第2話 運命

 

 運命などというモノは一切信じちゃいない俺こと、『はたかなで』だが、唯一そうなると予め定められていたと言われたら疑いもなく信用するコトは『俺がED』になると云う運命だろう。



 他人に話すことなどできないが、幼少の頃に女性集団から酷い強姦……いや、そう云うのは輪姦というんだったか……兎も角それを受け、その影響とその後の諸々の経験で必然的に俺はそうなってしまった。



 前述したレイプ被害のカウントは全てその際のものであり、俺の人生が大きく変貌した事件である。



 まともな人生だったなら女の子とも和気藹々と話す事もあったのかもしれないと、憂いる事も数あれど、それは叶わない願いだと俺は諦めている。



 「────でさー、その女優がさマジで信じられないくらい清楚でスケベでさー」



 だから放課後、帰宅する俺の隣で昨晩観たAVの話をする親友、『森桃もりもも初芽はじめ』がどれだけ嬉々としていようと、俺は一欠片だって興味が湧かなかった。



 セットした黒髪に、異様に細く薄い眉毛、平均的よりかは大分モテる部類の顔。中肉中背の体。それが森桃初芽という男の外見だ。中々に女の子に受けの良い男であるが、この発言から分かる様に、この男は絶望的に空気が読めない。それでいて突拍子もない。正に己の道を真っ直ぐに進むことしか出来ない男である。俺はこの男と一年の頃に知り合い、現在の二年生まで他の男子生徒よりかは仲良くやってきた。他の生徒が俺への言伝を彼に頼むくらいには。



 そんな男の聞いた事もない女優の熱弁に、俺はため息を吐いて言う。



 「あのさー初芽、エロい話がしたいなら他の奴にしろよ。俺がそんな話をされてもついていけないってのは知ってるでしょ?」

 「勿論。でもかなで、違うんだっての。この作品はな、雰囲気やストーリー、脚本に至るまですげー手が込まれている一作なんだよ。それこそ本番シーンがおまけにしか感じられないほど。ネットでも『抜きたい人にはオススメしない』なんて評価が付けられているくらいなんだから」

 「それってただのポルノ映画じゃないの」

 「しっかりアダルトビデオの枠組みです」

 「だとしても俺は観ない。エロシーンなんて観たって得なことないもの」

 「そうかぁ〜? 雰囲気さえ他の物と違えば少しはインポに効くんじゃないかと思ったんだけどなぁ」



 彼の残念そうな態度に俺は二の句が継げない。初芽の言動から察せられるように、彼は俺のEDの事を知っている数少ない人間だ。悪い人間ではないのは確かなのだが、俺が彼の人間性や性格を良く知ってからインポの事実を打ち明けて以来、時たまこうして俺のED解決に役立ちそうだと言って的外れなアドバイスをくれるのだ。



 「お前のお節介には申し訳ないけど、前も言ったよな? 俺のEDの理由は明確に言えば精神的なダメージによるものが大半を占めているって。そう医者にも言われてるって」



 当然ながら自分の体の事を医者に相談していないわけは無く、その事は過去に初芽には伝えているはずだが、今こうして彼は自分の好きな物を押し付けてくる、まったく的外れなED治療を続けていた。



 「分かってるってそんな事は。でも俺は医者じゃないし専門的な事は知らないから、俺は俺なりに奏の為になりそうな事を模索して伝えているんだ」

 「とんだ民間療法だな」

 「大丈夫だって俺が拒否感を抱かなかったやつだけオススメしてるから」

 「しかも荒療治かよ」



 俺としても初芽が悪気があって言っているわけではないのが分かるので蔑ろにはしないけど、このようにその類の話では肩透かしを喰らわなかった事がなかった。



 まあ、それも初芽らしさと言えば初芽らしいのだが。



 「てかさ初芽、お前いくつだっけ?」

 「17」

 「どーやってAVなんか観てんのよ」



 レンタルショップでは暖簾の先には入れないだろうと想像が浮かぶ。しかしどうやってその様な動画を観ているかなんて聞かなくても大体の想像はついたが敢えて聞いてみた。



 「おいおい奏君よ、今の時代ネットにそんな動画がゴロゴロしてんのよ? 金なんかかけなくてもな」

 「つまりは違法視聴してるわけね」

 「人聞き悪いな、俺は悪い人が流したものを偶々目にしてしまっただけだ。観たかったわけじゃないけど、目に入ってしまったのだからしょうがない」

 「反論が弱い」



 予想の範疇を出ない答えに、初芽は初芽だなとなんとなく安心した。そんな時だった。初芽が何かを思い出したかのように「あ」っと声を上げた。



 「話は変わるけど、奏知ってるか? 明日転校生が来るらしいぜ」

 「知らないけど……なんでそれを先に言わないの? 明らかAVの話より面白そうじゃん」

 「だって俺の中ではAVの話の方が話したい優先順位は高かったんだもん」



 こいつの感覚はやっぱり万人とは異なるなと俺は心の中で確信した。



 「で……その転校生、男?女?」

 「お、気になる?」

 「当たり前だろ。俺の女嫌い知ってるくせに」

 「まあな。 ……いや、しかし残念ながら女だ」

 「うわ」

 「また憂鬱が増えますねダンナ」



 初芽が意地悪く笑みを浮かべる。



 最悪だ……男なら最高だったのに。女の子が俺と視線を合わせた途端に顔を薄く桃色に染めてドギマギとする様は、最早俺のトラウマで、俺の『常時魅了オートチャーム』が効かない同性ならば友達が増える可能性にワクワクしたもんだが、途端に俺は落胆した。



 「いやはや、楽しみだね奏。女子はライバルが増えると不安と敵対心を燃やし、男子はお前に好意を寄せる女がまた一人増えると、嫉妬さえも通り越し、達観した傍観者として女子達の奪い合いの更なる盛り上がりを期待する……その傍観者の一人として俺もワクワクが止まらないわ。転校生かー……過激派ヤンデレ少女位キャラが強い子だといいなー」

 「いいわけねーだろ!」



 俺の人生に勝手に盛り上がりを期待すんじゃねぇ。



 憂鬱です。非常に。

明日など来なければいいと消沈しながら俺は、沸き立っている初芽を横目に見て帰路を辿るのだった。

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