黄色いタオル 小さな天使

第一話

「ヒカリー!商店街のお店で買ってきてーっ!」


 台所からママがおっきな声であたしを呼んでいる。

 早々に片付け終わった新しい部屋でゴロゴロとしながら、あたしも、ええーっとおっきな声で答える。


「今、勉強してるのにー」


「何がベンキョーよ。どうせ、マンガでも読んでるんでしょー」


 ママ、大当たり。もちろん勉強なんて嘘だ。

 あたしの両手には、スナック菓子の袋と前の学校の友達のエリナが「これ、センベツー!大事にしないとしばくよ!」と言って、泣きじゃくって渡してくれたマンガが収まっている。


 新しい学校には、友達なんか当然いなくて、中3の夏休み明けに、名前が書かれた黒板の前にバカみたいに立った私を、クラスメイトとなる人たちは、やっぱりバカみたいに白々しい顔をしていてあたしのことを眺めていた。


「中三の2学期から転校なんて、どうかしてるよね」


 マジでやばー、と教室の隅から女の子たちのヒソヒソが聞こえた。何がヤバイのか全くもってわからないけれど。そして、残念なことにあの子たちはあたしが地獄耳だってことを知らない。ぜーんぶ聞こえてるっつーの。


 でも、あの子たちの言うことは正しい。だって私もそう思うから。

 中3の秋で転校だなんて本当にどうかしている。友達なんてできっこないし、受験なんて新しい高校のことを今から調べ直すのかと思うだけで、なんだかどっと疲れる。



 ママに頼まれたものを買うべく、私は新しいアパートの窓から見える近所の商店街までの道のりを歩く。夏休みはもうとっくに終わったというのに、太陽はガンガンと照りつけているし、蝉はガチャガチャうるさい。

 それでも私の口元からは、前の学校にいた頃に文化祭のクラス劇でやった『メリーポピンズ』が流れ出る。そうでもしないとやっていけない。


  スーパーカリフラジリスティック 

   エクスピアリドーシャス!!


  どんなに時でも忘れないでどうぞ

   望みをかなえてくださることば


  スーパーカリフラジリスティック 

   エクスピアリドーシャス!!


 ああ、去年は楽しかったな。家の中がどんなにケンアクでも、この世の終わりなんかじゃないかって思えた日でも、クラスのみんなはサイコーだった。文化祭の日もバカみたいなどんちゃん騒ぎをして、学年主任の先生に怒られたんだっけ。ぜんぜん収拾がつかなくって、一緒にいた担任の先生も怒られて、しょんぼりしていたっけ。

 だけど、そのあと私たちは担任からまた説教があるかと思っていたのに、あまりにも先生が落ち込んでいたものだから、原因は私たちにあるというのに、みんなして先生を励ましたんだ。筋違いすぎて他のクラスの子たちは、呆れた顔をしていた。


 だから、その後、あたしたちのクラスではメリーポピンズごっこが流行った。そうして、ことあるごとに魔法の言葉を出しては、ゲラゲラと笑ったんだ。


  スーパーカリフラジリスティック 

   エクスピアリドーシャス!!


 なのに、何度も唱えてもすっごく小さな願いも叶わなかったのはどうしてだろう。

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