きつねとたぬきは月で踊る

@yumeto-ri

第1話

「満月だけが月じゃねえよ。」

よく爺ちゃんが言っていた。

「月はいつだってそこにいるんだ。俺らが地べたから見上げた時に見え方が違うだけでな。満月も新月も月は月。いっつもあそこで頑張ってるんだ。満月の時だけ誉めそやすのは月に対して失礼だってことさ。」

なぜかこの話をする時に爺ちゃんはいつも得意げだった。物事の本質を言い表す事ができている確信のようなものがあったのだろう。実際、それは僕の今までの人生で何度も実感する事があった。満月の時だけ頑張ってる訳じゃない。いつも頑張っているけど、褒められるのは満月の時だけなんだ。

爺ちゃんは毎年の大晦日、年越し蕎麦は緑のたぬきと決めている。毎年その日は少し酔っ払って真っ赤な顔でニカニカ笑ってた。爺ちゃんは、熱いうちに蕎麦だけ先に食べて、残ったつゆに焼いて少し表面が焦げてパリパリになった餅を入れて食べる。よくそこに七味を足していた。小さい頃はよく一緒に食べた。トロトロにふやけた天カスが、これまたトロトロに溶けた餅のオコゲにからまっているところがとても美味しかった事をよく覚えている。そして何故か、その日の月齢がいつでも、どんな月でもその月を眺めながら食べていた。そして言うのだ。

「満月だけが月じゃねえよ。」



最初は地震だと思った。すぐに月で地震がある訳がないと思い直した。その後遠くから爆破音が聞こえてきた。地震じゃなくなんらかの攻撃、テロだと思った時には連続した揺れと爆発音が何度も聞こえてきた。それが徐々に近づいてきてすぐ近くで聞こえた、と思ったら天井と壁が崩れ落ちて来た。頭を守るのが精一杯だった。同じスペースで作業をしていた仲間たちが悲鳴を上げて右往左往しているのがちらっと見えた。頑丈な机の下へ隠れなければ、と思った時に頭に強い衝撃を受けた。倒れた僕の上に土砂がどんどん積もっていくのが朧げにわかった。視野がどんどん狭まっていき、やがて真っ暗になった。



爺ちゃんはお話が上手だった。月を見ながらいつもお話をしてくれた。月の兎と狐と狸の話は僕のお気に入りだった。

「月には兎と狐と狸が住んでいた。狸と狐は魔法の葉っぱを作る仕事をしていたんだ。その頃、兎の耳は丸い形だった。兎は月の宮殿に気に入られてたので、いつも偉そうに2匹に命令してた。狸と狐が作ってた葉っぱは、頭に乗せると好きな姿に変身できる魔法の葉っぱで、月の王宮で売られている大人気の商品だった。狸と狐の2匹で一日200枚作る事になってた。狸は頑張って毎日150枚作ってた。狐は怠け者だったから50枚しか作らなかった。狸は毎日毎日一所懸命葉っぱを作り続けた。だがある日、狸は50枚作ったところで疲れ果てて倒れてしまった。狐は、この日だけは必死で150枚作った。

兎がたまたまやって来て尋ねた。

「いつも君が150枚作ってるのか?」

狐は少し迷ったが答えた。

「はい」

「狸の奴、けしからんな」

その後狸は兎にひどく叱られた。狸は言い訳せずひたすら謝った。しかし狸の魔力はもう限界だったんだ。頑張っても頑張っても以前のように一日150枚の魔法の葉っぱを作ることができなくなってしまった。ある日は80枚、次の日は70枚、調子が良い日でも90枚、と作る枚数がバラバラになった。狐はイヤイヤながら200枚に足りない分だけ作るようになった。



