魔術使いの転生

いーでん

第1話 魔術使いは届かぬ天の高さを知ります。

 それまではずっと寝ぼけているような感覚だった。

 夢うつつの中、空腹と排泄の不快感に泣き、与えられた乳に無心で吸い付き、温かくて柔らかい母の胸に抱かれて安心する。


 初めて前世の魔術使いとしての意識がはっきりとしたのは、癇癪を起こして泣きわめいている時だった。

無意識に放出している自分の魔力に強烈な危機感を覚え、微睡む意識が急速に覚醒する。

 ヤバいヤバいっ!周囲の空間が軋み始めた!この膨大な魔力をなんとかしないと自分ごと周りが吹き飛ぶ!

 開け放たれた窓から見える青い空に意識を向ける。そうだ、上空でこの魔力を解放すればよい!解放地点を可能な限り天高くに伸ばして・・・。

 意識を遠く遠く上空へと激速で伸ばしていくうちに臨界点に達してしまう。くっ、もう抑え切れない!

 数秒後、遠く上空から爆音が響く。

むう、アレだけ距離を取ったのにここまで響くか。あのままだったら辺り一面吹っ飛んでいた。この体の魔力量とんでもないぞ。

 魔力を感じとれないのであろう、危機に全く気付いていなかった母が、怪訝そうに雲ひとつ無い空を窓から見上げる。

 抱き上げられて与えられた母の乳房に吸い付きながら、急いで魔術を構築する。魔力圧が高まったら自動で遥か上空に定めた座標に魔力を放出する今生最初の魔術。

「なんか難しい顔しておっぱい飲んでるわね。どうちまちた?何か気に入らないことありまちたか?」

母よ、あなたの胸に抱かれているこの魔力爆弾は、先程暴発しそうになっていたのですよ。心底キモが冷えました。二度とこんなことが起こらぬように、現在魔術構築中ですのでしばらくお待ち下さい。

 乳房に吸い付きながら母の顔を見上げて、心の内で答える。

 魔術構築が終わり、お腹も膨れた。

 構築完了!魔圧感知による自動発動型魔力放出術式

 げぷぅっ

 】

むっ、意識がゲップに持っていかれたせいで、ゲップを魔術名として認識してしまった!

 こんなことが起きるなんて前世では聞いたことない。唖然としながら、背中を優しく叩かれながら揺られていると、なんか全てがどうでも良くなってくる。

 乳児の脳では前世の意識がはっきりと保てないのだろう。

母の腕の中で大いなる安堵に包まれて、前世の魔術使いの意識は再び薄れて溶けていく。



 わたしが幼いころ、この地方では晴天なのに突然雷が鳴ることが良くあった。

 自動発動する魔術にしていたのですっかり忘れていたが、母の井戸端会議を聞いて思い出し、慌てて【げぷぅ】を解除したのは5歳の秋だった。

 数年間続き突然止まったこの現象は、しばらく土地の人に不思議がられていた。

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