第3話 オフトゥン is フォーエバー
「その者、聖なる純白の衣を
自分一人だけ、いち早くグッチャグチャに飛び散った内臓を避け、胸の前で手を合わせた女が独り言を呟いた。僕はそれを知ってか知らずか、ここで起こった全ての物事を冷めた目で見ていた。
ここまでの状況を
僕の頭の中で組み上がった珍妙なシナリオはこうだ――
偶然出会った女が勝手なことを口走り、勝手な物語が進行し始める。
どうやら森の真ん中に置き去りにされていたのも、ポム山の策略だろう。こんなのは、勝手な筋書きの上で進められているに決まってる。
となれば、僕はこれから、この女の意味不明な口車に乗せられ、異世界を救う勇者として冒険の旅を始めなければならなくなる。ポム山の言葉を裏読みすれば、必然的にそうなるだろう。そんなラノベが世にあふれていたのも当然知っているし、どう考えてもその流れだ。
しかしそうはいかない。
僕がここへやってきた理由はただひとつ。豪華なオフトゥンのためだけである。
ハッキリ言って、僕はこの世界がどーなろうが知ったこっちゃない。
勝手に滅びて、勝手に消え失せればいい。なんなら僕も死んだって構わない。
僕はただ、豪華なオフトゥンの寝心地を知りたかっただけなのだ。
よって、冒険も異世界も、人助けも勇者も全無視。これが結論。
血生臭くてグロい肉片を弾き飛ばし、オフトゥンは元あった場所へ勝手に着地した。タイミングを見計らったかのように、女の足音が聞こえてくる。
ちなみに僕の想像が正しければ、これから言うであろう女の
『 勇者様、どうか我らに力をお貸しください 』
パタパタと駆け寄った女は、ピシッと敷かれたお布団の傍らで止まると、深呼吸し、緊張した面持ちで僕に話しかけた。
「御祖母様の話してくれた言い伝えによると、貴方様はどちらかと言えば人付き合いが苦手で、他人様より御自分のことを優先しがち。占いや
……ごめんなさい。全然違ってました。
それどころか、他人が知るはずもない僕の性質をビシビシ言い当てられ、ガシガシ嫌なところを
それからしばらく、女は知り得る僕の情報を全部吐き出してから言った。
『勇者様、どうか我らに力をお貸しください』
もうね、既に当たったとか違ったとか関係ないから。
パーソナルな情報を本人にぶつけることの重要さを理解していない人物と会話する苦痛を、皆さんは御存知でしょうか。
赤の他人に、ハッキリ『糞人間』と言われる苦痛は、SNS全盛時代の今ならば、皆さんにもわかるはずですよね?
そんな無礼を輪にかけた輩と話す必要などないのです。
僕は布団の中に潜り、全ての情報を遮断した。なのに――
『勇者様、どうか、どうか我らに力をお貸しください』
『勇者様、どうか、どうか、どうか我らに力をお貸しください』
『勇者様、どうにか我らに力を、力をお貸しください』
『勇者様、どうか我らに、我らに力をお貸しください』
『勇者様、どうか、どうにか、我らに力を、力をお貸しください』
少しずつパターンを変えながらしつこく迫る女の言葉は、少しずつ僕の荒みきった心を引き裂いた。
確かに、僕はずっと無視をし通した。
しかし予想外なことは、いつだって起こるものです。
なにせこの女、こんなことを小一時間、飽きることなく延々と続けたのですから……。
『勇者様、どうか、どうか、我らに、我らにぃぃ、お力を、お力をぉぉ、お貸しくださいませぇぇ』
いよいよ何かを奏でるようなドンッカッカッという小気味の良い音も鳴り始め、怪しい儀式の様相を呈した祈りは、さらに小一時間続いた。
こうなれば持久戦である。
『絶対覗かないオフトゥン人間 VS 異世界の奇人』
こうして今、静かにゴングは鳴らされたのである。
しかし僕の予想に反し、しばらくすると、女の祈りが止まり静かになった。
途端に静まり返った森は、さわさわという風がそよぐ音だけを鳴らした。
布団の中で、『勝った』とテニスプレイヤー程度のガッツポーズを取る僕。
これでいよいよ森の真ん中 in オフトゥンの再開だ!