気がついた時にまずわかったのは、うつ伏せに倒れた自分の上にたくさん瓦礫が乗っていることだった。なんとか起き上がって立とうとした時、右足に激痛が走り悲鳴をあげた。

「痛い!」

瓦礫が背中からガラガラと落ちる。痛みに声を漏らしながら瓦礫の山から右足を引きずり出し、その場から少し移動して壁にもたれかかった。

「いたたたた。」

作業用の小型ナイフでパンツを切り裂き、痛めた箇所を確認した。膝のすぐ下が不気味な色で腫れ上がって出血している。骨折しているようだ。頭からも血がタラタラと流れているが、触った感じこちらは頭蓋骨まで届いていないようだ。表面だけだと思う。

「ついてないな・・・。」

いつもこうだ。いつも貧乏クジを無理に引かされるような人生。人より真面目に働いて、他人の為に動いて動いて、まったく報われた事が無い。失う一方の人生だ。

切り裂いたパンツの生地で怪我した箇所をきつく巻いたが、血が止まる気配は無かった。

僕は今月にいる。月面都市開発のためだ。といっても、ただの労働者。重力が地球の6分の1なので地球なら持ち上げることもできない機材も楽に運べる。手先が器用で機転がきく、と評価されたが、地下都市の壁や天井にパネルを取り付けたり配線をしたりする仕事についた。それがなぜか他の人達より担当区画が広くて毎日大変だった。不満を言っても壁の構造上そういう担当区画にする以外無いと相手にされなかった。僕はいつもそうだ。若い時から人より多く働いたり面倒な作業をやらされたり。

月に来てからもよく、真面目だね、なんてからかわれてた。真面目で何が悪い、と思うが何も言い返さず笑ってた。笑い飛ばしていたと言いたいが実際は、要領が悪くて損してる僕をみんな馬鹿にしてるんだろうなと思い、その思いは少しずつ心に積もっていた。少しずるい事をする、といった発想が無いから思いつきもしない。これはどうしようもない。一日の終わりに、明日の仕事のためにちょっとした掃除や片付け作業をする僕を残して同僚達は帰ってしまう。「お疲れ様」と声をかけられこちらも「お疲れ様」と返事をするが、なぜか誰も手伝ってはくれなかった。結局、僕は大した人間では無い訳だし馬鹿だと思われても仕方ない、と思う事にした。実際、僕は挫折ばかりのつまらない人間だ。そして今、月の地下都市建築現場で仲間とはぐれ、血をダラダラ流して死にかけている。

まあ、僕なんかが月開発に参加できたと思えば、ここで死ぬのも仕方ないか。また僕はゆっくりと気を失った。



狐は不満だった。今まで楽だったのに急に自分の負担が大きくなってしまった。狐は狸に文句を言った。

「お前のせいで俺の負担が大きくなったんだ。どうしてくれる。」

狸は言った。

「魔法の葉っぱをたくさん作るのは、身体を壊すんだよ。このままじゃ君も魔力を失って病気になってしまうよ。なんとかして一日の製造数を減らしてもらうか、他の解決策を考えてもらおうよ。」

ゴホッゴホッと狸は咳をした。少し血が飛び散った。狐はそれを見て狸の言う事が正しいと思った。自分も血を吐くのは真っ平だ。2匹は兎に相談する事にした。王宮まで行って兎に面会を申し込んだ。兎はテレビゲームをしながら2匹の話を聞いてたが、怒り出して2匹に言った。

「今までずっと200枚作れてこれたんだ!これからも何とかして200枚作れ!」

狸は他にも魔法の葉っぱを作れるものをもっと雇ってくれ、雇ってくれたら自分達が教育するから、と提案したが兎は聞いてくれなかった。それを聞いて狐も、自分の兄弟ならすぐに葉っぱを作れるようになるから雇ってくれと言ったが、やはり兎は聞き入れなかった。

困った2匹は、月の女王に進言する事にした。月の女王は週に一度、月の市場を巡回する。その時に直訴しようと決めた。兎は2匹が相談してるのをこっそり聞いていたので、なんとかして2匹を妨害しようと考えた。

