第三話③


 そっかあ、と当時の私はいったものの、その頃の先生はきっともう50近くだったとは思います。幼い私からしても、ナカノ先生は若いように見えたので、おそらく40歳あたりだろうと思っていたのですが。


 ふと、たくさん子どもが遊んでいる方を見ると、私と同じくらいの学年の低学年の子どもが、ダルマさんがころんだ、をやっているのが目につきました。なんだか、今日はやたらとダルマさんがころんだにえんがあるなあ、と思いました。そのことがきっかけとなったのか、私はナカノ先生に、話しかけました。


「先生、ダルマさんがころんだって知ってる?」


 前まで思っていた怖いなどといった苦手意識は何処どこへやら。我ながら自分の単純さに呆れるばかりです。


「ああ、子どもの頃にやったことがあるよ」


 ええー、先生が? と言う私を失礼そうに見ながら先生は言いました。


「あのなあ、おれにだって子どもの頃はあったし、ダルマさんがころんだで遊んだこともある。何にそんなに驚いているんだ」


「だって、先生、ダルマさんがころんだをやっているのなんか想像できないよう」


 本気で驚く私を、笑ってはいないものの、先生はどこか愉快ゆかいそうな顔で眺めていました。私を不思議生物ふしぎせいぶつでも見ているようなのは、相変わらずでしたが。


「じゃあね、先生。自分がオニになった時、ダルマさんがころんだで、みんなが動いちゃう方法って、知ってる?」


 どうだ、知らないだろう、と偉そうにふんぞり返って、今にも後ろに転びそうな私の様子をますます変な目で見ながら先生はアッサリ、知らないな、と言いました。

 少しは考えるふりくらいはすればいいのに、と私は口をとがらせます。


「先生、あのね、『だーるまさんが、こーろんだ』って言って振り向いた時にね、お友達にニッコリ笑うの。それでね、たまに変な顔をすると、絶対に動いちゃうの」


 すごいでしょー、と先生のあっさりした思考放棄しこうほうきに負けず、私は、自信満々に答えました。


 先生の返答を待たず、いきなり昼休みを告げるチャイムがなりました。

 先生のボソボソとした声は、当然私の耳に届かず、(運の良いことに、私は耳がよかったので、それまでの先生のボソボソとした話し方でも何の支障ししょうはなかったのです)私が聞き返しても、先生は繰り返してはくれませんでした。

 あらかた、へえ、あっそう、などと当たり障りのない返答だったのでしょうが。



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