第1章 無口な初心者
第1話 スキマのむこう
「カイト! 見て見て、あれが隣の村だよ! 武器屋さんや防具屋さんで、装備を整えたらどうかな?」
〈イバラの山〉に続く山道を進んでいたわたしは、崖の下に見える村を指差して言った。
ボロボロの服を来た少年──カイトは、わたしの言葉がまるで聞こえていないように、ずんずんと前に進んでいく。
──この先の〈
前世で、ゲーム初心者のわたしがプレイしていたMMORPG「Our Worlds:」。
その世界観そっくりの、この世界に転生してみて、わかったことがある。
これまでに、わたしがガイドした初心者は、50人ほど。
その中で、わたしとまともに会話してくれたのは、10人ほど。
半数以上の冒険者は、わたしの話を聞き流し、目を合わせようとすらしない。
──わたしがプレイしてたときは、ずっとガイド・フェアリーと一緒だったのに。
この世界が、ゲームの中なのか、ゲームみたいな世界なのかは、よくわからない。
でも、冒険者になる子供たちは、たぶん、かなりゲーム慣れしているんだと思う。
彼らにとって初心者サポートNPCの言う、お決まりのセリフなど、おもしろくもなんともないのだろう。
この世界では、冒険者として生まれてくる子供たちは、たいてい10歳前後で第一歩を踏み出す。
近くの森や草原で、なぜか偶然、出くわしたゴブリンやスライムを退治することになるのだ。
そのイベントが発生すると、ガイド・フェアリー本部にある司令所の大画面モニターに〈特異点発生〉の警告が表示され、新人冒険者を導く任務が割り振られる。
指令を受けたガイド・フェアリーは、〈初心者の書〉をたずさえて、新人冒険者のもとに空間転移で送り出される。
任務の内容は、いたってシンプル。
1: 〈初心者の書〉を冒険者にさずけること。
2: 装備の整え方や宿の泊り方、ゴールドの稼ぎ方の基本を教えること。
3: フィールドでの戦闘時に、回復、蘇生を行うこと。
4: レベル15以上まで冒険者が成長したら、冒険者の故郷の近くにある〈妖精イベントスポット〉に誘導し、ボスを倒させる。通称〈卒業クエスト〉。
〈卒業クエスト〉を終えたら、担当の冒険者と別れる。すると、ガイド・フェアリーの国に自動的に空間転移で連れ戻される。
いつもいつも、その繰り返し。
早い子だと、この世界の中の時間で1週間もしないうちに、レベル10になり、最初のダンジョンにひとりで入って(ガイド・フェアリーはダンジョンには入れない)、あっという間にレベル15に成長する。〈卒業クエスト〉は、少し強めのモンスターを1体倒すだけの簡単なものなので、2週間でさようなら、ということもある。
涙を流してお別れしたのは、1回くらい。たいていは、言葉を交わすこともなく、彼らは自分の冒険を求めてどこかに去っていく。
──カイトは、絶対、最後までしゃべらないタイプ。
わたしは、そんなことを思いながら、畳んだ
言い忘れたけど、ガイド・フェアリーの見た目は、いわゆる〈妖精〉。
背丈は10歳児より、少し大きいくらい。髪は人によっていろいろな色をしている。わたしの髪は、真っ白。フェアリー仲間がセットしてくれた、編み込みアップのゆるいボブが気に入ったので、いつもそんなセットにしている。
羽は──形も、色も、人によってかなりちがう。わたしの羽は、アゲハチョウのように黒い縁取りで、ファー生地のようにもふもふした触感。だけど、周りにはトンボのように細くて透明な羽の人もいる。
「ねえ、このまま行っても、〈イバラの山〉には入れないよ?」
「……」
さっきから、カイトの歩くスピードが落ちていた。
どうも、山道の両側を丹念に確認しながら進んでいるらしい。──なんで?
山道の向こうに、濃霧がただよっているのが見えてきた。〈
初心者の冒険者が生まれる村は、たいてい、この〈
〈イバラの山〉は、中級モンスターが支配するエリアだ。フィールド上のモンスターも、レベル20以上でないと、滅多に倒すことはできない。レベル1で冒険をスタートしたカイトは、最低限のクエストだけこなして、現在レベル5。とても挑戦できる場所ではない。
「……あった」
カイトがつぶやいた。えっ、えっ、いまわたしに話しかけたの? わたしは、ドキッとして言った。
「えっ、なになに、なんて言ったの?」
「……」
カイトは、やはりわたしを無視して、枯れた大木の根本にいきなり這いつくばった。
「カイト──?」
よく見ると、大木の根のひとつが、岩にからみついて浮き上がった場所があった。カイトは、身をよじって、そのスキマに潜り込んでいく。
──〈
わたしが呆然と見ていると、霧の壁の向こう側、岩場の上にカイトが姿を見せた。
「早く、来て」
「ちょっ、ちょっと待って」
わたしは、羽を傷つけないよう必死に身を縮めながら、大木の根の下をくぐった。
やっぱり、〈
「カイト──帰ろうよ」
「……」
カイトは、再びわたしの存在を無視して、ズンズン森の奥へと進んでいってしまう。
「カイト……」
何度目だろう、わたしが呼びかけた瞬間、グルルルルルルルルルル……と喉を鳴らす音が、すぐ近くでした。
「ローンウルフ……!」
わたしの目に、狼型のモンスターのステータスが映った──これは、ガイド・フェアリーの基本スキル〈審美眼〉だ。レベル21。すでにカイトに、激しい敵意を向けている。
逃げる──?
