第二話②

 タイル飛び少年と再開したのは、何十年も後になってから…なんてことはなく、なんとすぐその直後、ママから渡された買い物メモの次なら場所へと向かう途中のことだった。


「おねーさぁーんっ!!」


 びっくりするくらい大きい声に振り向くと、ゼエゼエと息を切らした少年の姿があった。


 手に持った黄色いハンドタオルをぶんぶんと振りながら近づいて来る。それを見て、あたしは思わずはっと目を見開いて、声をあげそうになった。私の両手にある調味料やら野菜やらが入った買い物袋をガサゴソとやって、ポシェットなんかもパンパンと叩いて、やっぱり探している物がないことを確認して、ようやく顔をあげた。


 少年はすぐ近くまで追いついていた。


「よかったー!」


 思わず大きな声を出したあたしを見て、少年は、にっと笑ったみたいだった。


「これ、おねーさんの?」


 私は、うんうんと頷いたけれど、タオルを落としたことに気づかなかったくせに、嬉しさと安堵が相まって、なんだか涙が出そうだった。その様子に少年も不思議そうな顔をしている。

 いかんいかん、ここで私が泣いてどうする。


「よかったー!これ、大切なものなの。届けてくれてありがとう。マジ感謝っ!」


「うん、どういたしまして……だけど、おねーさん、大切なものなんだったら、どうして落としちゃったの?」


「ほんと、大切なものなのにねえ。落としちゃダメだよねえ。どうして落としちゃったんだろ。私にもわかんないや」


「おねーさんなのに?」


 うう、この少年、妙に痛い点を突いてくるぞ…子供ってコワイ。そう思いながらも、そうだねえと私は少年に笑いかける。


「私は、まだまだ知らないことが多いよ」という言葉に、少年は、また「よのなかはひろいからね」と少年らしからぬ大人びた口調を返した。

 …一体何者だ、この少年。


「真理だねえ。それにしても、少年、よくそんなことを知っているなあ」


 私が呆れていうと、少年はあっさりと「うん、母ちゃんがみてるテレビでいってたー」と可愛らしい顔をして笑った。


 母ちゃんったらね、と話そうとし始めた少年は、けれども急に何かを思い出したかのように「母ちゃん…」とつぶやいた。


「どうしたの?」と言おうとして、あたしはハッと口をつぐんだ。もしかしたらこの子の母親に何かあったのかもしれないと思ったから。病気だとか、ウチみたいに、もっと、もっと悪いことだとか…。ウチの場合は父親だったけど。


 だけど、なんであれ、無理やり聞き出されることは、ツラいことだとあたしは知っている。


 残念だけど、すっごくツラいってことをあたし知っている。


 だから、私は何も言わずに目の高さを合わせるように、急に黙ってしまった少年の前にしゃがみこんだ。


 けれど、私の心配はぜんぜん要らなかった。本当に良かった。キユウってやつだった。


「かえらなくっちゃ、母ちゃんがもうすぐ起きるから!おねーさん、バイバイ!」


 元気に言い放ち、くるりと背を向けて走り出した少年を、私はぽかんと見ていたけれど、さっきのお礼だけじゃ、なんだか足りなくて、気がついたら私の足はビュンと少年の背中を追っていた。元陸上部を舐めんなよ、と決して少年ではない誰かに、向かってニヤリと笑ってやりたい。


 少年は、突然前に立ちふさがった私に驚いたのか、ぽかんとしてあたしのことを見あげている。


「少年、タオルを拾ってくれてありがとう。すごく助かりました」


 少しずつ目元に涙が溢れだすのを感じて、私はああ、とようやく気がついた。


 ああ、ダメだ。

 私、本当に嬉しかったんだ。

 この黄色いタオルにどれだけ救われたのか、目の前でぽかんとしている少年はきっと知らないだろうけれど、だからこそ、私の様子に驚いてポカンとかわいい顔をさせた、タオルを届けてくれた少年が本当に天使のように見える。


 それくらい、このタオルは大切なものなのだ。

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