はつサポ! 〜冒険者に使い捨てられた初心者サポートNPCだって生きるために頑張るんです〜

瑞波らん

プロローグ 〜初心者で、ごめんね〜

「こんにちは! ボクが、キミのガイド・フェアリー、リリムだよ!」


わたしは、死んだような目をした少年を前に、精一杯、元気な声を張り上げる。


森の中。

「こんぼう」を装備した少年は、10歳。

地面には、少年がはじめて倒したゴブリンの死体が転がっている。


この世界での、物語のはじまりは、いつもこんな感じだ


「キミは、これから世界の運命を決める、壮大な冒険の旅に出ることになるんだ! でも、最初はわからないことだらけだよね。だから、困ったことがあったら、このリリムになんでも聞いてね!」


少年は、無言。

わたしなど、目の前にいないかのように。


──また……かな。


わたしは、精一杯の笑顔を見せながら、心の中で溜め息をついた。


わたし、水羽みずはらんがこの世界に転生して、どれくらい経ったのだろう。ここでは、いつもで、時間の感覚がまるでなくなってしまった。


前世の記憶は、割と鮮明に残っている。


一人暮らしの部屋。

帰宅は、いつも夜中。

デスクワークでむくんでしまった、くたびれた足。


地元の友達に会いに帰省する時間もチャンスもなく、スマホの画面ごしにポツリポツリと会話を交わすばかり。それも、次第に減ってしまった。みんな、それぞれの人生に忙しい。それが、大人になるということなのだ。


──なんか、ひとり、だな。


そんなことを、繰り返し思うようになっていたある日、会社の後輩男子が休憩室で、こんなことを言っているのを聞いた。


「……もう、メチャメチャ自由なんすよ! ガチ勢は固定パーティー組んでますけど、ボッチで野菜育てたりしてもいいし。クエストが膨大にあって、職業選択とかもハンパないんすよ。グラフィックもやばいっすね。もう、オレの周りの友達とかみんなハマってて、昔の同級生とかも、めっちゃやってんですよ」


──ゲームの話、だよね?


わたしは、自分のマグにコーヒーを入れながら、声をかけた。


「なあにそれ、そんなに流行ってるの?」

「いや、ハンパないっすよ。先輩、ゲームとかやるんすか?」

「わたしは……あんまり、かな。でも、ガーデニングするやつとか、ペットを育てるのは結構好き」

「あ、それもできるんすよ。ハウジングもあるし、モンスターとかペットにできるんす」

「へえ……なんていうゲーム?」


それが、MMORPG「Our Worlds:」だった。

PCにゲームをダウンロードして、プレイ。壮大なオープニングムービー。すごいなあ、いまゲームのグラフィックって、こんなに進化してるんだ……。


ゲームに詳しくないわたしは、とりあえず主人公っぽい勇者タイプを選択し、適当にカッコ良い見た目にキャラメイクをして、物語の世界に飛び込んだ──そして、激しく後悔した。

わたしは、最初のダンジョンすら、なかなかクリアできなかったのだ。


フィールドでは独りボッチでもプレイできるこのゲームだが、ダンジョンでは自動的にパーティーが組まれ、他のプレイヤーと一緒に戦うことになる。

わたしが選んだ勇者タイプのキャラクターは、戦闘で真っ先に敵に向かっていかなければならない。モンスターの注意を引きつけ、他のパーティーメンバーが攻撃や回復をしやすいように戦いをリードするのだ。

ところが、ゲーム初心者のわたしは、あちこちから湧いてくるモンスターの注意を、うまく引きつけられなかった。


──あ、ヒーラーが死んだ……また、全滅……。


〈どんまい!〉

〈ドマです!〉


たいていはチャットごしに、他のプレイヤーがなぐさめの言葉をかけてくれる。でも、ときには、


〈ちゃんと前でとけよ〉

〈クズ勇者乙〉


とキツイ一言を残して、パーティーメンバーたちはダンジョンを去っていく。


──みんな忙しい生活リアルの中で遊びに来てるんだし、他のプレイヤーに迷惑かけられないよね……。


わたしは、ダンジョンクリアで経験値を獲得するのをあきらめて、フィールドで弱いモンスターをコツコツ倒すことにした。目標はレベル15だ。


ネットで調べたところによると、このゲームではレベル15で<妖精の森>を救うクエストがある。このクエストをクリアすると、ハウジングや職業変更の機能が解放されるようだ。初心者をサポートするNPCのガイド・フェアリーとも、そこでお別れらしい。


