第7話 自分の杖を手に入れた


「やば!! 好き!!」


 語彙力が死んだ。

 完全に即死攻撃だった。


「すごい。すごいすごいすごい……何、ここ……最高」


 扉の先、小部屋の中に展示されていたのは、私好みをぎゅっと凝縮したようなデザインの杖ばかりだった。


 ――なんでこれが、売り物にならないの?


 信じられないぐらい、逸品ぞろいだ。

 どれもこれも、時間を忘れて眺めていられるぐらい――最高の出来のものしかない。

 師匠が持っているような背の高い杖もあった。こっちの造形もめちゃくちゃ最高だ。

 表に並んでいたような小ぶりの杖もたくさんある。

 でも、どれも表に並んでいたものよりも装飾が凝っていて、こだわりぬいた職人技の光る、お高そうなものばかりだ。


「……はあ……ここ、住める」

「っふは、キミは本当に」

「いや、本当にここに住んじゃだめですか? もう……それだけで幸せな日々が送れそう」

「魔法で造形をするんじゃなかったのかい?」

「あ! そうでした。そうでしたね……うう。もしそれが無理だってわかったら、ここで働かせてもらおう。そうしよう」


 造形を仕事にできなかった場合は絶対にそうする。決めた。

 私の発言がツボに入ったのか、師匠はずっと身体を折り曲げて笑っている。こっちは本気なんですけど?


「それでどうだ?」

「どうだ……って何が?」

「キミの杖を探しに来たんだが?」


 ――あ、そうだ。そうでした。


 ぐるり、と部屋を見回す。

 視線がある一点で縫い留められた。そこから、どうやっても顔が動かない。


「……え、あれ?」

「ほう。もう杖に見初められたか。どれだ?」

「あの……黒い、杖」


 禍々しい――そう表現するのがぴったりなデザインの杖だった。

 大きさは指揮棒ぐらいの小ぶりなタイプ。

 渦を巻いた雲のような流線形の不思議な形の持ち手。根元は真っ黒なのに、先に行くほど、うっすら向こう側が透けて見える不思議な素材でできている。

 特別目を引くわけじゃないのに、どうしてかその杖から目が離せない。


 ――何かの、つのかな?


 近づいて確かめると、それは何か生き物の角のように見えた。

 でも、角そのままの形じゃない。きちんと手が加えられている。自然の形を活かすために手を加えたような――まさに職人技だ。


「……すごい杖に、選ばれたものだ」

「そうなんですか?」

「ああ……あれは、かなり力の強い杖だ」


 師匠は一歩引いたところに立っていた。そこから杖を眺めている。

 ぐっと眉を顰めているところを見ると、あんまり好きな感じじゃないのかもしれない。


「やっぱり、別の杖のほうが……うわっ」


 別の杖のほうがいいかと師匠に尋ねようとした瞬間、部屋の中に強い風が吹いた。

 外から風が吹き込んだのかと思ったけど、窓は開いていない。


「下手なことを言うな。もう、その杖以外は無理なようだぞ」

「……今のって、この杖が?」

「ああ。キミが他の杖を選ぼうとすれば、ボクまで切り刻まれかねない」


 ――なんて物騒な。


 でも、確かにそんな禍々しさは感じる。

 この杖、結構やばいものなんじゃないのかな。


「ほら、早く手に取ってやれ」

「……え。触っちゃっていいんですか?」

「ああ。構わない。この部屋にある杖は選ばれたものに与えられる……もう、その杖の所有者はキミということだ」


 ――え。売り物じゃないってそういうこと?


「じゃあ、お金は?」

「必要ない。ボクの杖もここで手に入れたものだ」


 ――へえ……すごいな。なんか……急に魔法って感じしてきた。


 表の杖は人が杖を選ぶシステムだったけど、奥の杖は〔杖が人を選ぶ〕システムらしい。

 選ばれた人はその杖を持ち帰るしかないなんて――ちょっと呪いのアイテム的な感じもあるんだけど、大丈夫かな。

 おそるおそる杖に手を伸ばす。

 ツン、と指先が触れたけど、痛いとか、気持ち悪いとか、そういう感覚は全くなかった。今度はぎゅっと握ってみる。


「すご……めっちゃ、しっくりくる」

「そうだろう。ボクも最初にこの杖を握ったときは驚いたものだ」


 不思議な形だと思っていた持ち手部分も、私の手の形に合わせて作られたものみたいに、しっくり手に馴染んだ。

 まるで最初から私の一部だったみたいだ。


「わ、わわ……ッ」

「ほう。形が変わる杖か」


 ぐにょん、と急に杖が形を変えた。

 先端が私に向かって伸びてきて、手首に巻きついたかと思えば、そのままバングルのような形になる。


「……お、おお。なんだこれ」

「いつでもキミと離れる気がないようだな。杖の形には戻せそうか」

「あ、はい」


 どうしてだろう。やり方がわかる。

 指を杖を持つときの形にすれば、自然とその中に杖がおさまるように現れた。


「便利すぎ」

「本当に力の強い杖のようだな」


 師匠も感心している。

 こっちの世界でも結構珍しいタイプの杖なのかな。これ。


「これから、よろしく」


 なんとなく話が通じそうだったので、杖に向かってそう声を掛けてみる。

 ほわんと一瞬点った光は、杖からの返事のようだった。

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