廃拠点の秘密
「そこです、この扉! 左端に錠が掛かっていますが
「おっけー、でもこの部屋って入る意味あるの?」
「大丈夫です、考えてあります!」
ようやく目的の扉の前に着くと、リアムはソワレに背を向けて、細かな文様の刻まれた石を床にばら撒いた。
「
走って来た盗賊たちは当然ながらこの符を踏みつけ、そこで急停止した。
「うわっ!? くそ、どうなってやがる!」
「くっそ……体が動かねぇ……」
「魔法使いどもめ!! 俺たちの宝を横取りする気か!!」
彼らが踏んだのは、衝撃を与えると微弱な電流を流して全身を痺れさせる、という符だ。
生死に関わる事のないよう絶妙に調節されたその符は、護身用にうってつけなのだが、刻み方を間違うと非常に危険なので、他の魔法使いたちには嫌がられている符でもある。
盗賊たちは転んだりひっくり返って頭を打ったりと、次々倒れていくが、それでも口は動くらしく、ぎゃぁぎゃぁと憎々し気に声を上げている。
「燃やさないだけマシだと思って欲しいよ……」
ぼそりとそう呟きながらも、リアムは起き上がりそうになっている男に向けて、ぽいっとまた符を投げた。
短刀を持っていたその男は、それを額に受けて完全に沈黙し、床に身を投げ出した。
ただしこの魔法の効果は一時的なものだ。一分ともたず痺れは取れてしまうので、その間に縛り上げるような時間もない。
その間にソワレは、扉の反対側の壁へと跳躍した。更に壁を蹴り、両腕を曲げて天井のパイプに取り付くと、足を振り子のように振って両手足を縮め、再び勢いよく手足を伸ばす。
床から扉までを一周するように跳ぶソワレを、動けない盗賊たちは口をあんぐり開けて見上げていた。
しかし曲芸のようなその動きは、なにも運動能力を見せつけるためのものではない。狭い通路の中、走って蹴りつけることも出来ないこの場で、扉を蹴破るための助走の代わりだ。
ガンッと短く、しかし大ぶりの錠が壊れる音がして、ソワレの足元で扉が全開になった。
体勢を崩すことなくそのまま室内に入ったソワレを追って、リアムも部屋へ飛び込んでいく。
そして勢いよく扉を閉めると、リアムは扉の内側に手にしていた符を張り付けた。鍵と魔法防御を兼ねる符で、しばらくは盗賊たちも破る事は出来ないだろう。
臆病な性格ゆえか、リアムの防御に関する魔法は、効力も高く持続時間もやたらと長いのだ。
「ひとまず時間は稼げましたかね……あとはこの部屋が予想通りの場所だといいんですが」
ホッとしたように息をつくリアムの前で、扉に魔招器の攻撃が弾かれるバリバリという音がした。
「予想通り? ってこの部屋に何かあるの?」
「ええ。おそらくあれです」
言いながらリアムが指さした先にはテーブルが据えられていて、手のひらに収まる大きさの、円盤状の金属製の何かが幾つも置かれていた。
ソワレが手に取って見ると、それは金属の割には見た目より軽く、中央には青い半月状の宝石のようなものが
「これ……まさか」
「ええ、これがあの魔招器を際限なく撃って来る秘密です。この拠点がこんな作りになっているのは、これがあったからなんでしょう」
見回してみれば、その部屋は魔力が抜けて単なる宝石と化した石が、木箱に入れられて乱雑に積まれていた。
だが部屋の入り口近くには金属製の箱があり、蓋を開けてみると魔力の籠った宝石がぎっしりと詰められていた。
ただしこれらは、未使用宝石ではない。表面には魔招器で衝撃を与える時に付く傷が微かに残るそれは、つまり一度は使われ、その後に魔力を補充されたものだ。
盗賊たちの中に魔法使いらしき者はいない。つまりは手元の円盤状のものが、そのための装置なのだ。だが―
「こんなもの、一体どこで……だって二千年以上は昔の道具よ!?」
「ええ、そうです。この円盤からは奇妙な魔法の気配がしていたものですから、まさかとは思いましたが。ここに刻まれているのはエルフの符のようなものでしょうね」
