リアムの力
リアムは元々とある街の領主の跡取り息子だった。実際に明るい陽の下で見れば、彼はやや線が細いが背が高く、真っすぐな金髪には見事に輪が浮かび、容貌も美しく立派な青年で、細い銀のフレームの眼鏡が更に知性を醸し出していた。
その人となりを知らない者、特に女性にはその姿を見ただけで騒がれてしまう、肩身の狭い魔法使いとはとても思えない存在だ。
だが彼の出自も容姿も、その能力や性格とはまるで関係がない、と言っていい。
彼が十六の歳で、一歳下のソワレと共に旅立ってから早十年が経つ。その間に乗り越えた苦境も危難も、今では数えきれないほどだ。
しかし彼の繊細で臆病な性格は殆ど変わっていないし、社交性はまるで養われなかったし、育ちがいいからと言って剣の才など全くない。武器を持ち出されればひたすら逃げ回るし、喧嘩を売られるほど人とも付き合わず、自室に
幼い頃から引っ込み思案だったらしいリアムは、あらゆる才を母親の腹に置いて来たと言われる程で、四歳下の弟が真逆のしっかりした性格だった。そのため彼は、街にも家にも居所の無い生活を送っていた。
それもあって余計に家に籠りがちだった彼は、本ばかり読んで早くに目を悪くし、十三の歳には眼鏡を掛けていたそうだ。
家を出た理由も、結局のところ居場所が無かったのが一番なのだろう。
無論のこと、リアム本人には彼の能力を伝えた上で旅立った。当然ながら師匠として、教えられる限りの魔法も伝授した。そして何より、今回のような危地には何度も踏み込んだ。
リアムはその度に新たな魔法の使い方を覚え、彼なりの戦い方を身に着けて行った。最初の内こそ、野盗の護衛に同行しているのに客と一緒に隠れて震えているような有様だったが、今ではしっかりとソワレと共に戦ってくれる。
だがどれだけ戦いに慣れても、彼の繊細で臆病な性格だけは変わらない。危機に陥る度に情けない声を上げ、半泣きで駆けずり回りつつソワレの支援をしながら、しかし確実な戦い方をする。
実際の所、同じ魔法使いの仲間内ではソワレの危険な仕事に同行できる者は少なく、リアムは密かに尊敬を集めている。しかし彼自身はまるでその事を知らないらしい。
それでもソワレが頼めば、リアムは困ったような顔をしながらも毎回付き合ってくれる。
果たしてそれが信頼ゆえか、師匠と弟子という関係ゆえかは分からないが、ソワレにとって彼は誰よりありがたい存在だ。
それにしても、とソワレは内心で溜め息を吐いた。
ただ盗賊が隠れているだけの施設なら、わざわざ二人が出向く事も無かった。
頑丈で通路も入り組んでいて、入り口は発見しづらいこの拠点は、確かに盗賊たちにとっては格好の隠れ家だ。普通の人間には見つかりにくく、また
だが風や音を扱う魔法使いが一人居れば、魔法で容易く周辺状況を把握できる。隠れ場所も武器等のある場所もすぐに分かるので、十分な備えがあれば問題はないのだ。
にも関わらず二人がやって来たのは、先ほどから二人を攻撃してくるこの魔招器のためだ。
もっと正確に言えば、本来なら使用不能となっているはずの魔招器の、発動源である未使用宝石が大量に残っているためである。
魔招器は確かに危険な道具だ。だがそれ単体では、金属のガラクタも同然で何の役にも立たないし、そんな魔招器が捨て置かれた戦時中の拠点はそこら中にある。
重要なのは動力源となる、魔力が籠ったままの宝石の方だ。各地で魔招器が放置されている理由はそこにある。
そもそも魔力を溜め込んだ宝石など希少品だったのだ。かつての大戦では大量に採掘されたが、その殆どは使い切られた筈だし、当然ながら一度魔招器の発動に使えば魔力が無くなり、使えなくなってしまう。
魔法使いであれば、再び宝石に魔力を込めるのは簡単だが、そもそも魔法使いには魔招器など必要ない。つまり、魔力の籠ったままの宝石など今や無いに等しいのだ。
