第二話

           二


 おれは“いいこ”だから、まちのあちこちでいっせいになるチャイムがきこえたら、すぐ家にかえる。


 5時をすぎてからおきる母ちゃんは、おれがいないとわかったら、びっくりしちまうんだ。家にあるものをあっちこっちひっくりかえして、ふくが入っているたなをものすごいはやさでたおして、おれをさがす。


 おれがちょっとでもおくれちまったら、母ちゃんはつかれているのにおれをなぐる。

 おれが家にかえるのがおそくなったことが「わるいこと」だから、母ちゃんはおれをなぐるんだ。でも、そのあとに、おれがわるいことをして怒られたっていうのに、どうしたわけか母ちゃんは「ゴメンね、ゴメンね」とおれをぎゅーっとだきしめて、なく。


 母ちゃんはおしごとがあるから、母ちゃんがいっしょうけんめいおれをさがしたあと、もとどおりにするのは、おれのしごと。でも、けっこうこれが大変なんだ。母ちゃんが かえってくるまえに もとどおりにしないことは、やっぱり「わるいこと」で、かえってきた母ちゃんは おれをなぐる。

 だから、おれは5時のチャイムがなったら、すぐにかえることにしている。おれがはやくかえったら、母ちゃんはいっしょうけんめいおれをさがさなくてすむ。おれだって、おしごとにいく母ちゃんに 行ってきますって、元気にいってほしいもんな。



 だけど、きょうはちょっとツイてなかった。いつもなら、ショーテンガイのとなりにあるおれの家まで、チャイムが なりはじめるのがスタートダッシュのあいずだとしたら、しずかになるくらいに 家につく。

 それなのに、スタートダッシュのスッ!と言おうとしたとたん、おれは、どんっとぶつかった。

 きいろい、なにかにぶつかった。


 きいろ、きいろ、えっと、きいろはなんだっけ…


「こら少年、前見て歩きな。危ないでしょう」


 おれが、きいろいなにかだとおもったのは、女のひとだった。いつもはなしかけてくるおとなよりも、ずーっとわかい。おれは「ごめんなさい」とぺこんとあたまをさげると、きいろいおねえさんは、「いいの、いいの。気をつけなよ?」とひらひらと手をふって、すたすたと歩いていった。


 うん!とおれが、おねえさんの せなか にいうと、おねえさんは、あるきながら ひらひらと手をふった。それをみて、「かっけーな!」とおれはつぶやいた。


 5時のチャイムがしずかになったこと に きがつくまで、おれは ずんずんと とおくなっていく おねえさんをみていた。


「ああっ!かえらなくっちゃ!」


 おれはさけんでから、おおいそぎでかえろうとして、くるりとふりむいた。だけど、おれのあしになにかがからまった。なんだっ!カイブツかっ!?


 おれがいそいで あし をみると、カイブツ…なんかじゃなくて、タオルがおれの足に、ふわりとまとわりついていた。コレ…もしかして、さっきのきいろいおねえさんのものじゃないかっ!?


 タオルをひろったおれは、もういちどふりむいて、おねえさんをさがした。でも、おねえさんはとっくの前に歩いてここからは見えないどっかへいっちまっていたんだ。


 おれは ちょっとだけ かんがえた。5時のチャイムがなって、もうすぐ かあちゃんが おきる。だけど、おれの手には、カッコイイおねえさんのタオルがある。かあちゃんが目をさまして、おれをがんばってさがそうとする前には家にかえりたいんだけど…。

 うーん、どうしよう…こまったぞ。


 おれは、たまたまズボンのポケットに手をつっこむと、なにかがガサゴソと中で音を立てた。なんだ!?と思ったおれは、ちょっとだけだけど、おっかなびっくりそいつをとりだした。


 だけど、だしてみたら、なーんだ、とおれはがっかりした。さっき「いい子ね」とおばさんにもらったおかしのゴミくずだったんだ。

 そうだった。

 おれはいい子だったから、おかしをもらったんだったっけ。

 じゃあ、このタオルもあのきいろいおねえさんにとどけなくっちゃいけないな。


 うん、だって、おれはいい子なんだから。

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