魔法少女OL系

さかまき

1:魔法少女卯己子(OL)

 満月の夜。

 林立する高層ビルの隙間に二つの影が浮かんでいた。


 一つはゴチック調のレモンイエローカラーをした服装を身に纏う少女。

 もう一つは、奇妙にニヤケた兎の頭を持ち、体表を子供が冗談で塗ったようなマーブル模様で彩った巨大な芋虫。


 なぜ、少女が浮いているのか。

 簡単である。

 少女が魔法少女であるからに過ぎない。


 なぜ、芋虫の頭部が兎染みているのか。

 魔法生物だからである。

 論ずるに値しない。


 「ラインストーン!!」


 少女の叫び。

 少女の魔法属性は【地風ぢふう】だ。

 風と土を操る。


 そして、その魔力に呼応し地面から無数の礫が打ち出される。

 一発にはそれほどの威力はなく、ぶち当たった兎芋虫の身体を僅かに振るわせたに過ぎない。

 しかし、二発目、三発目と数が増えるにつれ、兎芋虫の体表をどんどんと削り取る。

 数十発目には芋虫部の下半身が粉微塵と消え去った。


「はぁはぁ……」


 少女は、額に玉のような汗を浮かべていた。


「頑張って! カスミちゃん! もう少しダヨ!!」


 そう声をかけたのは少女の周囲を飛び回る一匹の、いや一体のヌイグルミだ。

 白い美しい毛並みをした馬をかたどったそれは、可愛らしい声でエールを送る。


「うるっさい!! ストームブロウ!!」


 巨大な質量を持った岩石が、突風とともに兎虫の残った身体に襲いかかった。

 先程吹き飛んだ下半身がその突風に混じった石片によりさらに削り取られていく。

 そして、巨石が兎面に叩きつけられた。


 勝った。少女の確信。

 そして、溢れる期待。


◆◆◆


魔法生物バケモノを5体。倒してくれたら君の願いを叶えてあげるヨ』


 カスミの父は母が死んでから変わってしまった。

 そんな父を見ていられなかった。

 母が生き返れば、否、そこまでは望まない。

 せめてあの優しかった父に会いたい。


 カスミは、果たしてその奇妙な馬のヌイグルミ――クァルマの戯れ言に、自身を賭けた。

 中学二年生のカスミにとって、自身の世界を変える唯一の手段にしか見えなかったのである。


◆◆◆


「やった!!!」


 ガチンと兎面に巨石が届く。

 腹の底まで震える音。

 次の瞬間にはそのニヤケ兎面が吹き飛ぶ――はずだった。

 巨大芋虫はわずかな肉を残し地面に墜ちる――はずだった。


 兎は口を大きく開いていた。

 そして、いくつもの鋭い歯を備えたそこで、巨石を受け止めていた。


「うそ……」


 兎はニヤケ面を浮かべたままそれを噛み砕く。


 少女は、心底が震えた。

 脳内の血流が恐怖のあまりに滞る。

 魔力の操作を誤り、浮遊状態を保てなくなった。


 ――しまった!


 カスミは慌てて魔力を整えるが、わずかに間に合わない。

 近くのビルの屋上に落ちるよう調整するのが精一杯だった。


「くう!」


 左腰からコンクリート床に叩きつけられる。

 そのまま左頬で側転すると、背中を地面に強かに打ち付けた。


「う……あ、あぁぁ……」


 変な声。それが自分の呻き声だと気付くのに数秒要した。

 自分が、地面に寝転がっていることに気付くのに十数秒を要した。


 眼前が赤に染まっている。

 立ち上がろうと左手を付くと、二の腕から首筋にかけて電気が走った。

 見てみると、そこは真っ赤に染まっていて、その中白い物が突き立っている。


 骨。


 理解した途端に喉の奥が熱くなり、そして、そのままそれが口の外に飛び出す。


 酸味、血臭、鈍痛。


 耳に届くのが自分の嗚咽とわめき声の混じったものだとわかっていたが止めることは出来ない。

 吐瀉物が鼻の粘膜を焼き、その痛みで涙が溢れ出す。


「頑張ってカスミちゃん! あの魔法生物バケモノは、元に戻っちゃったけど、また最初から頑張ろうヨ!!」


 クァルマのいう通り、兎芋虫の吹き飛んだはずの下半身部は生えてきていた。

 カスミは横たわったままで、それを確認し、目を見開く。

 魔法少女の中の心の奥の底にある大事な、大事な一本が、そこで折れた。


う、や!! う、やる! おどうんなん、どうでいいら!!

