失った夢よりも

しらす

盗賊たちの根城

 夏にしてはひんやりと涼しい、どころかそれを通りこしてむしろ寒い通路を、ソワレとリアムは時々後ろを振り返りながら走っていた。

 全身を黒いローブで覆い、青みを帯びた黒髪をなびかせながら走るソワレの脇を、青い小さな火の玉が掠めていく。ローブの端に焦げ跡が付いたのを、彼女は青草のような緑の目を細めて軽く睨むと、それ以上火が伝わらないようバシッと片手で叩いた。

 数秒前には髪を束ねていた紐が同じ攻撃で焼かれ、危うく頭に火が付く所だった。しかし彼女はまるで動揺することなく、素早くを紐を引きちぎって走り続けている。


 一方その後ろにぴったりとくっついて走るリアムは、かなりの軽装である。鎧を付けるどころか防護服もローブもつけず、白い襟付きのシャツとパンツに、雨除けのケープを肩から被っているだけだ。

 さらりとした淡い金色の髪は暗がりの中でも光を放つような美しさで、空より青い瞳はどこぞの貴族かと思わせるような姿だ。

 そんな軽装の上に目立つ彼が、それでもソワレの後ろに付いているのは、魔招器ましょうきの攻撃から彼女を守るためである。


 ここは山中の元洞窟であった場所を利用して作られた、戦時中の古い拠点の中だ。甲の部分に鉄板を仕込んだ重いブーツの足音は、壁に反響して何倍にも聞こえてくる。

 この拠点―無論現在は放棄されている筈の場所であるが―は、今や盗賊の根城と化していた。

 しかも先ほどから二人を狙ってくる攻撃は、かつて「魔招器」と呼ばれ、魔法使いと一般人との大戦に使われた武器によるものだ。


 魔招器。魔を招く器。それは元々、この機械が魔法使いの能力を使わなくても、魔力をその内に取り込む性質から付いた名だ。


 だが実際のところどうかと言えば、その取り込んだ魔力をエネルギーとして、強力な攻撃魔法や魔法防御を行う武器の総称となっていた。

 しかも魔法使いが自身の意志で操るそれと違い、魔招器は強力な武器でありながら、コントロールがまるで利かないという欠点がある。

 そもそもその仕組みが、魔力の溜まった宝石を魔力源とし、何らかの衝撃を与えることで魔力を放出、そして各魔招器に設定された魔法を発動する、というだけの代物だからだ。

 威力も精度も制御する方法がない上に、魔法の知識の無い者でも簡単に使えてしまう、使い手によっては非常に危険な道具である。



 そんな魔招器の攻撃をひっきりなしに受けながら、ソワレは身を隠せる場所を頭に思い浮かべた。

 この拠点は敵を中へと誘い込んだ上で、四方八方から攻撃するという目的で作られていたらしい。そのため入り組んでいるように見えて、通路は奥の広間に向かって一本道になっている。

 ただ当然、奥までの通路は右に左に曲がりくねっていて、こちらも途中までは身を隠せる場所が幾つかあった。


 そんな物陰の一つに、ソワレは勢いよく飛び込む。が、その瞬間に背後で激しい爆発音が響いた。

 さすがのソワレも驚いて、後ろを付いてきている弟子、リアムが心配になり、足を止めて振り返った。すると立ち止まり損ねたらしい彼が突っ込んできて、そのままもつれ合うように床に転がった。


「今のは何だ!? 大丈夫かリアム!?」

「大丈夫じゃないですよ! 死ぬかと思いましたよ!! だいたいどうして毎回毎回こんなところに私を付き合わせるんですか!?」

 どうやら怪我は全くなかったようだが、リアムは多少やけっぱちの声で答えた。


「そう言うな、こういう仕事に君は適任なんだから」

「そんな訳ないじゃないですかあっ!! もう嫌だ、家に帰りたい、リコぉお―!!」


 最後の方は半泣きになりながらリアムは叫ぶ。ちなみにリコと言うのは彼の弟子で妻、リコリスという名の魔法使いの事だ。治癒の魔法に長ける彼女は、今日も二人が怪我をした時のために外で待機している。

 しかしどうやソワレと同じく、彼も全く怪我はしていないようだ。それを確認して少しだけ安堵しつつ、彼の能力を考えればそれも当たり前か、とソワレは思う。



 自身も魔法使いを名乗り、リアムの師匠でありながら、ソワレには魔法が一切使えない。その代わりとでも言うように、生まれつき常人を超える運動能力と体力を持っていた。

 しかし当時は、大戦に負けた魔法使いたちが「霧の谷」と呼ばれる村に集められ、国から出入りを厳しく制限されていた頃だ。そんな村に生まれた彼女は、当然のように村の子たちにいじめられ、喧嘩をしても魔法でやり込められ、悔しさから必死に魔法の知識を学んでいった。

