第5話 ゲーム大会に初めて参加してみた

 家に帰ってきた僕は、受け取ったチラシを片手に持ってどうしようか悩んでいた。参加するか、参加しないか。


 こういうゲームの大会に参加したのは、記憶では数回だけ。当然、生まれてからは1度も参加したことは無かった。だから、少し怖い。


 自分なんかが参加しても良いのかな。でも、あの店員は参加を勧めてくれた。僕も参加してみたい気持ちが大きい。しかし、場違いじゃないかな。ただのゲーム好きなだけの僕が、大会に出てゲームの腕前を競うなんて。どうせ、すぐに負けてしまう。自分は、プロでもなんでもない普通のゲーマーでしかないから。


 それでも、大会には参加しないという選択肢をすぐには選ぶことが出来なかった。




 就寝前、目を閉じながら考えた。参加するか、参加しないか。色々と考えながら、一晩眠った。翌朝になって、僕は大会に参加してみようと決めた。


 今まで1人で黙々とゲームを楽しんできた。それで十分に楽しかった。けれども、やっぱり誰かとゲームの腕前を競ってみたいう欲求はあった。


 オンライン対戦が登場して気軽に誰かと戦えるようになるのは、もうしばらく後になるだろう。今回の機会を逃してしまった、人間を相手にしてゲームで戦えるようになるのは当分先のことかもしれない。


 自分がどこまで出来るのか、CPU相手じゃなく人間と戦ってみて確かめてみたいと思った。だから、大会に参加してみようと決意した。




 その日から僕は、学校からの帰り道の途中でゲームセンターに立ち寄った。大会に向けて、練習を開始する。


 次の休みの日が大会本番だ。それまでゲームセンターに毎日通って、約1時間ほどプレイする。ゲームシステムの理解を深めたり、色々なキャラクターを選択して技や動きの確認を行ったり。


 大会で使用する格闘ゲームは大人気なのか、かなり多数の筐体が導入されていた。だから、いつ行っても席が空いているので助かった。


 プレイしていると、後ろからプレイを観察する見物人が増えていった。人が増えて囲まれる前に、さっさと家に帰るのが僕のルーティーンとなった。


 大会に向けてゲームの腕前を磨いていく。ワクワクする期間だった。自分の腕が、どこまで通用するだろうか。1回ぐらいは勝ちたいな。


 そんな日々を過ごして、大会本番の日を迎えた。




 僕は緊張しながら、大会が行われるゲームセンターにやって来た。最近、腕を磨くために通っていた場所。今日ここで、その成果を披露することが出来る。


「本日、大会に参加する方はこちらに集まってください!」


 僕にチラシを渡してくれたあの店員が、大声で大会参加の案内をしていた。あそこに行って、参加の申込みをすれば良いのかな。


 既に、大人たち数十人が並んで参加の申込みをしていた。この人達の誰かと勝負をするのかな。


 順番に並んで、僕の番がやってきた。


「お。来てくれたんだね、ありがとう」

「え!? あ、いや。せっかくチラシを貰って、大会のこと教えてもらったので」

「そっか。ぜひ、優勝目指してがんばって」

「は、はい。なんとか、がんばってみます」


 まさか店員に顔を覚えられていたとは。いきなり話しかけられて、少しテンパってしまった。けれど、それなりに会話することが出来たと思う。


 応援してくれているようなので、優勝は無理でも三回戦ぐらいは行きたいかな。




 大会が開始される時間となった。ゲームの筐体を背中合わせに2台設置した場所が4箇所ほど用意されていて、その周りには多くの観客たちが集まっていた。あそこで対戦相手と戦い、トーナメントを勝ち上がっていくのか。


 よく見てみると、筐体の周りに集まっている観客たちは全員大人。僕と同世代というような子供は1人も居ないみたいだった。


 急に緊張してきた。やっぱり、僕なんかがゲームの大会に参加するのなんて辞めておいたほうがよかったかもしれない。こんな大人たちに見られながら負けるなんて、恥ずかしい。


 でも、もう大会にエントリーしてしまった。逃げ出せない。


 勝負を目前にして憂鬱な気持ちになりながら、トーナメント表を見る。自分が割り当てられた場所を確認して、戦いの場へ向かった。


「よろしくおねがいします」

「あ、よ、よろしくおねがいします」


 指示された場所に行ってみると、対戦相手が既に待ち構えていた。30代ぐらいの穏やかな人柄そうな普通の男性だった。向こうから挨拶もしてくれた。頭をペコっと下げて、僕も挨拶する。


 よかった、不良とか怖い人が対戦相手じゃなくて。少しだけ緊張がほぐれた。


 椅子に座り、対戦開始の合図を待つ。筐体の横に立っているチラシを渡してくれた店員とは、別の店員だ。


「準備が整ったら始めてください」

「はい、大丈夫です」

「僕も、一応オッケーです」

「それでは、勝負を開始してください」


 戦いが始まった。周りの観客たちが場を盛り上げる。気にしないようにしながら、僕はゲームの画面に集中する。


 キャラクターを選択する。僕が選んだのは、一番オーソドックスなキャラクター。練習する時間が少なかったので、操作が簡単なコイツで腕を磨いてきた。


 相手が選んだのは、攻撃力は高いけれど技の入力が少し難しいようなテクニカルなキャラクターだった。1撃1撃の攻撃に注意が必要かな。


『ラウンド……ワン……ファイッ!』


 対戦が始まった。緊張しているからなのか、レバーの操作が固い。いきなり、技のコマンド入力をミスってしまった。やばい。負けるかもしれない。


 焦る気持ちを抑えながら、敵との間合いをはかる。相手もコマンドをミスったのが見えた。どうやら、自分だけじゃない。それが分かった僕は深呼吸して、一転攻勢。


 こんなに緊張してゲームをするのは久しぶりだ。でも、勝てそうだ。いや、油断はせずに最後まで気を引き締めていかないと。


 画面から目を離さず集中して、レバーを操作し、ボタンを叩く。相手の隙を狙って攻撃を続ける。体力と時間ギリギリで1本目は勝つことが出来た。


「くっそ~~!」


 向こう側から、楽しそうだけど悔しがるような声が聞こえてきた。すぐに2回戦が始まる。


 最初の緊張は、かなりほぐれて失敗が少なくなった。すると、相手の攻撃も見えて避けることが出来る。カウンター気味に相手を攻撃して、今度はすぐに決着がつく。時間と体力も余裕だった。


 そしてなんとか僕は、1回戦を勝ち上がることが出来た。


「君、スゴイ腕前だね! 完敗だよ」

「あ、ありがとうございます」

「こちらこそ、戦ってくれてありがとう。優勝まで行ってくれ、応援しているよ」

「は、はい。頑張ります」


 対戦終了後、相手の男性が握手を求めてきた。そして応援までしてくれた。とても良い人だ。次の試合も頑張ろうと思った。

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