第三話②
あたしの行く先は、体育館だった。
ああ、体育館、体育館ね……行ったよ、始業式の日に行った。
でも、あの時は担任の先生が一緒だったし、提出書類があって、事務室やら職員室やらを色々と経由して行ったから……。いや、待てよ、そうか、体育があった!体育の授業で使ったことが……うん、なかったね。最近の体育の授業はグラウンドばかりだ。
とどのつまり…そういうことだった。
しまった、体育館の場所覚えてないぞ。
かすかな記憶を頼りに行くものの、廊下で立ち往生するあたしを、通り過ぎる生徒はちらりと眺めて通り過ぎていった。
「体育館、体育館…どうやっていくんだっけ」
今から職員室に行って聞くというのも時間がかかるし、そもそも職員室に行くのに迷わないとは言い切れない。
困ったぞ!と、あたしがブツブツと呟いていると、後ろで小さい声であたしの名前を呼ぶ声がした。
「あ、あの…サノさん…体育館はこっちです」
「え?あ、ありがとう。えっと確か保健委員でいっしょの……あの、名前を聞いても?」
「あ、はい、マエダです」
マエダさんは、とっても大人しそうな女の子だった。眉下まである重ための前髪に加えて、うつむきがちなものだから、自身がなくっておどおどいているようにも見える。転校初日に話しかけてきたリーダー格のソノザキさんとは真反対のタイプだ。
「マエダさん。一緒に行ってもいいかな?体育館の場所、まだわからなくて…」
「も、もちろんです!でも、いいんですか?その、わたしと一緒で…」
「え?どうして?マエダさん、一緒に行ってくれないの? 行く場所一緒でしょ?」
「そ、それもそうですね」とマエダさんは呟いて、そのままうつむいた。話す話題がなくなってしまって、あたしは困ってしまった。予鈴の音がなって、廊下には、慌てて移動教室へ向かう生徒や「予鈴なったぞ!」と叫ぶ先生に絡む生徒で溢れている。
「体育祭で、保健委員って何をするんだろうね?」
「主に救護テントの設営と解体、それに保健室の先生の手伝いなどをするんです。軽傷のけが人には、付き添いと案内を、それに、熱中症になる人も多いので、スポーツドリンクと塩味のあめ、あとは担架の準備をします。あまり忙しくないので、手が空いたら本部席の近くの良い席で観戦できるんです」
たわいのない話を、と返事を期待しないような質問だったから余計に、マエダさんによる淀みない説明に、あたしは驚いた。すごい、なんというか真面目な子だ。
あと、自分のことよりも保健委員の仕事の説明の方が長く喋ってない?
「マエダさんは、どうして保健委員に?」と、淀みのない説明には何か彼女なりの熱意的なものがあるのだろうと尋ねてみたが、どうやら、その声はすでに集まっていた生徒と メガフォンで指示を飛ばす先生たちによる喧騒でかき消されたようだった。
「着きました、体育館です」
そうして、あたしの地獄耳が捉えたマエダさんの小さな声で、ようやく体育館についたことがわかった。
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