女王の巡回の日、兎は自分の部下を大勢連れてきて命令した。

「狸と狐が女王様の巡回を妨害するという情報が入った!この2匹を見つけたら即逮捕しろ!」

兎の部下達は市場に散らばって、2匹が現れるのを待ち構えた。しかしなかなか2匹が現れないので、部下達は退屈し始めた。すると、退屈している部下達の前に兎が現れた。

「君たちいつもご苦労さん。月が平和なのは君たちのおかげだ。ここは私が見てるから君たちは市場の南口で見張りなさい。」

優しく言われた部下たちは、素直に南口へ移動した。そこへ兎が走ってやって来た。

「お前!俺に化けた狸だな!おいお前達!騙されるな!そいつを捕まえろ!」

慌てて部下達が向き直ると、走り去る狸の後ろ姿と葉っぱが一枚、ヒラヒラと舞い落ちるのが見えた。

「お前達、なんて役立たずなんだ!早くあいつを捕まえろ!」

兎はわめいたが、部下達は慌てて走り出したりお互いにぶつかって転んだりしていた。

「こんなに役に立たないとは知らなかった!お前達みんなクビにするぞ!」

ますます怒って目が真っ赤になった兎だったが突然呼び止められて振り向いた。

「これ兎。何をしているのです?」

兎が振り向くと、月の女王が不思議そうに首を傾げて兎を見ていた。兎の怒りは収まらなかった。

「お前は狐だな!よりによって女王様に化けるとは何たる無礼者だ!おいお前達!こいつを縛ってしまえ!」

部下達は女王の姿に恐れをなして動けない。兎はますます腹を立ててピョンピョン飛び跳ねた。

「俺の命令が聞けないのか!おい狐!お前覚悟しろよ!」

女王は不思議そうな顔をしていたが、美しい顔の表情が少し硬くなった。

「無礼なのはあなたですよ。私は何をしているのかと聞いているのです。」

また言い返そうとした兎がピタっと止まった。女王の後ろから、狐がそーっと顔出したからだ。

「じょ、じょうおうさま・・・」

「あなたは他人の話をよく聞く必要がありますね。」

女王が手をサッと振ると、兎の耳がみるみる長くなった。

「それで色んな声が良く聞こえるようになるでしょう。さあ狐、狸と2匹で私に話があると言ってましたね。伺いましょう。」

兎は長い耳が恥ずかしくなって逃げ出した。狸も出て来て女王に話を聞いてもらった。

そして、狸も狐も魔法の葉っぱ作りは無理をしなくても良くなった。作りたいだけ作って、休みたくなったら休んで良い、と女王が言ったからだ。狸と狐は仲良くなって、楽しく暮らしたとさ。」



一週間後。

僕は月の病院の清潔なベッドにいた。幸い命は助かった。頭も足も最先端医療のおかげで治りそうだ。どっちも大きな傷は残るけど。

気を失った僕を助けに来たのは同僚達だった。僕は馬鹿にされてる訳では無かった。みんな僕を心配してたらしい。ちなみに普段、後片付けをする僕を見て、みんなは僕がリーダー待遇でみんなより給料がいいんだろうと思っていたそうだ。そうじゃないとわかった今、みんな口々に「早く言ってくれよー」と繰り返した。それなら手伝ったのに、と。

人類史上初の月面でのテロ事件だったため世界中に注目されているらしく、会社は被害者の僕達に最善の処遇を与える、と発表した。どこまで信用していいものかわからないけれど、取り敢えずホッとした。爆破犯は、月開発反対派だそうだが、僕は興味を失った。

今、青く美しい地球を見ながら緑の狸のフタを開ける。だしの効いた良い香りが花開く。月の病院で地球を眺めながらの年越し蕎麦だ。

「満月だけが月じゃねえよ。」

爺ちゃんの言葉が蘇る。

爺ちゃん、俺今その月にいるんだよ。月の病院で緑の狸食ってるよ。



おわり

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