値と報酬がほしくてクエストを受けるんだろ? だったら、とりあえず、このフェアリーちゃんとパーティー申請するってのはどう?」

「……フェアリーと?」

「そ。低レベル地域にはギルドがないから、ガイド・フェアリーとパーティーが組めることは、あんまり知られてないけど、ここでなら可能なの。パーティーを組んでいれば、経験値ボーナスが入るし、報酬にも人数加算があるんだよ」

「なるほど……おもしろい」


わたしは、心底びっくりした。これまで、カイトが「おもしろい」と言ったことなど、一度もなかったのだから。


管理人のお姉さんにうながされるまま、パーティー申請書に名前を書いたわたしたちは、パーティーリングという指輪をもらった。〈誓約の魔法〉の一種が付与されているのだという。


数時間後──わたしたちは、東の湖の湖畔で、草むらに隠れていた。


レイク・マンティスは、名前の通り、湖に棲むカマキリだ。

水ぎわには、近くの森で狩ったヤマイノシシの肉を並べてある。

カイトが、ビンに採取してあったヤマイノシシの血を湖に放り込むと、ブクブクと水面に泡が立ちはじめた。


──来た。


乳白色の外骨格を揺らしながら、レイク・マンティスが浮上してくる。1匹や2匹ではない。何十匹もの大群だ。

一体一体が、大人の背丈をゆうに超えるような巨体。その大きなカマキリたちが、水辺に転がった死肉に群がりはじめた。

レベルは──67、68、69。何体かは、70。


「……」


カイトは、草むらから無言で駆け出すと、ためらうことなく、吸魂の邪剣でレイク・マンティスの首をつらぬいた。


「キュキャァァァァァァァァァッァ」


レイク・マンティスは、透明の体液を傷口から噴き出させながら、甲高い悲鳴を上げる。


──まずは、1匹。


レベル差が少ない状態では、剣や斧など武器のスキル値がものをいう。吸魂の邪剣は、このあたりで手に入る武器の中では、指折りのスキルアップ効果をもたらす武器だ。しかも、相手を攻撃すれば攻撃しただけ、自分の体力が回復する特殊効果が付与されている。


5匹、6匹……敵を斬り伏せていたカイトの剣の動きが、グッと止まった。レベル70のレイク・マンティスのカマが、剣の一撃を受け止め、挟み込んだのだ。


「……クッ、放せっ」


釣り上げられた魚のように地面から足が浮きながらも、剣を引き抜こうとしてカイトが暴れる。そこに、他のレイク・マンティスがいっせいに群がっていく。


「キュシャァァァァァァァァァァァァァ」


レイク・マンティスたちのカマが、容赦無く無防備なカイトの身体を切り刻む。


「あ、がっ……ぐはっ」


みるみるうちに、カイトの小さな胴体は、背骨一本でつながっただけの、無惨な肉塊に変わった。露出した脊椎を、ぬめぬめとした血が滴っている。


わたしは、叫び出しそうな気持ちを必死に押し殺して、レイク・マンティスが引くのを待った。涙が止まらない。いったい、この数週間で何回、カイトがひどい死に方をするのを見てきただろう。


どうして、こんなことを続けているの──?

答えてはもらえない問いかけを、心の中で繰り返しながら、わたしは唱えた。


「〈蘇生〉!」


そして──陽が傾いた頃。


「キュルルルルルルルル……」


弱々しい鳴き声を上げるレイク・マンティスの頭部に、ズシャッと吸魂の邪剣が突き立てられた。最後の1匹だ。カイトの全身を薄い光が包んで、このクエストで2回目のレベル上昇が発動した。


+++++++++++++++++++++

カイト Lv.70 HP8400/8400

獲得称号: 〈掃除人〉

獲得スキル: 〈大鎌刈りサイズ・ストローク

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「カイト──」


草むらから立ち上がったわたしは、カイトのそばに駆け寄ろうとした。しかし、顔をあげたカイトは、声音を硬くして言った。


「止まれ……」

「え……」

「それは……なんだ」

「それって?」

「自分の身体を見てみろ」


わたしは、自分の手を見た。薄く、光り輝いている。これって──レベル上昇?

ぼんやりと、誰かのステータスがわたしの瞳に映りはじめた。これって、今まで見えなかった、自分のステータス?


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リリム Lv.81 HP9500/9500

獲得称号: 〈逸脱者〉

獲得スキル: 〈自覚〉、〈潜水〉

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「レベルが……上がった、みたい」

「……」


太陽が沈みきって、明るい月がカイトの背後にのぼっていた。

じっと、こちらを見つめるカイトが、暗い影の向こうでどんな表情を浮かべているのか、わたしにはまったくわからなかった──

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