第6話 告白
港東署 10日後
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「おーい、香月ー」
「はい、北畠警部補」
「例の銀座で逮捕した窃盗犯。追起訴だ」
「やっぱり余罪ありでしたか」
「とにかく、良くやった。それとこれ、お前宛てに届いてたぞ」
手紙?
渡されたのは淡い、ほとんど白といっていい薄紫色の封筒。
宛名は「港東署 香月刑事殿」、そして差出人名は「
一瞬で察した俺は手紙を左の内ポケットに用心深くしまい、右手で確かめるように手紙の場所を撫でてから捜査課の部屋を出た。
気づけばあの日から一週間以上が経っていた。
桜は殆ど散ってしまっていた。
俺は署内の空き会議室を見つけてすべり込むと内ポケットから出した手紙を指先で撫でてから丁寧に封を開いた。
万年筆。あの人らしい。
たった今あの人の手を離れたように瑞々しい黒いインクの跡。
雨宮柊一、それがあの人の親があの人に贈った名なんだろう。
あの日、一年待ってくれと懇願した。
この手紙はその返事なのだろうか。
きれいにたたまれている3枚の便箋は俺に何を伝えてくれるのだろう。
覚悟を決めて便箋を開いた ─────
──── そして。
手紙を読み終わった時、俺はあの人を未来永劫、失ってしまったのかと愕然とした。
が、いやそうではないとあの人の告白を何度も何度も
こんなに好きなのに、一体何が、誰が、俺とあの人の邪魔をするっていうんだ。
障害があれば越えればいい。
難しいことなんてあるか?
今この瞬間からはじめると決意した。
俺の求める幸せはたったひとつなのだから。
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香月 様
拝啓
今年の桜を貴方も眺めていらっしゃったのでしょうか。
先般は危険を顧みず助けていただいてありがとうございました。
そしてすべてに不甲斐ない私をどうか許してください。
貴方が仰られていたように、私は男性です。
生を受けてから今まで変わりなく、それは意識や矜恃の点でも一人の男性です。
私は18歳の大学生の時に相次いで両親を亡くしました。
兄弟はなく、未成年であったため父方の叔母に後見人になってもらい成人しました。
その一方で勉学と己の生活を確立したい焦りにも駆られていました。
幸いにも親の残した家とささやかな蓄えがあり日々の暮らしには不自由はないものの、漠然と将来のために貴方と同じように自分の力で貯えを持ちたい、人として自立したい思いも強くしていました。
その思いを判ってくれたのが親代わりの叔母でした。
叔母は銀座に店を持っていました。
ENDLESS RAINは叔母の店を引き継いだ店です。
叔母の店の屋号は「
そこで私は叔母に頼み、大学生と店でのアルバイトの両立をはじめたのです。
はじめは男性スタッフとして店を手伝っていましたがこれは大学に知られてしまうかもしれない。
変に生真面目であったこと、またいっそありえない女性スタッフとしてなら学校にバレないのではとの若気の至りで・・・・
軽い思いつきでした。
私は叔母に相談し、フロアキャストとしてアルバイトを再開しました。
誰も私を男性と気づかないことに面白味を感じ、思いがけずお得意様が付いたことも、この二面生活を続けてしまった一因だったように思います。
しかし間もなく大学を卒業という秋に叔母が倒れました。
母と同じ年齢、病でした。
一度も結婚せず、子も持たず、店と古くからのスタッフを家族と定めて生き甲斐にしていた叔母に、私が最後に尽くせる孝養は店をこれからも育て続けることでした。
卒業前に叔母が亡くなり私は決まっていた就職を断ると秋麗をENDLESS RAINへと屋号を変え、優しかった叔母へ恩返しをしたい思いだけで6年間必死にここで生きてきました。
そして、この生き方を選んだからには、それ以外の普通の幸せ、恋愛は望むまいと決心しました。
そんな中で貴方に逢いました。
この銀座には私に素を見せてくれる人は多くありません。
銀座は毎夜裏表の顔を使い分け、男も女も嘘と本音の中で壮絶に戦っている街なのです。
でも貴方は私をどこにでもいる人間として表裏なくぶつかってきてくれました。
それがどれだけ嬉しかったか貴方にはわからないと思います。
銀座は華やかで、そして底知れない街です。
貴方の大切な恩人の方が陥ってしまわれた暗く悲しい部分も含めて銀座。
そこで生きている私に正直な感情をぶつける人はいません。
そして今この手紙で告白するすべてを、事実を伝えて私という人間を理解して欲しいと願う勇気を奮い立たせてくれる相手に会えることも、一生ないだろうと。
それなのに、いざそんな思いを抱いてしまった貴方に私の事実を明かすことがこんなに辛く、恥ずかしくいたたまれないことか。
私にはわかっていませんでした。
そして事実を知られてしまわれたからには、もう二度と貴方に会うことは叶わないのだと。
胸が切り裂かれる思いをしていることを、どうかわかっていただきたいのです。
私はこれからもこの街で、今の生き方を貫く覚悟です。
叔母のため、私のことを承知した上でサポートしてくれる数少ないスタッフのため。
そして、香月様、貴方のためと信じて。
貴方の美しい人生に私の様な者が影を落としてはいけないのです。
貴方には太陽のように輝いていていただきたいのです。
それなのに、貴方への特別な感情をこれからも胸の中で温め、育て続けたい私もいるのです。
情けない、こんな私をどうぞ赦してください。
どうか貴方は私などに惑うことなく、思うように生きてほしい。
そして私のことはお忘れになって、一生を共にできる女の方とお幸せになっていただきたいのです。
最後に。
貴方には遠い昔にお会いしていたように感じています。
貴方の全てが私に、会った事があると訴えているのです。
おかしな奴だと笑ってください。
でも、もしも過去の貴方に逢えたなら。
貴方を好きになりました、とお伝えしたい。
夢の中でいい、お逢いしたい。
でも、やはり私ひとりきりで見るべき夢なのです。
一年後も、一生涯かけて貴方のご活躍とお幸せを思い祈ること。
それが私に唯一できること。
私の願い、幸せです。
もう二度とお会い致しません。
香月様 さようなら。
敬具
雨宮 沙羅
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次話は「さくら」です。
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