第3話 獣人と魔術師の杖


 宿はすぐに見つかった。

 というか、街に降りてすぐ、おいしそうな匂いにつられて入った場所が宿だった。我ながら、嗅覚バツグンかもしれない。

 こういうのも何かの縁でしょ――ということで、今日の宿は即決でここに決めた。


「ねえ、セト。甘いものは好き?」


 注文後、すぐに運ばれてきた日替わり定食の肉を頬張る私にそう話しかけてきたのは、さっきも私に注文を聞きに来てくれた給仕のニャオだ。

 ふわふわの銀髪の隙間から飛び出した三角の耳をピクピク動かしながら、私の返事を待っている。

 十歳ぐらいの獣人の少年だった。


「好きだね」

「じゃあ、さっき取ってきたククルルの実持ってくるから待ってて」


 私の答えを聞いて、ニャオがぱたぱたと厨房のほうへ駆けていく。

 いや、可愛すぎじゃない?

 尻尾の揺れる背中を見送ってから、私は食事を再開した。


 ――言葉は大丈夫そうだなぁ。


 王様や騎士さんの話していることはわかったし、私の言葉もちゃんと通じていたので心配していなかったけどね。言葉の壁がなくてよかった。

 口の動きと聞こえている言葉が違うので、どうやら自動で翻訳されているらしい。

 文字の壁もなかった。

 見たことのない不思議な形の文字だけど、見れば不思議と意味がわかるし、書こうと思えばきちんと書ける。


 ――便利だなぁ。


 不思議な形をした文字が読めるのが面白くて、思わず店の中をキョロキョロ見回してしまう。

 少し硬めの肉を咀嚼しながら、壁に貼られた店のメニューを一つずつ確認していると、店の一番奥に私の興味を惹くものを見つけてしまった。


 ――うわぁ、やばい! めちゃくちゃカッコいい!!


 それは壁に立てかけられた杖だった。

 成人男性の背より高い、細長い杖。なんの素材でできているのかまではわからなかったけど、繊細な装飾に視線を奪われる。思わず釘づけになっていた。

 まさに異世界の杖って感じ。魔法使いが持っていそうなあれだ。

 心臓の高鳴りが治まりそうにない。こんな素敵なものがあるなんて――異世界最高すぎる!!


「セト? どうかした?」

「――あ、ううん。なんでも」


 ニャオに話しかけられて、ハッと我に返った。

 果物らしき実の乗った皿が、目の前にことりと置かれる。

 巨峰の実に似た、青色の果実だ。


「これってどうやって食べるの?」

「えっとね、皮を指でつまんで押すと中から身が飛び出してくるから――」

「よかったら、一つ食べて見せてくれない?」

「いいの?!」


 ぴょん、とその場で嬉しそうに飛び跳ねたニャオが皿からククルルの実を一つ手に取る。

 さっきと同じ説明をしながら、ぱくりとククルルの実を頬張った。どうやら、食べ方も巨峰とよく似ているようだ。


「おいしいー!」


 ニャオは幸せそうに頬を押さえて、またぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 やばい。可愛い。獣人いいな、獣人。


「ほう。今年のククルルはそんなにおいしいのか?」


 知らない男性が話に割り込んできた。どうやら、食堂に来ていたお客さんのようだ。

 常連さんなのか、ニャオが笑顔で対応している。 


「はい! 最っ高ですよ!!」

「じゃあ、ボクも一皿貰おうかな」

「はーい! すぐお持ちします!」

「やあ、キミ。ここ、座ってもいいかな?」


 ニャオが厨房に引っ込んだ後、その男性は私にも話しかけてきた。

 長いローブを着た男性だ。

 背中の真ん中ぐらいまである長い髪はびっくりするぐらい明るいオレンジ色。根元に向かって赤っぽく色の変わるその髪はいつか見た夕焼けの色によく似ていた。

 顔は結構イケメンだ。優しい系のイケメン。

 異世界のイケメン――レベル高いな。


「さっき、ボクのことを見ていたよね?」

「……え?」


 ――見てたっけ?


 こんな目立つ髪色なのに、全く記憶にない。

 人違いじゃないだろうか……そう答えかけて、ふと、男性が手に持っているものに気づく。


「あ、杖!」


 さっき見ていた杖だった。


 ――やっばー、マジかっこよすぎ。


 近くで見ても、最高の造形だった。

 これはやっぱり魔法の杖なのかな。左右対称のデザインは、どこにも狂いがない。

 最上部についた男性の髪と同じ色をした大きな宝石を支える土台部分には、植物の蔓が絡まりあうような繊細なデザインが施されていた。


「――なんだ? もしかして、杖を見ていたのか?」

「いやぁ、このデザイン最高すぎて……ほら、ここの曲線たまんなくないですか? あとこのくびれ、ちょうど持ち手の部分ですよね? あと、全体的な彫り込みのバランス……めちゃくちゃいい仕事してる」


 思わず立ち上がって、ガン見してしまう。

 細かく見ても、全体に眺めても本当に絶妙なバランスのデザインだ。

 派手すぎず、シンプルにもなりすぎず――こういうバランス感覚はなかなか難しかったりする。


「っふは――キミ、変わっているな」

「え……え? そうですか?」

「ああ。ボクではなく、杖をそんな風に観察していたなんて――はは。そんなことを言ったのはキミが初めてだ」


 男性が楽しそうに身体を揺らして笑い始めた。

 ニャオが運んできたククルルの実を摘んで、皮ごと口に放り込むと「確かに今年のククルルはいい出来のようだな」とさらに表情を緩める。


「あなたは魔法使いですか?」

「正確には魔術師だ。キミは異世界からの〔転移者〕か?」


 ――え。いきなり、バレた?


 転移者というのが珍しいものか、そうでないのか――実はまだ判断がついていなかった。

 人に「自分は転移者だ」と明かしていいものなのかも悩んでいたのに、まさかこんなにも簡単にバレてしまうなんて。


「別にキミの正体を触れ回るつもりはない。この会話も、ボクたち以外には聞こえないようにしてある」

「え、そうなんですか?」

「遮音の結界を張っておいたからな」


 ――そんなのが、あるんだ。


 まさに剣と魔法の世界だ。

 結界は目には見えるものじゃないみたいだったけど、思わず自分の周りを確認してしまう。


「王が勇者召喚をするつもりだって、噂を耳に挟んでね。様子を見にきたんだ。キミは勇者じゃないね?」

「ですね。私はその勇者召喚とやらに巻き込まれた、ただの一般人です」

「一般人、か。まあ、そういうことにしといてやろう」


 魔術師だと名乗った男性はなおも楽しそうに笑っている。

 もう一粒、ククルルの実を口に放り込んで、興味深げな視線でこちらに向けた。

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