いや、ダメ。もう無理だ。
この世界では、レベル15を超えると、モンスターの性質が大きく変わってしまう。初心者向けのモンスターは、冒険者が戦意を喪失して逃走すると、深追いはしてこない。だがレベル16以上のモンスターは、自分よりレベルの低い冒険者に対しては、可能な限り追いすがり、攻撃を続ける。
──どうすれば……。
わたしがそう思った刹那、頼りない〈石の斧〉を装備したままのカイトが、ローンウルフに飛びかかった。
「カイトッ!?」
カイトの斧が、わずかにモンスターをかする。HPが1減少したのがわかった。500あるHPのうちの、わずか1……。
「グッルルルルガァ!」
ローンウルフは、カイトをはるかにしのぐスピードで飛びかかると、カイトの脇腹に深く噛み付いた。
「ぐはっ」
カイトが、言葉にならない苦悶の叫びをあげる。わたしは、あわてて〈
「ああっ」
次の瞬間、わたしは絶望して声をあげた。
ローンウルフがカイトの小さな頭にかぶりつき、首筋から大量の出血が吹き出していた。カイトのHP、0。
ペッと小さな身体を吐き出すと、ローンウルフはわたしをにらみながら、ガブリ、とカイトの子供らしい太ももに食いつき、ベリリと肉を食いちぎった。わたしはこみ上げた猛烈な吐き気に、思わず口をおさえる。
わたしが見てきた初心者レベルの戦闘は、ファンタジーそのものの、おだやかなものばかりだった。冒険者が死ぬといっても、HPが削られて、心臓が止まったかのようにバタリと倒れることがほとんど。こんなに血生臭い戦闘は、はじめてだ。
──そうだ、蘇生、しないと……。
だけど、蘇生していいの……ここで……? ローンウルフの目の前で蘇生しても、すぐにまた殺されてしまうのは確実だった。でも、このままカイトの身体がむさぼり食われていくのを見せつけられるのは、耐えられない。他にどうしたらいいのかわからないまま、わたしは唱えた。
「〈蘇生〉!」
ボロボロになったカイトの遺骸に、植物のツタのような光の筋がからみつき、全身が光に包まれた。ローンウルフが、低く喉を鳴らす。血まみれの服に身をつつんだカイトが起き上がり、地面に転がった斧を手に取った。
「……死んだら、すぐ〈
「カイト……」
ローンウルフ Lv.21 HP499/500 vs. カイト Lv.5 HP25/25
──これじゃ、振り出しだよ……。
その通りだった。カイトは、その後もひたすら死んでは、その身体をむさぼられ続けた。わたしは涙目になりながら、ひたすら〈蘇生〉を続けた。
2時間以上経っただろうか。カイトの内臓が引きずりだされたのを見て、本当に吐いてしまったわたしは、次の〈蘇生〉を唱えてから、ふと気がついた。
ローンウルフ Lv.21 HP411/500 vs. カイト Lv.5 HP25/25
──ずいぶん、減った、よね?
日が落ちても、カイトは挑戦をやめることがない。引きちぎれたカイトの腕をモグモグと噛んでいるローンウルフを前に、わたしは再び〈蘇生〉を唱えた。
ローンウルフ Lv.21 HP347/500 vs. カイト Lv.5 HP25/25
月が天頂にのぼって、あたりが青白く照らされた。顔に食いつかれて眼球が潰れたカイトを〈蘇生〉したとき、わたしはカイトの計画がようやくわかってきた。
ローンウルフ Lv.21 HP235/500 vs. カイト Lv.5 HP25/25
うっすらと、空が白んできた。太陽の光が、山々の雪を照らして、キラキラときらめかせている。ローンウルフは、毛並みが乱れて、背中で息をするようになっていた。
ローンウルフ Lv.21 HP29/500 vs. カイト Lv.5 HP25/25
そして──カイトが振り下ろした〈石の斧〉が、ローンウルフの眉間をとらえた。ゴキュッと頭蓋骨を叩き割るいやな音がした。
ローンウルフ Lv.21 HP0/500 vs. カイト Lv.5 HP25/25
「カイト──!」
わたしが駆け寄ろうとすると、カイトの全身を光が包んだ。普通、レベルが1上昇するとき、冒険者の身体を薄い光のヴェールが包む。それが、何重にも重なったような、強烈な光──。
カイト Lv.10 HP120/120
獲得称号: 〈狼殺し〉
「えっ、うそっ?」
「……次、いくよ」
このとき、わたしはまだわかっていなかった。カイトが、
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