第4話 暗転
銀座六丁目 午前0時10分
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「またか・・・」
今夜何度目かのLINEの受信を告げるバイブ。
誰から、なんて見なくたってわかる。
「ふぅ〜」
俺、何してんだろうな。
腕時計は午前0時をまわったがアパートに帰る気にならない。
だって、さっきまで俺の隣であんなに笑っていたのに。
チーズ大盛りにして幸せそうに食っていたのに。
まるで鷹に睨まれた小鳥のように、急に黙ってしまった。
俺が不安にさせたのか?
困らせたのだろうか。
悶々と考えていたらもう店も終わる時刻だ。
なのに、
店の裏口からはキャストや黒服が次々と出てくる。
が、あの人は現れない。
人通りも少なくなった深夜、香月は花椿通りのガードポールに下を向いたまま座り店の裏口を気にしていた。
あの人に会いたい。
声を聞きたい。
突然俺の前から飛び去ってしまったあの人にもう一度笑って欲しい。
そんな俺の目の前を音もなく黒い影が通り過ぎていった。
酔っ払いか?
いや、店の裏手にまわっていく男の背格好はどこかで・・・。
俺は距離をとりながら後をつけた。
これはビンゴかもしれない。
ここ何日か、奴の手配書ばかりを見ていた俺を侮るなよ。
ただし ──── 場所とタイミングは最悪だ。
案の定、男は手袋をはめニット帽を深く被るとENDLESS RAINの裏口のドアノブに手をかけた。
頼むから鍵がかかっていてくれ、という俺の願いも虚しく男は店へ侵入してゆく。
俺は素早く所轄署へ身分を明かして電話し、急行を依頼した。
銀座ならものの数分で警官が駆けつけてくれる。
俺が指紋を付けないよう用心して裏口のドアを開けたその時。
店の奥からけたたましい物音が聞こえてきた。
グラスの割れる音、小さな悲鳴、そして人が何かにぶつかる音に俺の体内が沸騰し思わず走り出していた。
一瞬 自分が警察官であることも忘れ逆上していた。
フロアに飛び込むとカウンターの近くに黒づくめの男の腕に背から拘束されているあの人。
蜘蛛の巣にかかった紫色の蝶が身を
「貴様ぁ!何していやがる!!」
俺の理性は一瞬で振り切れた。
いきなり現れた俺に怯んだ男をあの人から引き剥がすと、後ろ手に捻りあげ膝裏に蹴りをいれて押し倒し、肩と太腿を押さえ込む。
殴らずにいただけでも誉めて欲しいと思うほどに怒りで充満していた。
間をいれず、裏口からなだれ込んできた所轄の警官に男を引き渡したところで俺はあの人に駆け寄った。
「沙羅さん!沙羅さん、怪我は?大丈夫ですか?!」
倒れた身体をすくい上げ、抱き起こして腕の中で軽く揺さぶる。
あの人はうっすら目を開き俺を認めると、そのまま目を閉じて意識を手放してしまった。
俺は所轄の警官に経緯を説明し、報告書とあの人の聴き取りは翌朝以降にしてもらうよう頼んだ。
「沙羅さん。俺です、港東署の香月です。もう大丈夫です」
「・・・・・・」
弱々しく頷き、手渡した水を頼りなげに飲み、でもまだ話ができない。
しきりに乱れた着物の襟の合わせを気にしている。
俺はそれを黙って見ていていたが、今は一秒でも早くこの人を休ませてあげたかった。
「恐ろしい目にあいましたね。お宅までは俺が送ります」
「・・・ぁ・・・りがとう」
あの人はタクシーに乗るとぐったりと力が抜けてシートに凭れこみ、瞳を閉じた。
黒髪が少し乱れて白い頬にかかるのを、指先でそっと退けると、ビクリと肩を震わせる。
俺にすら怯えているのか?
膝に置かれた両手、白い手。
幼い俺が白くて優しい手に・・・頭を撫でられたのはいつのことだったのか ──。
窓の外には眠らない街の灯りが流れる。
ガラス窓に映る俺の顔にも灯りが通り過ぎてゆく。
俺は窓ガラスに映るあの人の白い頬に俺と同じ灯りが通り抜けていくのを、ひとつの疑問とともにぼんやりと見つめていた。
次話は「理由」です。
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