 元々ソワレの両親は強力な魔法使いであり、彼女が生まれた時はその跡を継ぐのだと、当然のように思われていた。それに何とか応えたい、という思いもあった。


 身体能力がどれだけ並外れていようと、魔法使い相手の喧嘩に余裕で勝てるようになろうと、ソワレは魔法の研究をやめることは出来なかった。今は全く使えなくても、この国に伝わっている全ての魔法の知識を学べば、いつかは自分が使える魔法が見つかるかも知れない、と。ただそれだけを望んでいた。

 そうして貪欲に学び続けた結果、彼女は知識だけなら、どんな魔法使いにも引けを取らないまでになっていた。


 だからこそ、膨大な魔力を無意識に制御し、また容易に発動できるリアムと出会った時、ソワレは強烈な嫉妬心を抱いた。

 それと同時に、それほどの才能を有効に使うどころか、周囲に悟られないよう隠しながら生きている彼を見て、なんと勿体ない事だ、とも思った。ソワレが溜め込んだ知識は、リアムの能力では容易に発動も制御もできる。彼にそれを教えれば、かなり有能な魔法使いになるだろう事は目に見えていた。

 一方でリアムは、常人離れした強い体を持つソワレに驚きながらも、その力がもし自分にあれば自信が持てるだろうに、と逆に彼女に憧れの目を向けた。


 それは運命と呼ぶべき出会いだった。少なくともソワレはそう思っている。リアムがどう思っているかは別として、だが。



「ったく足の速い奴らだな! おい、なにモタモタしてやがる!」

「さっきのでディーンが宝石を使い切っちまったんだ! だいたい重いんだよこりゃあ」

 近付いて来る足音と共にそんな声がして、ソワレは物思いを中断した。状況はまだ好転していない。むしろこのまま走り続けると、袋小路に追い詰められてしまう。


 二人の後を追って来た盗賊たちは、手に手に武器を持ったまま、ソワレが咄嗟に弾除けにした壁の陰に迫って来ていた。

 こちらは飛び道具など持っていないし、仮に魔法で廊下一面に火を起こしたりして防御できても、リアムは魔力切れで倒れてしまうだろう。しかも防御になればいいが、同時に出口を塞ぐ結果になってしまうので、そんな無茶はするだけ無駄だ。


 徐々に敵の足音が近付いて来て、ソワレは再び弟子の手を引いて走り出すと、肩越しに追ってくる人数を確認した。

 角を曲がって現れたのはいずれも革の鎧を着た男が六人。全員若い男のようだ。

 普通の剣やナイフを持っている男が二人で、残り四人のうち、これも魔招器と思われる大きな金属の盾を持っている男が一人。それ以外の三人は攻撃用の魔招器を手にしていた。


 魔招器にも色々あって、戦闘に特化している点は同じだが、扱える魔法はそれぞれに違う。先刻ソワレのローブを掠めたのは火だが、一人は広範囲に拡散する雷、そしてもう一人はどうやら水を放ち冷却するもののようだ。

 まずは水をぶつけて冷却、或いは雷によって感電させての足止め、それから火や剣などによって止めを刺そうという算段なのだろう。


 しかもどれだけの数の宝石を所持しているのか、彼らの攻撃はまるで躊躇ためらいがない。お陰でさすがのソワレも、蹴り飛ばして止めるなどという反撃をする隙が無く、ひたすら逃げる一方である。

 もちろん無計画に逃げているわけではないが、ソワレに魔法は使えないので、この拠点内を把握しているのはリアムだけなのだ。彼が死んでしまうと、ソワレが追い詰められるのは時間の問題だ。


「まだ生きてるか、リアム!?」

「生きてますよ!! だいたい死んでたら返事しませんから!!」

 かなり息が上がっているリアムの様子に、視線だけを動かして声を掛けると、彼は心外そうに答えた。案外落ち着いているらしく、片手に小さな革表紙の手帳を握り、何か調べものをするようにめくりながら走っている。


「それもそうね、じゃ今度からどうやって確認するか考えなきゃ」

「馬鹿言ってないで早く、次の左の扉をぶち破ってください! 死ぬのはご免ですよ!!」

 まるで幼児が駄々をこねるように言いながらも、リアムは次々と着弾する魔招器の攻撃を、器用にも右へ左へとステップを踏むようにかわしながら、暗い通路の先を指差した。


 実際死にたくないと喚きながらも、一方でリアムはずっと冷静に動いていた。魔法で防御のできないソワレの背中から決して離れず、右腰に提げた鞄からの刻まれた紙を取り出し、防御の魔法を発動し続けている。一緒に旅に出た頃とは大違いだ。

 ただそのあまりの軽装と容姿は、敵からすると余裕たっぷりに煽っていると見えるようで、余計に攻撃は激しくなっていた。

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