第二章 勇者出立祭

第1話 声を嗄らした閑古鳥


 ――そんなに、うまくいくわけないよなぁ。


 造形工房セルディア、今日も閑古鳥が鳴いてます。

 まあ、わんさかお客さんが来るとは思ってなかったけどね。こんな辺鄙な場所だから、わざわざ訪ねてくるほうが大変だろうし。

 ……わかっていたよ。わかっていたけどさ。


「寂しいものは、寂しいんだ!」


 ちなみに王都を出てからひと月が経つ。

 そう。ひと月も経ったんだよ!!

 それなのに……ずっと閑古鳥。ずっと……ゼロ!!


「工房だしね……別に店ってわけじゃないからいいんだけどさ」


 人が来ないおかげで、製作だけはやたら捗っている。

 今、主に作っているのは店の内装なんだけどね。外観も一応、それなりにいい感じになったと思う。見た人が「うわ、ボロ……」とは思わないレベルに。

 すっごい綺麗でおしゃれってわけじゃないけど、こういう工房は独特の味みたいなものがあったほうがいいと思うんだよ。

 そう、味。これは味なんだ。

 別にボロすぎてどうにもならなかったわけじゃない。


 内装は結構こだわっている。

 それこそ、魔術造形を駆使していろいろ作ってみた。テストも兼ねて。

 固定化のレベルとか、耐久性とか、そういうことを確認するのにちょうどよかったからだ。

 おかげで、かなり品質が安定したと思う。

 色付けの試行錯誤もかなりいい感じに捗っていて、こっちも結構思う色が出せるようになってきた。まだ失敗することもたくさんあるけどね。


 ――それもこれも、閑古鳥が鳴いてるおかげなんですけどね!!


「……独り言も増える」


 これも、一人の弊害だ。

 向こうの世界でも結構引きこもり気味ではあったけどさ、あっちにはSNSとかあったから。

 ああいう交流のおかげで、人間としての自分が保てていたんだなって、最近つくづく感じている。「こんなの作った!」っていう呟きに反応があるだけで違うんだよ。


 ――承認欲求ってやつだね!


 一人で黙々と作るのも好きだけど、やっぱり人の反応あってこそっていうか……こっちにはそういう販売のイベントとかないのかなぁ。


「あー……寂しすぎる。ちょっと王都にでも行こうかなぁ」


 って、この間も行ったところなんですけどね。

 ……だってね。工房が閑古鳥ってことは、稼ぐ手段がないってことで。そうなると魔物を狩って、報酬をもらうなり、素材を売るなりしないと生活していけなくなる。

 食べ物だってそうだ。自給自足なんてできないから、買い物にも行かなきゃだし……まあ、師匠が餞別にくれた次元収納袋アイテムボックスのおかげで、そこまで頻繁に買い物に行く必要はまったくないんだけどね。

 あれ、本当に便利。

 時間魔法もかかっているから、中に入れた食べ物が全然傷まないんだよ……本当に主婦の味方すぎる。主婦じゃないけど。


「よし、行こう。ついでに完成した師匠の胸像、ファーラに持ってってあげよっと」


 ファーラっていうのは、魔術師ギルドの受付をやっているエルフちゃんの名前だ。

 三度目にして、ようやく名前を聞くことができた。コミュ障だけど頑張った。

 可愛い女の子の名前は忘れない。絶対にだ。

 ファーラは私の師匠である、黄昏の魔術師ルトゥカリの大ファンなんだそうだ。前にこっそり胸像の製作をお願いされて、二つ返事で引き受けた。


「……我ながら、この杖の再現度はハンパないと思う。作ったの、頭の部分だけだけど」


 胸像の付属品だからね。

 本体のほうは、実のところちょっと自信ない。

 だってさ、美形とかイケメンって見分けつきにくくない? 綺麗とは思うんだけど、整いすぎててあんまりはっきり区別がつかないっていうか……あ、可愛い子は別。

 食堂のニャオとかね!!

 今度、ニャオの胸像も作ろうかなぁ。あ、尻尾も作りたいから全身でもいいな。


 難しかったけど、師匠の髪の色にはかなりこだわった。

 黄昏っていう二つ名の由来になっている、オレンジ色の髪。先端に行くほど深い赤色になっている不思議な色の髪だ。

 杖の次にこの色の再現にこだわっていたせいで、製作に時間がかかってしまった。


「ファーラ、喜んでくれるといいなぁ」


 こっちも魔術造形で作った、専用の展示ケースに胸像を入れて、アイテムボックスに入れる。

 その他にも雑貨屋さんに売り込めそうな作品をいくつか適当に放り込んでおいた。買い取ってもらえるかはわからないけど、興味を持ってもらえればそれでいいし。


「服装よーし。髪型よーし」


 ちなみにこの鏡と服。師匠のくれたアイテムボックスに最初から入っていた。

 私がこういうの買わないだろうっていうの、バレてたみたい……ありがとう、師匠。本当に手のかかる弟子でごめんなさい。


「よし! 行ってきます!」


 誰もいない工房にそう声を掛けて、扉を閉める。

 魔の森の中から金色の瞳がこちらを見ていたことに、このときの私はまだ気づいていなかった。

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