第12話 不思議な少年


「おいおい……そりゃ、いかんだろ」


 隣から、慌てたような声を上げたのはアルジャさんだ。

 目を大きく見開いて、少年が机の上に置いた金貨の袋を凝視している。なんだかすごく焦っているみたいだけど、どうしたんだろ。


「嬢ちゃん、それを早く隠せ」

「え……あ、えっと」


 隠せ、と言われてもこれは私のものじゃないし。

 少年には指輪の代価として支払うと言われたが、受け取るつもりはなかった。


「ねえ。これ受け取れないから、仕舞って?」

「なぜだ」

「その指輪は売り物じゃないって言ったでしょ? 君にあげる」


 効果があるというのなら、その指輪は少年にふさわしいものなんだろう。

 所有者以外は使えない――私が造形で作る装飾品アクセサリーとはそういうものだ。

 あの鱗と少年の関係はまだわからなかったけど、指輪が選んだ相手なのだとしたら、無理やり取り上げるつもりはない。私の相棒である杖と同じだ。


「金でなければ、受け取ってくれるか?」

「いや、だから別にあげるって言って――」

「ここでは無理だな。また届けに行く」


 ――いらないって言ってるのに。


 少年はそう言うと、袋を自分のローブの懐に無造作に仕舞う。踵を返して行ってしまった。

 すごくあっさりとした去り際だ。


「……あの子供、何者だ?」

「いや……私もよく知らないんですけど」

「あの袋の中身、本物の白金貨だとしたら――ありえない金額だぞ」


 ――え、そうなの? っていうか、白金貨って?


 彼が持っていたのは、今まで見たことのないお金だった。

 よく見かける金貨よりもかなり大ぶりで、色も全く違っていたけど……あれって高価なものなの?


「その――白金貨って、どういうものなんですか?」

「一枚で金貨100枚分の価値がある」

「へ――?」


 ――さっきの袋の中、その白金貨がめっちゃたんまり入ってた気がするんですけど?!


 しかもそれを指輪の代金として、全部支払う気みたいだったんだけど……えぇぇ……。

 断ってよかった……あと、袋に触らなくてよかった。


「本物だとは思いたくねえなぁ」

「……は、ははは」


 もはや、乾いた笑いしか起きない。

 だってそんな大金をあの少年、適当に懐に仕舞っていたんだけど?

 やっぱり本物じゃなかったのかな。でも、わざわざ偽物を持ち歩くような子には見えなかったんだけど。

 もし、あれが本当に全部本物の白金貨だったとしたら?


 ――そういえば、この辺りって治安がよくないって。


 ファーラが言っていたことを、急に思い出した。

 少年は広場の入り口のほうには向かわずに、小さな路地のほうに入っていった。よりにもよって、ファーラが治安が悪いと言っていた場所に繋がる道だ。

 角には冒険者の人が立っていたし、巡回の騎士もいるって言っていたけど。


 ――だめだ、心配すぎる。


「あ、あの……私ちょっと席を外します!」


 露店を飛び出す。

 振り返りながら、自分の露店を覆うように結界魔法を展開した。

 これで、私以外の人は露店に近づけない。

 後ろからアルジャさんが呼び止める声が聞こえた気がしたけど、私は少年が消えた路地に向かって走り出していた。



   ◆◇◆



 いくつか角を曲がったところで、何かが倒れる音が私の耳に届いた。

 それも一度だけじゃない。ガシャーンと金属が硬いものにぶつかるような音が、何度も響く。

 同時に、男の怒号らしき声も聞こえた。


 ――遅かった!?


 少年の声は聞こえなかった気がするけど、この路地の先で何かが起こっているのは間違いない。

 走りながら、杖を構える。最悪の状況を覚悟しながら角を曲がると、さっきの少年が何かを見下ろすように立っている姿が見えた。


「大丈夫!?」


 私の呼びかけに、少年がゆっくりとした動作でこちらに金色の瞳を向けた。

 その足元にいかにも荒くれものらしい格好の男たちが、五人ほど倒れていることに気づく。

 少年と倒れる男たちを交互に見て、なんとなく、今のこれがどういう状況なのかわかってきた。


 ――これは……あの子に返り討ちにされた感じかな?


 男たちは倒れたまま、ぴくりとも動かなかった。

 死んではいないみたいだけど、完全に無力化されているようだ。誰一人、呻き声すら上げない。


「金を受け取る気になったのか?」

「ち、違うって! ……ただ、君のことが心配で」

「俺のことが?」


 少年は無表情のまま、首を傾げていた。

 別に、これが危機的状況だとは全く思っていない顔だ。


 ――すごく強いんだ、この子。


 それに、戦いにも慣れている。

 男たちが少年の持っている白金貨を狙って襲ってきたのは間違いない。きっと、あの露店でのやり取りを目撃していたんだろう。

 それで、人気のないところに向かった少年を路地に追い込んで、五人がかりで奪うつもりだったのだろう。

 大人五人で少年一人を襲おうとするなんて――まあ、それでも敵わなかったみたいだけど。


「君、強いんだね」

「――たとえ、魔力が使えないとしても、人間に負けることはない」


 ――んん? この子、もしかして。


 後ろから、バタバタと複数人の足音が聞こえてきた。

 重い足音と一緒に擦れ合う金属の音もする。もしかして、音を聞いた警備の騎士か冒険者の人が駆けつけてきたんだろうか。

 その音のほうに一瞬、気を取られる。


 もう一度、振り返ると、少年はその場からいなくなっていた。

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