第四話①

         四

 幼き少女にまじまじと見つめられる男の人は、明らかに困っていました。


「えーっと、あの、その…」

 何とか声をかけたおじさんは、私が大騒ぎをするのではないかと怯えているようでした。

 けれども、幼き日の私はそのようなことにちっとも気づきません。


 不審者扱いをされている事態を加味せずとも、おじさん自身、小さい子どもと接することがあまりなかったのか、それともただの人見知りなのか、不躾ぶしつけに観察する私を明らかに怯えたような目でみていました。


 まったく、今から考えるとちょっと失礼な話です。



 ***

 校庭にふらりと現れたその男の人を不審者さん、と呼び続けるにはいささか私の方が心理的に有利に立っていましたし、何しろ子ども慣れしていない男の人がなんだかかわいそうに思えてならないので、ここはえておじさん、と呼ぶことにしましょう。

 … まあ、不審者さんというには、面倒くさくなっただけなのですが。

 言いにくいですしね。


 ***

「き、きみは…ここで何をしているの?」


 さて、不審者改めおじさんはやはり恐る恐るといった調子で私に尋ねました。そこで、ようやく私は、本来どうして私がこの場所グラウンドのすみで棒を引っき回してふてくされていたことを思い出したのです。

 そうでした。私は…


「…おこってるのっ!」


 ええ、そうです。怒っていました。

 大変ムカムカして、黒っぽい雲のようなものを抱えている気持ちになっていました。

 けれども、やっぱり、ほんの少しだけ自分でも悪かったと思っていたりもするのです。


「え?えーと…?…お、おこってる、の?」


「うん、おこってるの。ものすっごく!」


 おじさんは、惜しむことなく困り顔を見せてくれます。

 そりゃそうです。さっきまで、好奇心旺盛で子猫みたいにキラキラと目を輝かせて自分の方を見ていた幼い女の子が、突然怒っているだなんて言うのですから。

 おじさんにとってはますます訳の分からないことでしょう。


 ただのたりです。脈絡みゃくらくなんてものはありません。


 けれども、心優しきおじさんは、幼い少女の八つ当たりにおろおろしながら、それでも付き合ってくれました。


「…理由を聞いてもいいかな?どうして、君は怒っているの?」


「あのね、あしがすっごくはやい子がいるんだけど、その子にね、『あし、おっそー!』って言われたの」


 イマミヤくんの真似をしながら言うと、また、ムカムカとしてきました。それにともなって、私が抱えていた黒っぽい雲がまたしても増えていくようでした。

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