第三話①

           三


 お昼休み。

 私は、誘ってくれたイマミヤくんたちと校庭で遊んでいました。


 イマミヤくんが普段、一緒に遊んでいる子たちのグループは男の子からも女の子からも人気があります。イマミヤくん自身はおとなしい子でしたが、仲の良いタキくんやサワムラくんが一言、「あそぼーぜ」というと、みんなわっと寄ってくるのでした。


 大人数で遊ぶのだからと、男の子は鬼ごっこがいい、と言いました。走るのが遅いからと、女の子はかくれんぼがいい、と言いました。


 じゃあ、かくれおにごっこをしよう、とタキくんが言いました。決まりです。タキくんは男の子にも女の子にも人気があるのです。


 おに役が三人、決まりました。外で遊ぶときは赤白帽をかぶりましょう、と言われているので、帽子の色をおに役の子は赤色、逃げる子は白色です。


 じゃあ、五〇数えるからねー、とはじめにおに役になったミナちゃんが叫びます。いーち、にーい、さーん、…。


 さあ、どこに隠れようかと、きょろきょろしてタイヤ跳びの方を見ますと、なんとそこにはナカノ先生がタイヤ跳びの群の左から三番目のタイヤに腰掛けていました。


 そのせいもあってか、タイヤ跳びで遊んでいる子やその近くで遊んでいる子は誰もおらず、あたりは子どもたちの声でとてもにぎやかであるはずなのに、ナカノ先生の周りだけ恐ろしいほどしんとしていました。


 昼休みなど、長い休み時間は先生が必ず一人校庭に出て子どもたちの監督、と言っても大抵の先生は生徒とおしゃべりをしたり、若い先生は子どもといっしょに鬼ごっこなどをしたりしていましたが、とにかくお目付役の先生がいました。きっとその日の当番はナカノ先生だったのでしょう。


 左から三番目にあるタイヤ跳に腰掛けたナカノ先生は、遊んでいる子どもたちの監督をしている、というより何か考え事でもしているのかどこか睨みつけるような表情をしていました。片手に煙草を持っている悪の組織のボスといった雰囲気でしょうか。

(もっとも、最近の小学校では禁煙とされていますから、実際には煙草は持ってはいなかったとは思われるのですが)


 そのようなとても近寄りがたい雰囲気のせいで、ナカノ先生の周りはいつも『孤独』という文字が黒いモヤのように先生の体にぐるぐると取り巻いており、近付こうとでもすれば、怒ったネコのようにシャァと威嚇するのでした。


 おにから見つからないように、そしてナカノ先生にも気づかれないように抜き足差し足で、ナカノ先生から少し離れたタイヤの中に隠れます。タイヤは据えたゴムの匂いがしており、思わず眉をひそめました。



 今から考えると、よくあんなところに隠れられたものだと思うのですが、当時の私は割と小柄な方で、スキマがあれば入ってしまうようなネコのような子どもでした。


 けれども、いくら私が小柄な子どもであっても小学生です。タイヤの中にもぐりこんだとて、私はネコではありません。はたから見れば、私がいることは丸見えなのです。


「そこにいるのは、カンザキさん…かな?」


 案の定、二、三分も経たないうちに、数個向こうのタイヤに腰掛けているナカノ先生に見つかりました。

 私はびっくりしてもぐっていたタイヤから飛び出そうとし、そして出損ねて頭をぶつけました。


「いったーい」


「…いま、ひどい打ち方をしていた気がするんだが。大丈夫か」


 先生も先生です。小学校低学年の女の子が、頭を打っているのだから、すっとんできて泣かないように慰めるのが大人ってものではないでしょうか。さっきと変わらぬ姿勢でこちらを見ています。

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