第11話 再会と白金貨


「そろそろ、開始時刻かな?」


 お祭りの始まる時間は聞いていたけど、東広場にいるお客さんはかなりまばらだ。

 始まる前より賑やかな気はするけど、そんなに大きな変化には思えない。


「今は中央広場辺りが混んでるんだろうよ」

「あ、そうなんですか?」

「ああ。メインで賑わうのはそっちだからな。この辺りが騒がしくなるのは、もうちょっと後だと思うぜ」


 教えてくれたのは、隣の露店でご婦人向けのアクセサリーを売っている行商人アルジャさんだ。

 世話を焼くのが好きなのか、それともこうやって会話をすることで人脈を広げようとしているのか。こうしていろいろ教えてくれる。

 露店初心者の私にとっては頼れる先輩だ。


 ――要するに、壁を回り終えた人が島のほうに流れてくる感じかな?


 元の世界で一番馴染み深い、あの大きなイベントのことを思い出していた。薄い本のために会場を駆けずり回る、あのイベントのことだ。

 それと似たような感じなのだろう。

 お目当てのものを買い終わってから、他のお店をゆっくり回る感じ。


「勇者のお披露目もあるんだろ? 皆そっちを見てから来るんじゃないのか?」

「へえ……そういうのもやってるんですね」

「興味はねえのかい? 勇者は結構な人気だって聞くのに」


 ――人気なんだね、勇者。


 そんな情報すら初耳だった。別に勇者に興味はなかったし。

 一応、一緒にこの世界に飛ばされてきた子たちだけど、私が覚えているのは制服を着た後ろ姿だけだった。

 確か、男子一人に女子二人……だったよね。

 全員一緒に魔王討伐に行くのかな?


「異世界から来た勇者と聖女と魔術師だろ。どれも凄腕だって話だが……大丈夫なのかねえ」

「大丈夫、って何がですか?」

「いや……行商人っつうのは情報も売り物にしてるからな。いろんな話を小耳に挟むんだが――あまりいい話を聞かなくってな」

「……それは、魔王関連で?」

「この話はやめておこう。勇者の出立祭でする話じゃねえ」


 ――それもそうか。


 でも、たぶん、人間側の分が悪いって……そう言いたいんだろうな。

 師匠もこっち側にはつかないみたいだったし。

 そもそも、別に何か被害がありそうな感じでもないのに、なんでこの国の王様たちは魔王を滅ぼそうとしているんだろう?


 ――まあ、あんまり深入りしないほうがいいんだろうけど。


 ろくなことにはならない気がする。

 私はあくまで召喚に巻き込まれただけの人間だし。なんなら不要だって言って、城から追い出されたんだから、進んでかかわる必要もないだろう。

 はぁ、と短く溜め息をつきながら、広場の入り口のほうへ視線を動かす。

 見覚えのある人物を見つけて、私は動きを止めた。


 ――あの子。


 全身黒づくめの服の少年が広場の入り口に立っていた。

 真っ黒なローブを羽織り、頭からはすっぽりとフードをかぶっている。顔は影になっているけど、見間違いようがなかった。

 前に工房で私のことを助けてくれた、あの少年だ。


「……っ」


 私の視線に気づいたのか、少年がこちらに視線を向けた。

 金色の瞳にまっすぐ射抜かれ、私は小さく息を呑む。

 十歳ぐらいの少年にしては、びっくりするぐらい整った顔だった。それに、他に人からは感じたことのない、不思議な感覚がする。

 少年は他の露店に脇目もふらずに、こちらに向かって歩いてきた。

 ゆっくりとした歩調なのに、どこか威厳を感じさせる。従える者の風格が漂っている気がした。


「……いらっしゃいませ」

「邪魔をする」


 私の挨拶に、少年が答えた。

 その声にも聞き覚えがある。やっぱり、あのときの少年だ。

 目が覚めたらいなくなっていたせいで、実は半分夢だったんじゃないかと思い始めていたのに。


 ――ちゃんと、実在した。


 なんだか、ちょっとした感動を覚えてしまう。


「あれは、置いてないんだな」

「……あれ?」

「鱗の魔力を使ったものだ。作らなかったのか?」


 少年は、少年らしくない話し方だった。

 声変わり前の高い声でなければ、大人の男性と話しているのかと勘違いしてしまいそうなぐらい。

 鱗――少年が言っているのはドラゴンの鱗のことだろう。少年の言うとおり、今回の売り物の中にあの鱗の魔力を使った商品は一つもなかった。

 あれは、規格外すぎるものだったから。

 普通の造形でも、手の込んだデザインをしたものは「売り物にはできない」とギルド長に言われてしまったのだ。あの鱗の魔力を使ったものを、今回ここに持ってこられるわけがない。


「あ、その指輪」


 少年の指に、私が唯一あの鱗の魔力を混ぜて作った指輪がはまっていることに気がついた。

 子供の指には大きかったのか、少年はそれを親指にはめている。あの日無くしたと思っていた指輪は少年が持ち帰っていたのだ。


「ああ。今日はこれの代価を支払いに来たんだ」

「それは、まだ売り物じゃなくて」

「だが、俺のものだ。お前にはわかると思ったが――ならば代価は必要だろう?」


 ――どういう、意味?


 少年が何を言っているのか、一瞬よくわからなかった。

 でも、少し考えてハッとする。


「もしかして……君には、その指輪の効果があるの?」

「ああ。正直驚いたが――お前は腕がいいのだな」


 ずっと無表情だった少年が、うっすらと唇の端を持ち上げて笑った。

 本当に些細な表情の変化だったのに、私の心臓はどくんと一拍強く鼓動する。


 ――え、今のって、何?


 顔も熱くなってくる。

 面と向かって褒められて、嬉しかったからかな。


「ええっと……でも、それのお代って」

「これで足りるか?」


 少年が机に置いた袋から、ありえないぐらい重い金属の音が響く。

 袋の口から覗いていたのは、初めて見る白い色をした大きめの硬貨だった。

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