第4話 魔法で造形できませんか?


「おいっし……っ」


 ククルルは確かに美味だった。

 ニャオが教えてくれたとおり、最初は中身だけ食べてみる。続けて食べた二個目は、魔術師さんがやっていたように皮ごと口に放り込んでみた。


「あ、すっぱ……でも、おいしい!」


 ククルルの皮は結構酸味が強かった。

 だけどその分、噛みしめたときに広がる甘さが断然増す気がする。どちらの食べ方も間違いではなさそうだ。

 私としては、皮ごと食べるほうが好きだった。


「キミ、なかなか面白い子だね」

「そうですか? 普通だと思いますけど」


 今まで生きてきて、誰かに「面白い」なんて言われたことはない。面白いことはあんまり言えないし。

 どちらかと言えば、あんまり空気は読めないタイプだと思う。

 友達だってあまり多くなかった――ちょっと、これは言っててつらくなるんだけど。

 集中するとすぐ周りが見えなくなるせいで、気がつけば誰もいなくなっていた……なんてことが日常茶飯事だったから。

 コスプレイヤーの友人は、私の数少ない友人の一人だった。


 ――あ、剣の納品。できなかったなぁ。


 ふと、作りかけだった小道具のことを思い出した。

 こだわりにこだわり抜いて作った大剣。魔力を通すと刀身が光るっていう設定どおり、中にLEDライトを埋め込んで作っていた。

 不自然な光り方にならないように何度も調整して、確認して――今回も渾身の一作になるはずだったのに。


「あーあ……なんか悔しいな」

「何がだ?」

「あ、いや……転移前の心残りってやつです」


 その剣以外にもまだある。

 今週末には大きなイベントが控えていた。そのイベントで販売するために作った展示品や販売用のアクセサリーも、すべて日の目を見ることはなくなってしまったのだ。

 本当に残念でしかない。


「もしかして、家族のことか?」

「あ! それもありましたね!!」

「っはは。忘れていたのか? キミは案外、薄情な子なんだな。まあ、そういうのも嫌いではないが」


 また魔術師さんのツボに入ってしまったらしい。

 うちは結構放任主義というか、家族みんな自由に楽しんで生きてる人ばっかりだから、あんまりそっちの心配はしていなかった。

 確かに言われてみれば少し気になるけど「いなきゃいないで、どうにかなるんじゃないのかな」ぐらいの気持ち。今さらこっちで気に病んだって仕方ないだろうし。


「やっぱりキミ、面白いよ」

「ですかね?」

「ああ。このルトゥカリが保証しよう」

「ルトゥカリさん、とおっしゃるんですか?」

「トゥカで構わない。キミの名前は?」

「セトです」


 こっちの世界では、そう名乗ることに決めた。

 ステータスウィンドウにもそう書かれてしたし、名前はもうこれでいいよね。


「セトか。この出会いも何かの縁だろう。ボクに聞きたいことがあれば何でも答えてやろう。何か質問はあるかな?」

「あります! いろいろ」

「ほう。それは退屈しないで済みそうだ」



   ◆◇◆



 まず、お金の価値について詳しく教えてもらった。

 金貨は大体一万円ぐらいの価値があるっていうのは、騎士さんの話でわかっていた。

 20枚もらったから、全部で二十万円。王都でひと月暮らせるぐらいの金額だからそんなものだろう。

 魔術師さんがいうには、金貨の下には銀貨、銅貨が存在するらしい。

 金貨1枚と銀貨20枚が同じ価値。銀貨1枚は銅貨30枚と同じ価値があるそうだ。要するに銀貨は1枚五百円、銅貨は1枚大体十五円ぐらいの価値ということになる。


 ――この辺はおいおい、感覚で覚えていくしかないかな。


 たぶん、必要なのは慣れだろう。

 物の価値と対価の見極めがうまくできないと、それこそ簡単に騙されてしまうことになる。

 いつかは商売をしようと考えている私にとって、それは避けたい事態だ。


「まだいいですか?」

「ああ。構わないよ。時間はたくさんあるからね」

「じゃあ、魔法について聞きたいんですけど」


 トゥカは魔術師だと話していた。

 間違いなく、ここにいる誰よりも魔法に精通しているはずだ。

 私が発した〔魔法〕という単語に、トゥカが楽しそうに目を細めて笑う。


「セト、キミはスキル持ちかい?」

「スキルは……何もないみたいです。もしかしてスキルを持ってないと魔法は使えない、とか?」

「逆だよ。スキル持ちは使える魔法やその属性が限られる。生まれ持ったものがないというのは、まだ何にも染まっていない――無限の可能性があるってことになる」

「無限の、可能性……」


 目の前が一気にひらけた気分だった。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す私を、トゥカが面白そうなものを見るような目で見つめている。


「キミは魔法を使って、何がしたいんだ?」

「! 《造形》を!!」

「造形……?」


 椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がって、即答していた。

 でも、それに対するトゥカの反応はそんなによくない。どうやら、《造形》という言葉の意味にピンときていない様子だ。


「なんだ、それは」

「魔法で物を作りたいんです。たとえば、その杖のような感じのものを……できませんか?」

「……魔法で物を生み出す、か。創造魔法の類か? ……もっと詳しく考えていることはあるのか?」

「魔力をこう……粘土みたいに捏ねたり、形作れたら一番なんですけど」


 私に一番馴染みのある造形といえば、パテという粘土状の材料を捏ねて作るあれだ。

 それがこっちでもできればいいと思ったんだけど、向こうの世界のパテと同じような素材がこちらの世界にあるとは限らない。

 なら、魔法で生み出せないかと思ったのだ。


「……ほう。魔力を物質に変化させ、形を作り、永久的に固定化するというわけか――それは面白い発想だな」


 トゥカが唇の端を持ち上げる。

 その目の奥がきらりと輝いた気がした。


「できますか?!」

「試してみたことはないが、やってみる価値はありそうだ」

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