 う、許してじで!! う、魔法ばぼう少女じょぶじょなんめさせてべざぜで!!!」


 カスミが叫んだ。

 胃酸で喉を焼いたせいか、言葉がまともに出ない。

 しかし、お構いなしにわめき散らす。


「何言ってるのサ、カスミちゃん」


 そのそばに降り立ったクァルマは、カスミと対照的にいまだに美しい毛並みを保っている。


魔法生物バケモノは、まだ何もしてないじゃないカ。

 あいつは、まだ君の攻撃を何度も受けて、何度も復活しただけダヨ。

 そして、君は、一人でふっ飛んでケガしただけじゃないカ。

 まだ、顔面の半分が削れただけダヨ。

 腰骨が折れただけダヨ?

 腕の骨が折れてそれが突きたっただけダヨ!」


 応援しているはずなのだが、その実、どこかクァルマは楽しそうだ。

 子供が森でわざと小枝を踏み折り進み、その音を楽しむように、カスミの心根が折れた音を楽しんでいるような、そんな声色だ。


「それに、君はもう人間に戻れなイ。これだけ魔法を使い、バケモノを殺したンダ。もう、三次元人からかけ離れた存在ダヨ?

 君はあれと一緒の魔法少女バカモノになってるのサ!

 戻るっテ? もう戻れるわけないよネ」


 馬の身体が細かく震える。

 笑っているのだろうか。


「君は、もうここで死ぬか、戦い続けるしかないんダヨ!

 さあ、選んでヨ!! 戦か死かデッドオアアバトル!!」


 カスミは悲しくなった。自分の人生が終わることではなく、もう終わっていたという事実に。

 しかし、涙は出ない。身体はもう涙を流す意義を失っていた。

 半分が真っ赤になった視界を頭上に浮かぶ兎芋虫に向ける。

 その大口が開かれていた。

 中には鈍く光る鋭い突起が何十、何百も並んでいる。

 あれは歯なのだろうか。それとも牙なのだろうか。

 

 そして、それが音もなく発射された。


 弾ける金属音。

 カスミは衝撃のあった足の方を見た。

 左脚には子供の腕ほどもある牙が数本突き刺さっている。

 いや、突き刺さっているのではなく、その一本一本により骨は砕かれ、皮膚は引き裂かれ、足は千切れていた。

 痛みはない。

 しかし、見てしまったことがそのない痛みを呼び起こした。


「ぎぎゃあ゛ぁぁああぁぁぁぁ!!!!」


 痛覚よりも視覚による痛みはむしろ衝撃に近かった。

 思わず引き抜こうと動くが、それを今度は左腕の激痛が阻む。

 声にならない声をあげバランスを崩した。


「お? カスミちゃんもあのバケモノもやる気だネ!

 さぁ、次はカスミちゃんの番ダ!! 反撃だヨ! 反撃!!

 反撃はーんげき! 反撃はーんげき! 反撃はーんげき! はーん――げプォア」


 反撃の狼煙を渇望する声は、奇妙な叫び声で途切れた。

 何故か。

 先程までカスミの上をフヨフヨと飛び回っていたクァルマが地面に転がっている。


 ――誰か、いる?


