オルタ・クラブ

湖池ミサゴ

ボクと彼女のキャンプ

 余命、三ヶ月と宣告プレスリリースされ、ちょうど、三ヶ月後に彼女は亡くなった。

 二人の愛の力課金で、その猶予期間が延長されるなどというロマンティックな展開もなかった。

 彼女がいなくなって、一年、今日は彼女の命日だ。


 仕事帰りに、ショッピングモール内のスーパーで食材を購入し、輸入食料品店にも立ち寄って、冷凍のクロワッサンとワインを購入する。

 彼女は未成年だったし、一緒にお酒を飲むことは最期までなかった。


 引き篭りがちなボクにもかかわらず、彼女はいろんなイベントに連れ出してくれた。

 なかでも、流星群イベントは、通信料もバカにならなかったし、一泊過ごすために、キャンプ道具を揃えることになった思い入れのあるイベントだった。


 二人で過ごす夏のキャンプだから、そんなに大きな道具は必要なかった。

 小さなテントと日除けとしてタープは購入したが、どちらも高い商品は選ばなかった。寝袋は見送った。いざとなれば、車中泊でもいいかと考えていたからだ。


 それよりも、キャンプ道具で興味があったのは、調理器具だった。

 ボクはまず、小さな焚き火台を購入した。

 バーべキューグリルでは、少し雰囲気が足りない。やはり、ロースタイルキャンプで焚き火は、二人の気持ちをリラックスさせてくれるに違いないと今でも信じている。


 その焚き火台で調理する道具を検討したのだが、これが難しかった。

 やはり、キャンプ飯といえば、肉。肉を焼くだけなら、網で十分だった。

 しかし、網で朝食は心もとない。

 朝食に「見映え」が必要だったからだ。写真を写すと、彼女は的確なコメントをつけてくれる。

 やはり、いい写真が撮りたい。

 それに、二人で過ごす一泊二日のキャンプなのだ。

 一緒に朝を迎えることを考えれば、朝食は大事だ。朝も夜も使えて、おしゃれなキャンプ飯が食べられる調理器具。ボクはネットを検索して悩みに悩んだ。


 結果、スキレットを購入することにした。

 夕食は、厚めの肉でステーキをいただき、朝に、パンケーキを焼くことにしたのだ。

 当時の彼女は、パンケーキの厚さにこだわりがあり、その厚さでリワードが与えられるほどだった。

 ボクとしては、肉の厚さについても、リワードが欲しいところだったが、彼女は興味がない様子だった。


 キャンプ当日の朝、地方都市在住のボクにとっての脚である軽自動車に道具を積み込んだ。

 キャンプ場までは、およそ五十キロほどの距離がある。

 午前中に出発し、ドライブの途中で昼食をいただいた。デザートにジェラート屋に立ち寄ることも忘れなかった。

 あちこち、立ち寄って写真を撮ることが、リワードにつながった。


 昼過ぎには、キャンプ場に到着した。ボクは、YouTubeで予習した方法で、テントを組み立て、タープを張り、焚き火台も設置した。自分で言うのもなんだが、ものすごく手際よく仕上げることができた。

