第2話 魔術使いは立ち上がります。そして歩み始めます。
わたしは今、強大な敵と戦っている。
目の前の柱を掴み、震える脚で立ち上る。
頭は重く、体幹はふらつき、足に上手く力が入らない。
だが、それがどうだというのだ。これくらいは覚悟の上だ。何の問題もない。
ゆっくりと柱から手を離す。二本の足で大地を踏み締める。顔を上げ、巨大な目標へと視線を向ける。天地の間に自らを誇示するように両手を天へと掲げる。
目の前で巨大な存在がわたしを見下ろしている。その腕をこちらへと伸ばしながら口を開いた。
「ほら、危ない。気を付けて。頑張って。」
わたしは重力という強大な敵と戦い、打ち勝ち、伝い歩きから卒業するのだ!
母はハラハラしながら、腕をこちらに伸ばしては引っ込めることを繰り返す。体に対して頭部が大きいためバランスが悪い。三頭身のこの身が恨めしい。足の筋肉も未発達のためプルプルしてしまう。
だが、ここから全てが始まるのだ。これくらいの困難はあってしかるべきだ。むしろ望む処ですらある!
右足を踏み出す。続けて左足。前に倒れようとする体をさらに右足を出すことで支える。さらに左足を前に。
むう?まだ母にたどり着けない。何故だ?先程まで母のいた場所は既に・・・あっ!?母よ、なぜ下がるのだ!?
「ほーら、こっちよ。もうちょっと、もうちょっと」
手を叩きながらゆっくりと後ろに下がり歩行距離を延ばそうと企む母。泣きながら手を伸ばしたわたしの初歩行は8歩を記録したのだった。
歩いて泣いて疲れて寝てしまった。目が覚めると揺りかごに寝かされていた。
窓の外、遠くの大きな建物の屋根に黒い大きな鳥が止まったのが見えた。何気無くその鳥を視ているとちょっと気になる。
黒い鳥を視ながら魔術を構築する。
構築完了!座標目視指定による物体操作術式
【母へと伸ばす届かない腕】
そして魔術実行!
見えない腕が一瞬で伸ばされ、鳥の首を掴み、そのまま手元へと引き寄せる。もし鳥を見ている人がいたら、突然消えたように見えただろう。
驚いて固まっている鳥を視る。とりあえず洗浄魔術実行。野生動物は不潔なのだ。洗浄魔術は幼児の身には重要なので時々こっそりと使っている。
カラスのようだが普通のカラスの倍はある。近くで視てはっきりしたが、コイツはやはり魔力を持っている。巨体の理由はコレだな。
彼我の力の差が分かる程度には賢いようだ。こちらを伺いながら大人しくしている。良くみればなかなか愛嬌のある顔をしている。
鳥の頭をペシペシする。撫でてやろうと思ったのだが、小さな手が何故か勝手に鳥の頭をペシペシする。ペシペシ。
お腹を触ってみると思いの外手触りがよい。押し倒してお腹に顔を埋めると、フカフカしてものすごく楽しい!
よし、コイツはわたしの最初のお友達にしてあげよう。簡単な魔術を教えてあげよう。
楽しくてなってきて、きゃっきゃっと笑い声が出てしまう。鳥は遠い目をして大人しくわたしのヨダレまみれになっている。
ペシペシ。
「カァ・・・」
ペシペシ。
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