──結局、ガイド・フェアリーと一緒に戦ってる時間のほうが、長くなっちゃったな……。


低レベルのモンスターから得られる経験値は、ダンジョンクリアに比べて、たかがしれている。会社に行って、仕事をして、夜中に帰って、1時間か2時間ずつ。レベル15を目指してコツコツやっているうちに、1ヵ月くらい経っていた。


ガイド・フェアリーは、ダンジョンにはついてこないが、フィールドで戦っている間は、回復や蘇生をしてくれる。初心者が脱落しないための、運営側の工夫なのだろう。実際、ゲーム初心者のわたしにとっては、ガイド・フェアリーが命綱だった。経験値を稼ごうと、少し強いモンスターにちょっかいを出したりすると、すぐに負けてHP0に。そのたびに、ガイド・フェアリーが蘇生してくれるのだった。


その日──

雨が降っていた。

時計は、23時を回っている。


「……おつかれさま、でした」


わたしは、誰に言うともなくポツリと言った。

電気の消えたフロア。手元のライトを消して、わたしは席を離れた。

今日は、大変だったなあ。もうすぐレベル15だけど、ゲームしないで寝たほうがいいかも……。


この時間だと、ビルの正面は締め切られている。出るのは、裏の通用口だ。

エレベーターを使うと、1階で警備員さんに裏に回る扉を開けてもらわなければならない。

わたしは、フロアの非常階段の扉を開けた。生臭い都会のにおいが混じった、湿った風が、頬を撫でる。


カンカンカン


鉄の非常階段を降りていく。


カンカンカン

タッタッタッタ


ふと、自分以外の足音が聞こえた。他にも、誰かいたのかしら──。


タッタッタッタッタッタ


追いかけてくるような足音に、わたしは妙な胸騒ぎを覚える。


タッタッタッタッタッタタタタタタタ


──なんか、怖い──


自分の足を、急いで動かす。ゲームの中でなくても、わたし。気持ちばかり焦ってしまう。


タタタタタタタタタタタタタタタタ


──もう、すぐそこにいる……あっ──!


濡れた階段。パンプスの底が、スッと滑った。ゾワッと全身の毛が逆立つような感覚。鉄の段に叩きつけられる背中。息ができない──そう思った次の瞬間、自分の頭部が妙な角度で、手すりの支柱に激突したのを感じる。


グチャッ


気持ちの悪い音が、耳の奥に響いた。歪んだ視界。街のネオンの点滅。誰かの影が、見えた気が──。


次に気がついたとき。

そこは、薄ベージュ色の壁に覆われた、狭い空間だった。

何かの液体の中に、わたしは浮かんでいる。

壁の向こうから透けてくるのは──光、なの?


壁に手を伸ばす。石のようにザラついた表面。早く、ここから出たい──そんな気持ちに突き動かされて、壁を精一杯叩く。意外なことに、壁には簡単にヒビが入った。懸命に、割れ目に向かって腕を突き出すと、もろくなった壁を突き抜けて、外の空気に手が触れた。


誰かの声がする。


「先生! 5番も孵化ふかしたよ!」

「5番? はて、5番はもう少し先だと思ったが──」


殻をやぶったわたしは、ゲボゲボッと肺にたまった液体を吐き出した。


「ヴヴッ……アバァ」(こ、ここは、どこ?)


言ったつもりの言葉が出てこない。

ぼやけた視界の中で、自分の手を広げてみる。ぷにぷにとして、短い指。まるで、赤ちゃんみたいな──。


「よしよし。未熟なところはあるが、しっかり動いとるし、まあ、大丈夫じゃろ」


声の主を見上げる。白いひげ。丸いメガネ。とがった耳──え、とがった耳? これ、人間じゃ、ないよね?


こうして、わたしは、この世界にやってきたのだった──

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