第16話 造形工房セルディア


 師匠のくれた工房は本当に襤褸ぼろ小屋だった。

 びっくりするぐらい襤褸。ボロ中のボロ。

 でも、それを直すのだって、魔術造形の修行になる。師匠もそう思ったからこそ、私にこの工房を用意してくれたんだろう。たぶん。


 ――安かったからじゃないよね?


「……むしろ、無料タダだったんじゃないの? ここ」


 いや、きっと違う。そうじゃないと信じよう。

 ちなみにこの工房は、王都とは少し離れた場所にある。

 大きく広がる魔の森を中心に考えて、王都が十二時の方向なら、私の工房はちょうど二時の方向あたりだ。

 鍵と一緒にもらったアイテムボックスの中に入っていた地図を見たときにはちょっと驚いたけど――確かに王城を追い出された私が、王都を拠点にするのはあんまりよくないかもしれないもんね。

 別に、私が何かしたわけじゃないけど。

 勇者召喚に巻き込まれただけだし、王様相手に問題発言だってしてない――よね?


 でも、転移者ってだけで厄介者扱いされる可能性は充分あるし、危険分子だと思われるのも面倒くさい。

 適度な距離はあったほうがいいと思う。

 それでも、魔術師ギルドにお邪魔するときは街に行かなきゃだし、それ以外にも王都に行く用事はありそうだけど。

 あんまり目立たないようにした方がいいのかな?


 ――魔王討伐、巻き込まれたりしないよね?


 私も一応、高校生勇者と同じ転移者ではあるけど、いらないって追い出されたのにそれはないと信じたい。

 フラグにならないよね??

 師匠はその危機を察して王都を離れたけど――師匠は有名な魔術師みたいだし、王族ともかかわりがあったみたいだからだし。


「今の私はただの魔術造形師!」


 その名前も随分気に入っている。

 この世界でたった一人かもしれない、魔法を使った造形師。それが私なのだ。


「それにしても、造形工房セルディアって名前……単純すぎたかな?」


 小屋に掲げた看板を見上げる。

 造形工房の名前を決めるとき、一番に思い出したのは加護をくれた神様の名前だった。

 職人たちの神――その名前を付けるのは、もしかして不敬だったかな?


「ま、いっか」


 らしい名前ってそうそう浮かばないしね。

 最初は師匠の名前にしようかと思ったけど――絶対に嫌がられるだろうからやめておいた。


「ふふ。私の城――自分の工房が持てるなんて夢みたいだなぁ」


 どう見ても、まだ襤褸小屋だけど。

 でも、夢だけはたくさん詰まっている。それに、可能性だって。


 作ってみたいものは山ほどある。

 見てみたいものだって、いっぱいだ。この世界には――私の大好きな魔物がいっぱいいるんだから!


「ドラゴンにも、また会えないかなぁ……」


 あのときは、傷を治すことに夢中であんまり観察できなかったから。

 今度こそは万全の状態で会いたい。


 ――ん? でもそうすると、攻撃されちゃったりするのかな。


 その辺、どうなんだろう……んんん。

 野生の魔物についても、いろいろ勉強したほうがよさそうだ。


「あー、楽しみ!!」


 うずうずする。

 今すぐにでも、たくさんいろんなことに挑戦してみたくなる。


「まずは、造形! 極めるぞ!!」


 ここからが第二歩目。

 王城を追い出されたときはどうなることかと思ったけど、こうして一歩一歩――進んでいけばなんとかなる!


 造形工房セルディア――魔導造形師セトの物語は、これから始まるんだ。





 第一章【黄昏の魔術師】END






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プロローグとなる第一章が完結です。引き続き、第二章を更新します。

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