おかしいと思ったんです、とリアムは円盤の表面の文様を見つめながら続けた。
「この施設の構造は、奥のホールまで敵を誘い込んで、そこを中心に全方向から攻撃するものです。ですが、敵は魔法使いだったわけでしょう?いくら魔招器に火力があるとは言え、当時の魔法使いはもっと
「そうね、考えてみれば普通はそうなるわね……」
つるりとした円盤の表面にそっと触れながら、ソワレは頷いた。
当時から魔法使いの数は多くなかったというが、魔招器のような自由の効かない魔法ではなく、自在に魔法を扱うエルフが加わっていた戦争だ。もし宝石が尽きれば、袋小路に追い詰められるのは一般人たちの方だっただろう。
それが皮肉なことに、エルフたち自身が大陸を離れる際に捨て去った道具によって、この拠点での戦闘を維持できるようになっていたのだ。
エルフが大陸を離れ、魔法で大陸の一部を浮上させることで人間との関係を断ったのが、二千年前と言われている。その時、彼らの住む街の管理のために作られていたゴーレムは、あまりに数多くいたため地上に置き去られたという。同時に彼らに必要な魔力を補給する道具も、不要となって放棄されたのだ。
それほど昔から存在するとはとても思えない円盤は、まるで磨かれたばかりのような光沢を持って、ソワレの手のひらの上で輝いている。むしろ、それより新しいのに殆どが錆びて変色している魔招器より、その円盤は美しいままだった。
「裏側を見てください、師匠。この円盤は石がある方が表側で、そちらで魔力の補充ができるんですが、裏側はその逆なんです」
言いながら、リアムは先ほど
そこには今この場にある円盤とほぼ同じ形の円盤の絵があった。ここに来る前に書庫で調べて書き写してきたのだという。
「逆? 魔力を放出させるって事?」
「ええ、しかも魔力の溜まった宝石類のみに反応するよう作られているんです。元はゴーレムを動かすための魔力源でしたが、緊急の時にはそちらを使って停止させていたらしくて」
しかも触ったもの全てに反応しては危険なため、一定サイズの宝石にしか反応しないという、凝った作りになっているらしい。
「つまりこれを使って、あいつらの魔招器を無力化しようってわけね」
「その通りです。しかもこれは腐食や変形を防ぐために貴重な金属を使っていますが、このまま書き写せば符として使えるようですから」
「まさか、この場で大量に作るの!?」
「はい、その間、師匠には時間稼ぎをお願いします」
ふ、とリアムの瞳に真剣な色が宿った。何かをすると決めた時の、肝が据わった瞬間の彼の瞳は、普段とは打って変わって静かな、凪いだ湖を思わせる。
初めて見るはずの符、それも発動の目的を限定した符を解析し、敵に投げつけただけで発動する符に書き換え、大量にこの場で作る。そんな離れ業のできる魔法使いなど、ソワレはリアム以外に知らない。
だが彼の目は、自信に満ち溢れているでもなく、そんな大層な真似をこれからしようと言う自分を誇るでもなく、ただこの場を切り抜けるために必要な事を為そう、という意志のみが宿っている。
そしてそのための時間を作って欲しいと、真剣にソワレに頼んでいる目だ。
「……分かった。何とかするわ」
「お願いします。必要な護符はありますか?防御と反射がありますが」
「ありったけ頂戴。出口はそこの奥を使うから、私が出たらそこにも防御を掛けておくこと。それから、無理は絶対にしない事。ダメだと思ったら、あいつら捕まえるんじゃなくて、制圧しても構わないんだから」
「分かりました」
言うべきことを全て言ったソワレに、リアムは素直に頷くと、すぐに円盤に視線を移し、手帳に文様を書き写し始めた。
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