 カスミは反射的にそちらを首だけで見た。

 満月の中、ヒラヒラのスカートをはいたシルエット。

 カスミよりも幾分か身長が高い女性のようだ。

 そして、その人影はカスミにゆっくりと近寄る。


「大丈夫? なわけ、ないか……」


 カスミのものより少し、いやだいぶシックなゴシックファッションに身を包んだその女性は、そう呟きながらカスミの頭の方へと屈みこんだ。

 月に負けないほど、可憐で美しい顔がカスミの目に映る。


「可哀想に、こんなになるまで頑張ったのね?」


 女は顔の傷口を見てなんとか笑顔を浮かべた。

 その顔すら、美しく、カスミは痛みを忘れてしまう。

 しかし、顔や腕、そして原形がわからないほど壊された足からは血液が流れ出ていた。

 例え、魔力により強化されているとしても、確実に死が近づいている。

 女もそれを気にしているのか、浮かべる笑顔はどこか奥歯に何かしら詰まっているかのようだ。

 そして、その顔の横に緑色の鯨のような形をしたヌイグルミがふよふよと下りてくる。

 女はそれに視線を送り口を開いた。


「本当に、あなたこの戦闘に気がついてからすぐに私に言った?」


「すいません。卯巳子うみこ様がワールドレッスルリング見てたので10分ほど待ってました」


「私のせい?」


 女はそのヌイグルミをガツリと鷲掴みにする。


「……いえ」


 緑鯨ヌイグルミは、卯巳子と呼ばれた女の視線から逃れるように身体を動かす。


「とりあえずこれが終わるまで、正座してなさい。

 あと、しゃべる前後に『ありがとうございます』でしょ?」


「ありがとうございます、もう言われる前から正座です。ありがとうございます」


 そのやり取りを卯巳子の足元からする声が遮った。


「別に痛いわけじゃないけど、不愉快だからどいてくれナイ?」


 卯巳子はチラとそちらに視線を送る。

 そして、グイッと踏みつけてから足をおろす。

 なぜか、緑鯨が羨ましそうな声をあげるが、馬人形はそれを気にせずふよふよと浮き上がった。


「君も魔法……少女?」


 スラッとした肢体。出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んだボディライン。

 少女というには確かに身体が出来上がり過ぎていた。


「余計なことは言わなくていいわ。この子、あなたが担当?」


「そ――」


 肯定を意味する最初の一文字を聞いた瞬間に、卯巳子はその馬人形を地面に叩き落とした。


「痛くはないけど、いい加減止めて欲しいナ。卯巳子ちゃん」


「聞こえなかった? 口から糞垂れる前と後に『ありがとうございます』よ。

 あと私の名前をあんたら四次元人に言われるの、糞ムカつくの」


 卯巳子はカスミの頬を軽く撫でると夜空を見上げ立ち上がった。

 視線の先で、兎面が嗤うように大きく口を開ける。

 そして、そこに装填されるように牙が生えた。


「に……逃げて」


 カスミは唯一動く右腕で卯巳子の脚を握る。


「ありがと」


 卯巳子はニコリと笑いかける。

 そして、それと同時に兎面の口腔内から射出された。

 ミサイルが如き速度で牙が殺到する。

 カスミは、それを最後の景色だと目を見開いた。


 数にして10。

 まずは卯巳子と呼ばれた女の頭がザクロのように弾け飛ぶ。

 そして、上半身は狂暴な熊にでも引き裂かれたようにズタズタに引き裂かれる。

 その後はカスミの下半身から粉微塵になり、最後に頭が。

 カスミの意識はそこで、カスミの存在はそこで、消える。


 ――カスミは覚悟した。


 卯巳子の頭上、手が届く距離に露払いでもするかのように突出した一本が入った。

 それが、卯巳子の頭に食らいつく――寸前に粉微塵に消し飛ぶ。

 否、それだけではない。

 卯巳子の頭上、数十センチに入った物、全てが瞬間に粉と化し、塵と成り、煙と変わる。

 それを見ていたカスミは、思わず口を開いて驚いた。


 もし読者の中に魔法少女的動体視力を持っている方がいたならば、カスミと同じ顔になっているだろう。

 一撃目を右拳で殴り抜き破壊。返す刀ならぬ左拳で二発目を。

 右、左と交互に拳を繰り出し降り注ぐミサイルを全て、麩菓子のように破壊したのだ。


「あ……え?」


「卯巳子様ぁぁああぁぁぁぁ!! さすがです!!!!」


 ぶひぃーと緑鯨が卯巳子の顔面に飛び込んだ。

 それをひっ掴み引き剥がすと地面に叩きつける。


「邪魔!!!」


「つ……強いね……」


 馬人形はかかないはずの冷や汗でもかいているかのような声をあげる。


「で、でも、まさかあれに勝つ気じゃないヨネ? 届かないもんネ?」


 魔法少女には魔術特性が存在する。

 カスミのように地風ぢふうは飛行魔術を使える。

 確かに、火炎かえん氷水ひすいなどでもうまく使えば飛べないことはないが、やはり地風ほど自由気ままというわけにはいかない。


「わた……私が、バケモノあそこまで……」


 カスミが、残った腕を使い身体を起こす。

 そして、残った脚で立ち上がろうとした。


「くぅ!!」


 バランスを崩したカスミをに卯巳子は肩を貸してもう一度横にする。


「大丈夫だって。お姉さんに任せなさい。

 あそこまで飛べないならね?

