第8話 終章(エピローグ)
香月陽司は16歳になってすぐ、バイクの免許を取り高校卒業と同時に中古の250CCバイクを手に入れた。
中学生の頃から出入りして顔なじみだった地元のバイクショップの店長が大学入学祝いにと目をつけていたバイクを納入してくれていた。
納車は卒業式後の3月下旬。
高3の二学期には志望大学が推薦で合格していた事もあり、三学期はほとんど登校しなかった。
代わりに中学受験生の家庭教師のバイトに励み、お年玉などをかき集めてバイク資金に充てた。
店長と二人で店の前で整備しながら、4月に行くツーリングの計画を立てる。
「やっぱ海を見に行きたい」
「陽司はサーフィンするんだろう」
「するけどバイクにボードは積めないから、ひたすら海辺を走りたい!」
「よし、じゃぁ手始めに鎌倉、湘南かな」
「やった!俺ちゃんと整備して大事にするよ、こいつを」
手を機械油で真っ黒にしながら、丁寧にパーツを磨いてゆく。
店長も嬉しそうにそれを見ていたが
「おい陽司見ろよ、桜の花がすごいぞ」と声をかけた。
バイクショップの向かいのソメイヨシノの古木。
枝を大きく広げて数えきれないほどの花を咲かせている。
「ねぇ店長さぁ。桜ってすごくない?ついこの間まではひっそりとフツーの木だったのに春になったら一番目立ってんだよね」
店長は笑いながら、
「知ってるか?桜は冬の厳しい寒さを経験しないと綺麗に咲かないんだってよ」
「へっ、何その昭和演歌な感じ!」
「お前みたいなガキにはわかんねぇだろうなぁ。人も木も厳しさに磨かれて花開くんだよ」
陽司はケラケラ笑いながら、「面倒くさァ」と言った。
さわさわっと風が吹いて花びらを散らす中、40代位の上品な和服の女性と自分より少し年上らしい青年がこちらに歩いてくる。
バイク店の前でしゃべっていた二人に花束を持った女性が会釈をして、
「すみません、この辺りに船橋メモリアルがあると聞いてきたのですが」
と尋ねてきた。
陽司はきょとんとしたが、店長はその場にサッと立ち上がると、
「それならこの道を真っ直ぐ行って二つ目の信号を左ですよ」
と身振り手振りをしながら教えている。
手持ち無沙汰の陽司がふと顔を上げると、連れの青年が桜の木を見上げていた。
さらさらと散る花びらが黒髪に、身体にまとわりついている。
《 男なのに綺麗な顔してるなぁ。でもあれ?こんな光景、昔に見た事があるような・・・》
陽司が小首を傾げて思い出そうとしていたら、今度は女性が青年を呼ぶ声が聞こえてきた。
「柊一、行きましょう」
「はい、麗子叔母さん」
バイク店の前に座っている高校生らしい学生。
一生懸命にバイクを磨いて楽しそうだな。
思わず俺から話しかけていた。
「君のバイク?」
「あ、あぁ、そう!うん!」
「カッコイイね」
「でっしょー?サンキュー!」
その時、
「おーい陽司、こっちも頼むよ」
と店長が呼んだ。
「はいー、じゃぁね!」手を振る。
それを見送って、再び叔母と歩き出す。
「今年の桜も綺麗ね、柊一」
「満開だね、麗子叔母さん」
「桜はね、柊一のお父さんとお母さんが大好きだった。二人とも毎年お花見に行っては写真を送ってくれたわ」
「でしたね。俺も良く連れてってもらったよ」
ふと、足を止める。
柊一にとって一番古い桜の記憶は両親との花見ではなく、知らない男の子の途切れ途切れの残像だ。
桜、公園、涙、小さな男の子、茶色の髪、バイバイの手 ──── 。
夢か現実か、両親の亡き今はもう確かめようがない。
でもあれはきっと現実の事だったと今も信じている。
あの子は今どこで何しているんだろう。
それでもいつか、成長したあの子に逢えるような。
根拠はないけれどそんな確信にも似た予感は揺らがない。
柊一は桜を仰いでそっと囁く。
「なぁ、お前もそう思わないか?」
24年目の約束
end
次話は番外編「桜タイフーン」です。
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