第7話 スカウト

「私は怪しい者じゃないし、君に危害を加えるつもりも無いよッ! 少し話をしたいだけなんだ。5分、いや3分だけでも話を聞いてくれないかな」

「3分ぐらいなら……」


 急に話しかけられて、反射的に思わず逃げようと身体を反転させる。すると慌てて男性が手を伸ばして引き止めてきた。危険は無さそうだし3分だけならと、話を聞くことを了承して男性と向き合う。


「私の名前は今井祐介いまいゆうすけ。よろしくね」

「は、はぁ。僕は、青木健吾です」


 ホッとした様子で、自己紹介する今井さん。対戦する直前や、対戦中に彼の名前は聞こえていた。観客が知っていたということは、もしかすると有名人なのだろうか。疑問に思っていると、彼は僕の目の前に名刺を差し出してきた。


「こういうものだよ」

「頂戴します」

「ん?」

「あ」


 思わず、前世のサラリーマン時代を思い出して両手で名刺を受け取ってしまった。子供が、こんな風に名刺を受け取るなんて変だと思われるかも。今度は僕が慌てて、受け取った名刺に目を通しながら話を続けた。


Crazy Gamersクレイジーゲーマーズのオーナー、ですか?」

「そう。私は、実力のあるゲーマーを集めたチームを作っているんだ。そして、君をチームにスカウトしたいと思っている」

「スカウト? 僕を、ですか?」

「そう。今日の大会、君はスゴイ活躍だった」

「いえ、そんなことは……」

「もちろん、実力に見合った報酬も支払うよ。プロとして君を仲間に迎え入れたい」

「プロ、ですか」


 つまり僕は今、プロゲーマーとしてスカウトされているのか。でも、こんな時代にプロゲーマーなんて居たのかな。僕の記憶だと日本にプロゲーマーが誕生したのは、2000年を過ぎてからだ。まだ90年代の今、プロゲーマーとしてスカウトされるなんて予想外。こんなところでも歴史が変わっている、ということなのか。


 いや、今悩むべき問題はそこじゃないか。


「プロなんて、そんな。今日の大会で僕が勝てたのは、偶然ですよ」

「いやいや、偶然なものか。優勝したのは、君に実力があったからだ」


 僕の言葉を即座に否定する今井さん。本当に、そう思ってくれているらしい。


「実を言うと、私はちょっとズルをしていてね。君が大会に向けてゲームセンターに通い、練習している様子を盗み見ていた。しかも、チームの皆と事前に対策を練っていたんだよ。それを君は、あっさりと打ち破ってしまった」

「……」


 まさか、事前対策されていたとは。それを聞いて、少しだけ自信が湧いた。


 でも、よく考えていみると僕もズルをしている。格闘ゲームに関する、他の人には知り得ない未来の知識や似たようなシリーズをプレイしてきた経験があるからこそ、今日の大会では勝てた。


 その優位は、この先どんどん失われていく。僕は、ただのゲーム好きでしか無い。そんな人間がプロとしてやっていけるとは思えない。だから、プロのゲーマーなんて僕には無理だろう。


「申し訳ありませんが……」

「ちょ、ちょっと待って! 今すぐに答えを出す、なんて必要は無いんだ。ちょっとお試しでチームに参加してみて、自分の才能を確かめて見ないか? 君なら絶対に、世界で有名になれるぐらいの凄いプレイヤーに成長すると思うんだ!」

「い、いや……」


 スカウトを断ろうとしたら、それを察したのか今井さんは、猛烈に引き留めようとしてくる。そして、ものすごく僕のことを評価してくれていた。


「ぜひ!!」

「え、あ、うーん」


 流石にそこまで言われてしまうと、考え直す必要があるかもしれない。お試しでも大丈夫なんて言われたし。


 とはいえ、今井さんの話を受けるとしても他に話しておくべき人たちがいる。


「わかりました。両親と話し合ってから、決めてもいいですか?」

「もちろん! どうするか決めたら、名刺に書いてある連絡先に電話をしてくれると助かるよ。もしも、君のご両親に不明な点があるようだったら私が代わりに説明するから、その時も遠慮なく電話をよろしくね」

「え、えぇ。わかりました」

「ごめんね、長いこと引き止めちゃったよ。これで話は以上だから」

「そうですか」

「改めて、優勝おめでとう。気をつけて帰るんだよ」

「はい」

「それじゃ」


 3分を超えて話し込んでしまったからなのか、今井さんは申し訳無さそうな表情を浮かべて急いで会話を打ち切ると、目の前から去っていった。


 僕は受け取った今井さんから名刺を、ボケットの中にしまってから自宅へ帰った。両親には、どうやって説明しようか悩みながら。

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