誰でも魔力を宝石に込められる道具、という物も実在はすると言われるが、それはエルフが地上を支配していたと言われる遥か昔に、ゴーレムと呼ばれる人工生命体の動力を補充するために作られた道具だ。
かつて人間に魔法を伝えたのがエルフとされているため、魔法使いたちの伝承にのみ、そんな道具の記録がある。だが当然、今もどこかにあるのか、まだ機能するのかさえ分からない。
「……なのに、こんなにバカスカ撃って来るなんておかしいのよね」
「何か言いましたか、師匠?」
「ああごめん、何でもないわ。ちょっと考え事」
「どうしてそう冷静なんですか! この勢いだとそのうち護符も尽きますよ!」
焦った顔をしたリアムが叫ぶ通り、魔招器の攻撃は全く止まる様子がない。つまり、それだけ無駄撃ちが出来るほどの未使用宝石を溜め込んでいるという事だ。
未使用宝石があると困る最大の理由は、普通の魔法使いでは探知が難しく、実際に目にするまで発見しづらいためである。
どういうわけかと言えば、この宝石は魔力の漏出を防ぐため、常に特殊な金属の箱に入れられているからだ。魔力の漏出が防がれているという事は、つまり魔法で探索をしても、箱があるという事が分かるだけで、宝石までは発見できない。
となると、どこからどれだけの攻撃が来るか分からず、作戦が立てられないのだ。
ではなぜリアムがこういった場に適任なのか、と言えば、つまりその条件でも彼には辛うじて探知が出来るからだ。
理由は本人にも分からないらしい。ただ、未使用宝石のある場所に近付いただけで、リアムは「嫌な予感がする」と言う。
その「嫌な予感」は建物であれば入り口に近付く前から始まる。つまりこの時点で、魔招器による攻撃が来る、という事が予想できる。
具体的にどこから、とソワレが尋ねると、正確な場所は分からないのだが、移動しながらその「嫌な予感がする」方へ向かい、最終的に隠されている容器まで見つけることが出来る。
彼には占いの才能は無いのだが、少なくともソワレと組んでから、この未使用宝石の
初めて彼がそう言ったのは、出会ってすぐの頃だった。その時のソワレはただ彼が臆病なせいだ、と思って取り合わなかった。
「嫌な予感がする、入るのはやめた方がいい」と言ってリアムが立ち止まったのは、偶然見つけた藪の陰の古い拠点跡で、文字通り朽ちてボロボロの場所だった。
入り口に人が通った跡はあったが、ソワレが軽く蹴っただけでも壁の表面が剥がれ落ちるような場所で、そこに人間が隠れているなどとは思いもよらなかった。
それで嫌がる彼を連れて無理やり中に入ったのだ。せめてこの場所がどんな施設だったのか確かめよう、という目的もあった。
だが驚いたことに、足を踏み入れた途端、古い施設の壁を壊さんばかりの勢いで魔招器の攻撃に遭った。
最初は単なる魔法使いによる攻撃だとソワレは思ったが、攻撃の仕方があまりにも雑で、しかもその威力は符によるものにしては強すぎた。
普通の魔法使いが、一瞬の攻撃に込める魔力としては大きすぎるのだ。それに気付いた時、ソワレは悟った。
とっくに忘れ去られた大戦時の武器で、どう処分されたのかも不明なままだという、負の遺物と聞かされてきた物。
魔法の使えないソワレが、唯一魔法を使う方法として利用できるかも知れないと、密かに欲していた物。それがこれなのだと。
そしてその事件以来、リアムはこの「嫌な予感」で必ず未使用宝石と魔招器がある場所を見つけるようになった。
どうしてそうなったのかは本人にも分からないと言うが、そもそも両親とも一般人だったのに、強大な魔力を操る力を持って生まれたのが彼だ。無意識とは言え、彼はその力でずっと育った街を守り続けていた。
それを考えれば、危険をいち早く察知するのも、その原因まで見つけることが出来るのも、彼の持って生まれた力だと考えるのが妥当だろうと、ソワレは思っている。
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