 あそこまで跳べばいいのよ。

 ついでにムカつくから地面に引き下ろしてくるわ」


 ニィっと口を歪める。

 そして、脚を曲げて力を溜め込んだ。

 足の筋肉がギリギリと音を立てる。

 それをさせまいと兎面がもう一度大口を開けた。

 口腔内には先ほどの二倍の量の牙が見える。

 卯巳子は確認と同時に地面を蹴った。


 ドン


 蹴られた地面に巨大な亀裂が入り卯巳子が宙に浮いた。

 というよりも、先程撃ち込まれたミサイルのお返しとばかりの速度で兎面の眼前に到着。

 その勢いのまま、その顎を繰り上げた。

 パグォンと奇妙な音を上げて兎面が上を向き、牙ミサイルが夜空に飛び立つ。

 星になったミサイルをよそに、卯巳子の身体が重力に捕まった。

 卯巳子は落下し始めた身体を器用に回転させ、頭を上に向けると、右足をその何もない空間に叩きつける。

 瞬間、足元が明るく光った。

 余りの速度に空気が赤熱化したのである。

 それほどの速度で踏まれた空気は、圧縮され硬化。それを三度。

 再度加速し右拳を兎面にぶちこむ。


 破壊力とは、速度、体重、握力を乗算することで求められることは、高校の初歩物理学、もしくは保健体育で学ぶことなので、知的な読者の皆様もよく知っていることだろう。


 そして、その余りの破壊力に兎をぶっ飛ばした上でさらに数十メートル上空に身体が飛んだ。

 しかし、卯巳子は慌てない。

 身体を空中で一回転させると、重力に任せたまま踵を頭頂部に叩き込む。

 兎芋虫は顔面の半分ほどを崩しながら地面に墜落した。


 アスファルトがその勢いで破壊。破片が散弾の如く宙を舞う。

 しかし、卯巳子は構いやしない。

 空中を重力方向に走り加速すると、ライダーキックよろしく芋虫部に蹴りをぶちこむ。

 兎芋虫の身体が瞬間、粉微塵へと変じた。


「な!! でも、無駄だヨ、卯巳子ちゃん。

 四次元製のバケモノがそんな簡単に死ぬわけないヨ」


 ブルブルと兎芋虫の身体が震える。

 戻ろうとしているのか。

 と、兎芋虫の上に卯巳子が飛び乗り拳を振り上げた。

 一発叩き込む。その手を引くと二発目を叩き込む。

 ついで、三発目。四発目。殴る。殴る。殴る。殴る。


「だーらららららららららららららららだらぁぁぁああぁぁぁぁ!!!」


 兎芋虫の巨体が子供の拳ほどの肉片になる。

 それでも元に戻ろうとしていたが、その動きが止まった。


「え? 嘘だヨネ……え? マジ?」


 馬人形の声が震えている。


「勝てない相手ぶつけて、いい性格してるわね」


 そう言って卯巳子はハイキックよろしく頭の高さにいた馬人形を蹴り飛ばした。

 ビルの壁にぶつかり跳ね返った馬人形を掴む。

 そして、カスミのいるビルの上に飛び乗った。


 カスミはもう身体中を痙攣させていて、目はもう白く濁り始めている。

 最期の時はもうそこまできていた。


「き、君は一体なんなんダ! どの属性なんダ!!