しかし、布団に包まり、安心して目を閉じたのもつかの間。
今度は地面を揺らすほどではない、カラカラという軽い音が聞こえてきた。
音は一直線に近付いてきた。そして僕のすぐ真横で止まった。
―― まず始めに断っておく。
僕は腹が決まっているだけで、ドキドキしないわけではない。
よって、知らない何かがそこにいるとすれば、当然ドキドキする。
ドキドキは眠りの大敵である。
ドキドキした状態で眠れる強者は、世界広しといえど、なかなか巡り会えない。
僕クラスの強者でも、ドキドキからのクラスチェンジは相当に難しい。
そんなことを考える間にも、傍らで、またよくわからない音が鳴り始めた。
何かを準備しているのか、ガタガタ固い何かが
音はオフトゥンを囲むように鳴りながら、時折パタパタと慌ただしく駆けている。
まさかオフトゥンの周囲に爆薬でも仕掛けられているのだろうか。
しかし隙間から覗こうか頭をよぎるも、それは相手の思う壺なのでやめておいた。
そのうち飽きていなくなるだろうとたかをくくっていると、今度はオフトゥンがガサッと動いた。
マジかよと慌てる暇もなく斜めに傾くオフトゥン。
かと思えば、今度は安定しないぐらつく場所で水平を取り戻した。
どうやら何かに乗せられたのか、「よいしょ」という聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は……
「それでは勇者様、
声の主は、あの女だった。
声が聞こえなくなったかと思えば、どこからか台車を持ち出してきて、強引にオフトゥンを台座に乗せたらしい。
もちろん許可など出してはいない。
しかし、実際にオフトゥンは動き出し、勝手に移動させられている。
「勇者様、
……いや、待ってよ。もうどうしようもないじゃない。
勝手に曳き回されたら、もう為す術なしじゃない。
こうして僕は、
オフトゥンに包まった稀有な勇者として冒険の旅を始めることとなった。
山あり谷あり、もちろん色々なことが起こった。
超巨大な一つ目棍棒アルマジロに丸飲みにされたこともあった。
3ミリに縮小化され、丸飲みにされたこともあった。
街人全員が恐ろしい呪術にかけられる中、全然関係なくモンスターに丸飲みにされることもあった。
しかし僕の近くにはいつもオフトゥンがいた。
豪華なオフトゥンは、いつも僕を温かく包んでいてくれた。
ビバ、オフトゥン! ビバ、オフトゥンライフ!
どれだけ血の雨を降らそうと、どれだけ残虐にモンスターをぶち殺そうが知ったことか。僕のオフトゥンライフは永遠に終わらない。
オフトゥン is ビューティフォー、オフトゥン is マイライフ!
「さっきから、ずっとひとりで何喋ってるんですか、勇者様ぁ?」
「…………うるさい、黙れ」
「あ、初めて返事してくれた。これできっと魔王だって倒せますね!」
そんなこんなで数日後、僕(※のオフトゥン)は、無事魔王の腹を突き破り、この世界を救った。
魔王の臓物が飛び散って顔についたのが、本当に嫌だったし臭かった。
でもこれで、ようやくゆっくり眠れる。
眠れ、眠れ、る、…………ぐぅ、――――
――――――――
――――――
――――
――
「あかん、あかんよ。そんなん許されへんよ。次はあっちの異世界行ってもらわな」
着替え中で下半身素っ裸のポム山が、また鼻をほじりながら現れた。
「なかなか早かったやん。そんなら次はこっちの世界を頼むわ」
「殺せ! いっそ、一思いに殺せ!」
「バイトリーダーに怒られちゃうから無理」
僕の受難は、どうやらまだまだ続きそうだ。
オフトゥーン戦記 ~転生も勇者も魔王討伐も神も悪役令嬢も暗殺者もオフトゥンの前では全て無意味ですから~ THE TAKE @take_creation
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