8
10月に突入したころ、僕は小説と称した軽い小噺を書き終えた。
小説とは言っても心理描写や背景に関しての説明はされず、ただ各キャラクタの名前とセリフが羅列されている陳腐なものだった。
ヴァンパイアについて調べるにつれ、僕には一つの疑念が生まれていたが、それよりも書き終えた方の達成感が勝っていた。
早速家にあるプリンタを使ってプリントし、それをランドセルに詰め込む。これを渡したら真情美はどんな顔をするかなと能天気に考え、僕の表情はニヤついていたことだろう。
翌日、書き上げた小説を渡すタイミングを伺っている間に午前の授業が終了した。給食を食べ終え、少し長めの休み時間となる。
いつもはここで橋本と岩手姉妹が固まって駄弁る頃なのだが、例の小説の続巻を入手した真情美は自分の机で本を読んでおり、渡すタイミングはここしかない。と思った。
ランドセルからサッとプリントした十数枚の紙を持ち出し、真情美の方に近づき「まなちゃん」と声をかける。本を読む手を止め、何事かとこちらを見上げる彼女に持っているプリントを差し出した。
「あ、あのあの。ぼぼぼ、僕も小説というかなんと言うかちょっと描いてみたから品評というかなんと言うか人の意見が聞いてみたいって言うかなんかで、ととっ、とにかく読んで見て欲しいです」
我ながらぎこちない上に超早口で捲し立てているのが分かった。そんな僕の心情など知るわけもなく、真情美は僕とプリントを交互に見返し、「うん、分かった」と言って受け取ったプリントを無造作に机の上に置いた。
なるべく机の中とか、人目につかない位置にしまって欲しかったが、恥ずかしくて逃げ出したい心境から「じゃ、あとで感想聞かせてね!」と言ってその場を退散する。
自分の机に戻って真情美を観察したが、彼女は読書の続きを初め、僕が渡したプリントに目を通すことは無かった。多少残念な気持ちもあったが、とりあえず渡せただけでも良しとしようと自分を納得させる。
午後の授業は体育だった。運動会が終わり次は持久走へ向けての授業となるが、もともと心臓病の持病がある自分はその授業は免除され、グラウンドの隅で座ってみんなが走る運動風景を眺めるに至った。
体育の授業が終わり、ヘトヘトとなっているクラスメイトを尻目に僕は一足先に教室へと戻った。さっさと体操着脱いで私服に戻ろうと教室の扉を開けると、別のクラスにいるはずのまどかが一人ぽつねんと居て、束になったプリントをしげしげと眺めていた。何か見たことのある紙だな……って、うぇええ!
「あ、わ、ちょっ!」
予想打にしない光景を目にして慌てふためき、とにかく言葉にならない言葉を発しながら彼女の手からプリントをひったくる。呆気に取られた彼女の顔を数秒見返し、ひったくったプリントに目をやるとやはりそれは僕が書いた小説(もどき)だった。間違えて隣のクラスに入った訳でもなく、やはりここは僕の教室で間違えないようだ。って言うか、
「わ、四月さん……。てか何でここにいんの?」
「ハッシーとかマヤマナちゃんとかとお話ししようと思って、でも来たらまだ誰も戻ってなくて、まなちゃんの机にプリントあったから、何となく読んでた」
くそ、やっぱり仕舞ってくれって頼むべきだった!
僕の一連の行動を見て、そのプリントの作成主が誰なのか悟ったようだ。
「それ、久保谷くんが書いたの?」
否定したい気になったが、ここまでの醜態を晒しておいて今更違うとも言えず、僕は諦めたように「ああ、うん」と言葉を返した。
教室にも何人かクラスメイトが戻ってきており、正直、早くこの話を終わらせたい。そう思っていたのだが反対にまどかは興味津々な顔をして目を輝かせた。
「ほんと!? すごい! まだ少しだけ読んだだけだけど面白かったよ!」
「え? ああああ、ありがとう」
面と向かって褒められることに慣れておらず、僕はどう反応して良いのか対応に困った。ついには橋本や摩耶、真情美のトリオも戻ってきて、真情美の席の近くにいたと言うのもあり、見慣れない僕ら二人のコンビに3人は寄ってくる。
「お、珍しい。まどかと久保谷が話してる」
「お、ハッシー! 摩耶ちゃん、真情美ちゃん! ねえ凄いんだよ! 久保谷くん小説書いてるんだって!」
そう言うことはもう少し声を抑えてくれると助かる! 僕は聞かれたくない一心で「あー! あー!」と声を上げていたが、その声は彼女の声をかき消す役には何にも立たなかったようだ。
「ね、続き読みたい! もっかい貸して!」
まどかは両手を差し出して僕の方に向けた。うん。確かに褒めてくれるのは嬉しいけど、僕的には先に読んで欲しい人がいる……。ちらりと真情美の方を見ると、彼女は苦笑いを浮かべ、
「あ、私は後でいいかな。まどかが見たいんなら、まどかが先に読んで」
…………さいですか。彼女の発言は僕の心臓にチクリと針を刺したが、そんなことはお構いなしにまどかは「よっしゃ」と声を上げ、僕の手からプリントを引ったくって続きを読み始めた。
「お前、小説家になりたいの?」
しばらく考え込んでいた様子の橋本は視線を上げ、僕の顔を見返してそう聞いた。
うん? どうだろうか。まあ確かに小説を書いている間は「これを読んだらどう言う反応をするだろう」とワクワクしていたし、書き終えたら「おっしゃ、終わった」と充実した達成感もあった。
真情美に注目して欲しくて書いてはいたが、なんだかんだで書くのは好きなのかもしれない。でも、小説家になりたいと断言出来るかと言われると……。
思考を巡らせる僕を見て、橋本は一回「ふむ」と言う。
「アテになるかどうか分からんが、一回ウチにくるか? おっさんから話聞くって言うのも、アリかもな」
「おっさんて、藤堂さんって人? 後見人とかっていう」
「後見人もどき。な。まあ、頼りになるか分からんが、一度話を聞いてみるってのも良いかも。って思って」
うん? 僕が小説を書いているというのと、あの藤堂というハンサムがどう関係するのかイマイチ話が見えてこない。困惑でいっぱいになった僕の表情を察してか、橋本は「ああ、そうか、説明不足だったな」と声を出した。
「あの人、ああ見えて実はプロの恋愛小説家なんだ」
…………はい? 衝撃の事実に脳の処理が追いつかない。あの藤堂さんがプロの小説家? しかも恋愛小説!? 色々とギャップがありすぎる!
「だから何か、参考になる話が聞けるかも知れん。って、聞いてるか?」
「あ、うん聞いてる。いやごめん、衝撃がデカすぎて反応に遅れたわ」
確かに一度プロの話を聞いてみるというのも良いかも知れない。何か面白い話が聞けるかも知れないし……。
それと関係なしに、一度橋本とは密に話をしたいと思っていたところだった。小説を書いている中で調べた情報が正しければ、多分彼はおそらく……。
橋本の提案に二つ返事で返し、その週の土曜の午後、その時間帯には藤堂さんが家にいるだろうということで、彼の家にお邪魔することになった。
さて。そうと決まれば僕も準備しなければいけないな……。
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