第14話 魔の森のドラゴン
師匠は五日後に王都を発つらしい。
この屋敷もそのときに引き払うので、それまでの期間が勝負だといえた。
主にレベル上げと、お金稼ぎという意味で。
二回目からは、一人で魔の森に出掛けて、魔物を狩ることになった。やっぱりスパルタだ。
まだ森の深いところには絶対に入るなって、師匠には口酸っぱく言われたけど。
――私も命が惜しいからやらないって。
魔の森の浅い部分に出るのは、獣型の魔物ばかりだ。
一番多いのが猿に似た青色の魔物、それと角の生えた鼠型の魔物だった。倒しても倒しても、次の日にはたくさんいるのはどういうことなんだろう。
魔物の生まれてくる仕組みって人間とは違うのかな?
狩りを続けて四日目には、私のレベルは34になっていた。
なかなか順調だ。
でも、この辺りからレベルはどんどん上がりにくくなるらしい。
既に私のDEXは四桁後半になっていて、師匠にも「気持ちが悪いな」とお褒めの言葉をいただいた。
◆◇◆
「明日には師匠とお別れかぁ……」
夜の森は危険だと教えられていたので、完全に日が暮れる前に森から出る準備をする。
なんとなく寂しくなって、そんなことを呟いていたら、急に空が明るく光った。
「え、なに?」
花火が上がったときのような明るさだ。
驚いて空を見上げる。一瞬置いて、少し離れたところからドーンと大きな音が響いた。
同時に地面がぐらりと揺れる。
――地震? いや、何かが落ちた音?
最近は毎日この森に足を運んでいたが、初めて聞く音だった。
それに森の雰囲気もなんだかおかしい。
「――索敵」
いつもより広い範囲に索敵魔法を発動する。
すぐに異変の正体はわかった。
「何、この敵……強すぎる。しかも……ここから、近い?」
私のすぐ近くに、強い魔物がいるみたいだった。
さっき落ちてきたのはこれだろうか。
今まで私が倒してきた魔物なんて、比べ物にならないほどの強敵だ。
森の雰囲気がおかしく感じられたのは、その強い魔物の放つ魔力で一気に森の魔力が濃くなったのが原因だった。
「……これ、どう考えたってやばいよね?」
私も早く逃げないと――気持ちではそう思っているのに、どうしてなのか足が動かない。
怖くて足が竦んでるんじゃない。これは。
「杖……? お前のせい?」
今じゃ私の唯一無二の相棒となった、杖のせいだった。
杖に見初められたときも、これと同じように身体を自由に動かせなくなった。杖がここから立ち去るべきじゃないっていってるんだ……でも、どうして?
「やばい敵なんじゃないの?」
私の問いに応えるようとしているのか、杖が、ふぉんと淡い光を放つ。
「……もしかして、その魔物のほうに行けって言ってる? いや、もしかしなくてもそうだよね」
不思議なことに、さっき強い魔物の気配を感じたほうになら身体が動く。
要するに、そういうことなんだろう。
「杖、お前さ……持ち主を殺そうなんて思ってないよね? 信じるよ?」
杖の光が増す。
うんうん、と激しく頷いているみたいだ。もう、これは杖を信じるしかない。
――ええい。行ってやろうじゃん!
杖の示すとおり、強い魔物のいるほうへ足を進める。
どくどくとうるさい心臓が、今にも口から飛び出しそうだった。
◆◇◆
「……これって、ドラゴン?」
そこにいたのは、真っ黒なドラゴンだった。
小さな家ぐらいの大きさはある巨大なドラゴンだ。それが、目の前にうずくまるように倒れている。
「死んでるの……?」
よく見ると、胸が激しく上下に動いていた。
生きてはいるみたいだ。
でも瞼は閉ざされたまま、私が近づいても全く反応がない。
死にかけ――まさしくそんな感じだった。
「お前は、このドラゴンを助けろっていってるんだよね?」
また、杖が光る。そうだと言いたいのだろう。
でもそんなことを言われても、私に回復魔法は使えない。何度か師匠に教えてもらったんだけど、結局使えたのは生活魔法の一つである応急処置魔法だけだった。
それで治せるのは、小さな擦り傷ぐらい。
こんな状態のドラゴンは助けることは到底できない。
「……傷だらけだ。こんなに、綺麗な鱗なのに」
こんな状態じゃなかったら、喜んで観察しただろう。
だって、ドラゴンはクリーチャーの中で私が一番大好きな生き物だ。
この世界には本物のドラゴンがいる――そういつか師匠に教えてもらってからは、いつか会えるのを楽しみにしていたのに。
まさか、初めての対面がこんなだなんて。
傷を一つ一つ確認する。
そこまで大きな傷は見当たらなかったけど、どうやら核となる魔石が傷つけられているみたいだった。
腹部にぽっかりと空いた穴から、ひび割れた魔石が覗いている。
このせいで、ひどく弱っているんだろう。
「……魔石、か」
ふと、前に師匠と話したことを思い出した。
「私が魔術造形で生み出すものは魔石に近い……そう言ってなかったっけ」
言っていたはずだ。
魔石に近いものを生み出すことのできる私の魔法なら――この核を治せるんじゃ。
もしかして、杖はそれがわかっていて、私をここまで連れてきたの? でも――、
――そんなこと、やっていいのかな。
このドラゴンは人間の敵かもしれない。
もしそうだとしたら、私はとんでもないことをしようとしていることになる。
……それでも、目の前で少しずつ弱っていくこのドラゴンを、私は放っておくことができそうになかった。
相棒である杖も、このドラゴンを救うことを望んでいる。
それなら――やるしかない。
「痛かったら、ごめん。あなたを助けるためだから。だから、我慢して」
傷ついた魔石が覗く傷に、杖の先端を一気に挿しこむ。
ドラゴンの高い咆哮が、魔の森を揺らした。
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