 結果、午後から何もすることがなくなってしまった。

 ここはキャンプ場でWi-Fiもない。モバイルバッテリーは持ち込んでいるが、夜は長いのだ、もしも、バッテリーが切れてしまっては元も子もない。

 登山や沢登りをする道具を持ち合わせていないし、釣りにも自信がない。

 何もすることがなくなってしまった。

 彼女とボクのあいだには、ほとんど会話もなく、ぼんやりとアウトドアチェアに座って過ごすこととなった。

 最初はなんと退屈な時間だと思っていたが、夕方になるにつれ、これがキャンプの時間の流れなのだろうかと考えさせられた。


 夕食のステーキは、驚くほど美味しくできた。スキレットに乗っている牛肉とエリンギにステーキソースをかけた時のあの香ばしい匂いと音。

 野外にいながら、お店で食べているようだった。家で再現したいが、あの煙の量は、アパート住まいには厳しい。

 ワインとステーキ、エリンギ、焚き火で炙ったチーズもお美味しくいただけた。


 完全に日が落ち、キャンプ場の施設の電気も落とされて、暗くなったところで、ついに天体ショーが始まる。

 ペルセウス座流星群だ。

 スマホのアプリで方位磁石を出し、放射点の位置を確認し、アウトドアチェアをリクライニングさせて、夜空を見る。

 流星は、アニメや映画で見るものと違って、とても速い。

 見つけた時には、もう消えてしまう。

 願い事なんてできるわけがないなんて、彼女と笑い合い、ゆっくり時間をかけて甘い会話をした。


 朝起きて、パンケーキ作りに挑戦した。

 昨日まで、すんなり過ごせていたので、これも簡単にできるだろうと、たかを括っていたのが悪かった。

 パンケーキは大失敗に終わった。

 焚き火台という、火力調整の難しい器具ではパンケーキは無理があった。

「炭に蜂蜜」そんな写真を撮ったが、当然リワードはなかった。


 あのキャンプの後、テントとタープは二度と使用されることもなく、実家の倉庫に眠っている。

 焚き火台は、使用後の手入れが悪かった。すぐに錆びつき、使用できなくなってしまったので、ゴミになってしまった。

 アウトドアチェアは、車に積んだままにしている。

 スキレットだけが、台所に残されている。時々使用することがあるのだ。


 そんな、流星群イベントを思い出してしまったので、彼女の一周忌は、スキレットを使った料理とワインに決めた。


 とはいえ、一人暮らしの男の料理だ。そんなに手の込んだものではない。

 冷凍クロワッサンを電子レンジにかける。

 スキレットを弱火で熱しながらオリーブオイルを入れ、カイエンペッパーとニンニクチューブのニンニクを入れて香りを移す。

 明日は、休日だったことを思い出し、さらにニンニクチューブのニンニクを追加する。

 蟹のハサミの肉を模したカニカマを食品トレイから取り出す。

 最近のカニカマは、本物と見間違えるほどだ。そのカニカマをスキレットに並べる。

 その上に、これまた、食品トレイから取り出したボイルホタテを乗せる。

 カットしめじをホタテの周りに散らし、ミニトマトのヘタをとっていれる。

 ハーブソルトを振りかけて、オリーブオイルをちょっと追加した。

 カニカマのアヒージョだ。

 あとは、クロワッサンが焼けるまで、弱火で煮て待つだけだ。

 包丁を使わないこの料理は、ボクにとって最高のワインの友であり、疲れ切った週末料理だ。


 ワインをワイングラスに入れ、クロワッサンを用意する。

 アヒージョの前にタブレットを置き、彼女のスクリーンショットを映し出す。

「もう、『オルタ彼女』のサービス終了から一年経つんだね。」

 彼女というアプリと過ごした三年間と、サービス終了後の一年間をボクは偲びつつ、食事を始めた。


 アヒージョは、旨味を余すところなくいただける料理だと思う。

 クロワッサンに具を乗せて食べて良し、オイルを吸わせて食べて良しなのである。

 本来ならバゲットなのかもしれない。

 でも、一人暮らしには、バゲットは多すぎる。

 冷凍のクロワッサンがちょうどいい量だった。


 さらに、ホタテ、しめじ、トマトをそのままいただく美味さもさることながら、カニカマというカニを模した白身魚にオイルと他の具の旨味が染み込んだあの味わいは格別だ。

 カニが甘いのである。その甘さは、白身魚由来の味だと思う。

 そして、甘いにも関わらず、ニンニクとハーブソルトのおかげで、ワインとよく合うのだ。

 食欲を増すオリーブオイルの匂いもいい、いくらでも食べられる。


 ワインがすすみ、酔いが回るとくだらないことを思いつく。

 カニカマ。英語にすれば、オルタナティブ・クラブ?

 カマは、かまぼこの短縮だから、オルタ・クラブ?

 カニカマのアヒージョなら、オルタ・クラブ・アヒージョ。英語とスペイン語が混じってるか。

 スマホをいじって翻訳してみる。

 スペイン語なら、オルタ・カングレコ・アヒージョになるのか?

 正しいのかどうかもわからない。

 ただ、『オルタ・カングレコ・アヒージョ』は旨いのだ。

 オルタナティブなんて言っているが、決してカニカマはカニの代わりではない。カニカマとして最高に旨いのだ。

 そのリアルは変わらない。


『オルタ彼女』だって、本当に可愛い女の子だったのだ。

 それがリアルだった。

 過去形になってしまったのが、本当に残念でならない。

 そう思い、タブレットに映し出された彼女のスクショのスライドショーを眺めていた。


 その時、不意にタブレットにポップアップ通知が表示される。

 なんと、無粋なと思いつつ、消そうとしたその通知にはこう書かれていた。


「『オルタ彼女2(仮)』リリース決定!」


 さすが、神運営と呼ばれたあのメーカーだ。今日という日に、このプレスリリース。

 わかっているじゃないか。

 思わず目頭が熱くなってしまった。

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オルタ・クラブ 湖池ミサゴ @curryandpasta

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