 【火炎かえん】かイ? 【氷水ひすい】? 飛んだのは【地風ぢふう】だかラ!? 【菌樹きんじゅ】……じゃないよネ!? 特殊な【金雷こんらい】?」


「どれも違うわよ」


 卯巳子は拳を握りしめた。


「これよ」


「これ?」


「【拳固げんこ】よ」


 そのまま馬人形に振り下ろす。

 馬人形がその身体を地面にぶち当たった。

 幾度となくやってきた行為。

 その度馬人形は何事もないように浮かび上がってきた。

 ところが、次の瞬間、馬人形が叫んだ。


「あーーーーー!! 血!? なんデ!?」


 馬人形が地面に横たわり微動だにしない。

 しかし、大声で叫んでいる。


「見つけた?」


 何事もないかのように卯巳子は緑鯨の方を向く。

 緑鯨はフヨフヨと馬人形に寄った。


「$$@###課の¥¢¢§¤¤£µというやつです」


「いつもいうけど、あんたんところの固有名詞は聞き取れないのよね」


「なんで、俺にダメージが通ってるの!? どういうことだよ!!」


「遠くの安全地帯から女の子戦わせて楽しむなんて、私が許すわけないでしょ?」


 そう言って、軽く蹴り飛ばす。

 それに反応して馬人形がまた叫んだ。


「卯巳子様はね、三次元エネルギーを四次元エネルギーに変換できるの」


馬鹿ばがな!! 四次元人がやっとたどり着いた理論だぞ!!」


 卯巳子は馬人形に近寄る。その目に怒りなどはなかった。


「寄るな! 来るな!! やめろ!!! 願いはなんだ!

 俺が叶えてやる! 絶対だ!!! だから……」


「卯巳子様の願いは、四次元人の絶滅です」


「はぁ!? 馬鹿なのか? そんなことできるわけない!!

 だいたい、それならお前も――」


「ええ、私、その時の卯巳子様の目を見てその……迸ってしまいまして」


 緑鯨は馬人形のそばに寄った。


「今、あなたの部屋のロックを掛けました。警報装置も止めました。カメラもマイクも止めて、画像も音声も全て消去済みです。

 もう、その部屋でいくら恐怖に叫んでも、痛みに暴れても、騒ぎ回っても大丈夫ですよ。

 安心してくださいね?」


 グイっと卯巳子が馬人形を踏みつけた。


「私の後輩、虐めた報いは受けてもらうわよ?」


 そして、そのままぐぐっと力を込める。

 うぐ、だとか、ぐあ、だとか、あばばと叫んでいた馬人形の声がいつしか静かになった。


「さてと、あとは後始末ね」


 カスミの胸はもう上下していない。

 心臓は動いているのだろうか。

 しかし、心配している気配はない。


「助けなさい」


 卯巳子はカスミの身体を抱える。

 緑鯨はフヨフヨとその回りを飛び回った。

 カスミの身体の傷がだんだんと癒えていく。


「あとは、あれしなさい。ほら、お詫びに夢叶えなさい」


「あーえっと……お父さんを助ければいいですわね」


「は? ダメに決まってるでしょ」


「え゛?」


「あんたらのせいでここまでなったのよ? オマケしなさい! オマケ!!!」


「はい!!」


◆◆◆◆◆◆


 カスミはゆっくりと目を開けた。


「う、うぅん……」


 自分の状況を確認しようと首を回す。

 と、卯巳子の膝で寝ていることに気がついた。


「あ、ごめんなさい」


 そう言って、立ち上がろうとして自分の状況を思い出した。

 痛みのなくなった腕を見ると、突き出ていた骨が引っ込んでいる。

 あれ? と、脚を見るとくっついていた。


「どうしたの? 悪い夢でも見た?」


 卯巳子はその頭をなでてあげる。


「さてと、もう大丈夫だからね?」


 カスミは立ち上がる。


「助けて……くれたんですか?」


「そうね。でも忘れなさい」


「え?」


「あなたは頑張ったわ。だから、少しは幸せになりなさい」


「でも……私はもう……」


「大丈夫だって」


 ふふっと卯巳子は笑った。


「先輩に任せなさい。私に不可能はないから」


 卯巳子はぐぐっと拳を握る。


「でも痛いのはごめんね?」


 パグォン!! と、カスミの腹に拳がめり込みどこかへぶっ飛んでいった。


「卯巳子様、あの子は痛みもあわせて忘れるでしょうけど、他にやり方ないんですか?」


「思い付かないのよねーこう、前田さんみたいにかっこよくやりたいんだけど」


「いえ、そういう訳ではないのですが……」


「まぁ、いいわ。帰りましょ。途中でレモン沢富雄と買って帰らないと」


「はあ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少女OL系 さかまき @sakamori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る