第3話 魔術使いは宿敵と出会います。そして敗北します。

 わたしはソイツと出会ってしまった。

 決して相容れない存在。不倶戴天の敵。

 わたしか、あるいはソイツのどちらかがこの世から消え去るまで、この戦いは続くだろう。


「やぁっ」

 デロリ。ペッペッ。

「あらら、またニンジン吐いちゃったわね」

 吐き出されたオレンジ色の悪魔を拭き取りながら、母が困ったように笑う。いや、実際困らせているのは分かっているが、コレは無理だ。

 母の調理の腕は悪くないと思う。

 同じ鍋で煮込まれた他の食材は問題無い。

 というか美味しい。玉ねぎもジャガイモもお肉も大好きだ。

 だかニンジン、オマエはダメだ。オマエだけは許せん。煮込まれても残る青臭さ。甘さの裏に隠しきれていない苦味。

 なんなんだ、オマエは!食材としてそんな味してていいと思っているのか!ニンジンを口に入れた時感じるのは、言わば世界との不協和音とさえ言えるのではなかろうか。

 わたしは吐き出したオレンジ色の残骸を睨み付けるのだった。



「今日は特製パンケーキよ。気に入ってくれるかな?」

 パンケーキの小さな一切れが口元に差し出される。見た目はいつもとそんなに変わらないが何だろう。

 まあいい。パンケーキは大好きだ!勢い良く一口で口に入れる。鼻に抜ける香ばしさ。柔らかな食感。口の中に広がる幸せな甘さ。ニコニコしながら、頬っぺたが落ちてしまわないように抑える。

 再び口元に差し出されるパンケーキ。あむっ。今度は少し落ち着いて味わうとしよう。

 うん、いつもより少し味が濃い気がする。濃いというか奥深いという感じか。どうやらいつものパンケーキに何か加えられているようだ。その何かがパンケーキの味に深みを与え、いつもより甘さを強く感じさせている。

 なるほど、これが特製たる由縁か。追加されたのは何だろう?食材か、調味料か、ひょっとしたら特殊な工程か?微かに感じるこの味は、覚えがあるような無いような・・・。

 まあいい。コレ、大好き!

 特製パンケーキを最後の一切れまで美味しく平らげた。

 空になった食器を片付けながら母が呟く。

「ふふっ、ニンジンもすりおろして入れちゃえば、ちゃんと食べてくれるのね」

 体が固まる。脳天に雷が落ちたような衝撃を受ける。

 馬鹿なっ!今のパンケーキの中にヤツが入っていただと?わたしはそんなことにも気付かずに!あまつさえ、重ねられた味がいつもより美味しいなどとっ!

 苦手なニンジンを克服させたことに気を良くして上機嫌な母の傍らで、わたしは敗北感にうちひしがれるのだった。



 開け放たれた窓から夕方の喧騒が聞こえる。いつもなら気にならない雑音も、敗北に打ちひしがれている今はひどく煩わしく感じる。

 ニンジンの味が隠され重ねられていたことを思い返す。

 魔術を構築する。

 構築完了!自身を中心とした複合型遮断術式

【見えざる母の愛】

 そして魔術実行。

 わたしを中心として球形に透明な魔術壁が展開される。外からの音・光・物体を遮断する魔術だが、今回は音だけを遮断するようにした。完全遮断は色々危険なのだ。

 無音となった世界の中、揺り駕籠の中で思う。今日わたしはニンジンに負けたのではない。ニンジンをなんとか食べてもらおうと工夫を凝らし、手間を厭わなかった母の愛に負けただけなのだと。

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