闇を知らぬ君のために

エリー.ファー

闇を知らぬ君のために

 少しだけ、本当の物語を。

 雨が降っている日曜日だから、私を見失うまでの時間を計算している。

 情緒だけが足りない人生だから、遠くまで歩いて来られたのだと感じるたびに嘘を貫こうとしてしまう。

 ひっそりと生きている闇を溢れさせるために、自分という人間性をどこかに捨ててしまう。異常とも言える、人生への執着性は命の価値そのものだろう。

 君の物語だ。

 誰かの物語ではない。

 君の物語だ。

 方向を合わせなけれな、歩幅が合っていても共に歩むことはできない。非情である限り、人間はいつまでも人間として存在することができる。それは君だけではなく、私にとっても同じなのだ。

 どうせ、忘れてしまうだけが人生ならさよならの礼儀だけは備えておくべきだろう。

 何か冷たく変わってしまった、女と男のように。

 ありふれた季節を静かに見失う時間が必要であることを伝えなければならない。

 忘れるな。

 これは訓練ではない。

 君の人生で起きる、君の生き方を正すための物語なのだ。

 本当のことを物語として書くのは、余りにも難しい。それは物語がもち不可能性ではなく、人間に引き出すだけの能力がないことを示している。分かっていないくらいが丁度いいのだ。錯乱していることすらまともに自覚できない。これがいいのだ。

 こうしなければ、私も、君も、他の誰かも。

 絶えてしまっただろう。

 何もかも、強情に見せようとするから失敗するのだ。

 これは、君の物語だ。

 君が決着をつけるのだ。

 勝ちや負け以上の価値を生みだすための遊びなのだ。

 このまま、歩き続ければ、君はいずれ死ぬだろう。それに虚無を感じるのも分かる。しかし、案ずるな。

 それがすべてなのだ。

 君だけの物語ではない。

 どんな物語にも起こりうるのだ。

 だから。

 これでいいのだ。

 このままでいいのだ。

 君は、歩んでいる。

 それでいいのだ。

 それがいいのだ。

 この闇を晴らすために歩く。

 違う。

 闇でいいのだ。

 真っ暗でいいのだ。

 夜でいいのだ。

 明けなくていいのだ

 無理に朝日を手に入れようとしなくていいのだ。

 そんなに必死になって昼間の世界を生きようとしなくていいのだ。

 闇も、そんなに悪くない。

 アングラも、そこまで悪くない。

 そんな下らない話ではないのだ。

 そもそも、誰もそちらを悪いなどと言っていない。勝手にへりくだって、無駄に謙虚に振舞って、意味なくプライドを捨てようとして。

 それに意味でもあるのか。

 闇を知らぬ君のために。

 光を知った気になっている君のために。

 歌を。

 長くて終わらない歌を。

 どうか、私ではなく。

 君の口から一曲。


「明日の夜も歌うんだろう」

「あぁ、ここのクラブにいるよ」

「明日も期待してるぜ。お前、いい声をしてるよ」

「ありがとう」

「金はあるのか」

「あぁ、正直あんたらよりは稼いでるよ」

「いいなあ。才能があって羨ましいぜ」

「ありがとう」

「この後はどうするんだい」

「そうだな、家に帰ろうかと思ってる」

「だったら、一緒に飯でも食わないか。良い所があるんだ」

「ありがとう。行くよ」

「そのギター、重くないのか」

「いつも、これを運んでいるせいか慣れたかな」

「持ってもいいかい」

「あぁ」

「いや、かなり重いぞこれ」

「まぁ、響かせるために色々改造してるせいかな」

「凄い仕事だな」

「みんな、そうさ」

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