1995年はオカルトブームの真っ只中だった。不景気に喘ぐ経済不安や、同年1月17日に発生した阪神淡路大震災、3月20日にも地下鉄サリン事件が発生、また、”ノストラダムスの大予言”で地球滅亡とされていた1999年が間近に迫っていたこともあり、人々の未来への不安がピークに達していた頃、それを煽るかのようにTVでは超常現象に関する番組が多く放送された。

 ジャンルも幅広く、除霊も兼ねた心霊写真の放送や心霊系の怖い話、口裂け女などの都市伝説、チュパカブラなどのUMAの紹介や、宇宙人をはじめUFOの目撃談などの再現VTR系など、実に多くのオカルト特番が組み込まれていった。


 その日見たオカルト特番は宇宙人やUFOなど、地球外生命体に関して特集されたものだった。

 深夜に車を運転している男性がUFOにアブダクションされ、宇宙人と交渉し、気づいた時には自宅のベッドで寝ていた。後ろの首元には宇宙人に施術されたと思われる傷跡があり『男性は宇宙人になにかを植え込まれたんだろうか……』と言うお決まりの脅し文句で締めくくられ、興味と恐怖を同時に味わった。

 その日の夜は、寝ている間にアブダクションされるのではないかと言う不安でなかなか寝付けなかったのを覚えている。



 翌日、学校に行くと宇宙人の話で持ちきりだった。どうやら昨日見たオカルト特番は、この地域に限定して言うとなかなかの視聴率だったらしい。

「俺、宇宙人にアブダクションされたぜ!」と藤沼が意気揚々と言い放ち、これが証拠だと言わんばかりに首元に貼った絆創膏を周りに見せ付けていた。それを見た柿川が「バカらしい」とため息をつく。

「そんなの蚊に喰われただけでしょ? 私も喰われたから朝から痒いし」と続けて良い、少し赤くなった首元をポリポリと掻いていた。

「嘘じゃない! その証拠に、窓の外に赤く光る飛行体を目撃したし!」

「寝ぼけてただけじゃない? それか単に飛行機とか」

「違うよ。飛行機が近距離で並列して飛ぶ?」

「さあ、飛ぶこともあるんじゃない。いや、知らんけど」

 そこから話は宇宙人がいる派といない派の2つにクラスが分かれ、口論へと発展した。

 見たところ、いる派8割、いない派2割。興味本位で橋本に「ハッシーはいると思う?」と聞いてみると「ドレイク方程式によると、いるって考えた方が現実的だな」と意味不明な事を言っていた。僕が理解できていないことを察してか、「地球上に人類が生きている以上、似たような星があって、似た様な生命体が生きている可能性は、広い宇宙で0じゃないってことだよ」と注釈を加えてくれた。


 4時間目、体育の時間に今週末に行われる運動会に向けての練習とのことで僕らの学年は校庭に集合した。

 天気は憎らしいほどの快晴で、盆暮れしたとは言えまだまだ暑い気温の中、僕らの体を太陽は容赦無く照りつけていた。


 まずは選手宣誓の予行練習から入る、僕は諸事情により列の一番前で両手を腰に当て、その様子を特等席で見守っていた。

 西山と斎藤が左右から列の前に並び、壇上に立つ教師を見上げ手を上げる。

「宣誓! ぼくたち、わたしたちは、スポーツマンヒップにもっこり!」

 直前の休み時間で西山は、このふざけたフレーズを言うと宣言していており、その宣言通りの行動に僕らは爆笑する。確かに面白そうだと思ったが、本当にするとは思っていなかったから余計に可笑しかった。

 もちろん先生は僕らとは違い、不機嫌そうな顔をして「おい西山、ちゃんとやれ!」と喝を入れる。毎年一人はこう言うおふざけをする生徒がいるとは思うが、よくも笑わずにいれるなと感心した。


 改めて今度は真面目に宣誓の練習を行う。その後、先生の話が始まってすぐ、後ろから「ドサッ」と音が聞こえ、みんなの騒ぐ声が漏れた。「関口が倒れた」との数名の声がする。なるほど、いつものことか。

 彼女は貧血気味で、校庭で長い演説があるとよく倒れる。最初は心配にだったが5回に1回は倒れるので”そう言うものだ”と理解していた。(当時の学校方針は根性論というか、水分補給を積極的に取らせない方針だったのも悪かったと、今は思う)

 近くにいた梅本が倒れた関口を介抱し保健室にまで連れて行く、そうして先生の話が再開されると、またすぐに「ドサッ」という音が聞こえた。今度は複数。

 流石に何事かと後ろを振り向くと、倉持、藤沼、柿川の3人が倒れている。普段は貧血などで倒れたことのない3人が倒れたとのことで、あたりは騒然となった。

 それぞれに一人ずつ介抱人が付き添い、3人とも保健室に運ばれて行く。流石に先生もこれ以上話をする気もなくなったのだろう、普通に体育の授業を始め、ランニングを行うこととなった。


 体育の授業が終わり、お昼休みとなって保健室で休んでいた4名が帰ってきた。関口は当然ながら、他の3名も倒れたと言うことでみんなが心配そうに声をかけるが、「大丈夫、ただの貧血だってさ」と顔色に対して平気そうに笑っていた。


「おっす。柿川、本当に大丈夫?」

 給食を食べ終わり、僕は倒れた4人の中で一番仲の良い柿川に声をかけた。彼女の近くには、同じく彼女の容体を心配した中里もいて、心配そうに彼女を見つめている。

 柿川は軽く手をあげ「うん、大丈夫だよ」と言う。確かに顔色には元の健康そうな褐色のある艶が戻っており、思っていた以上に元気そうだ。彼女は続けて言う。

「なんか今年って暑いのかな? 貧血で倒れる生徒が今月だけでも何人も出てるって、保健室の先生言ってた」

「そうなの? 確かに言われてみると暑いかもだけど、去年のことなんて覚えてないな」

「いや、私も保健室の先生が言っていたのを聞いただけだから、去年と比べてどうかなんて知らないけど……」

「でも、4人もまとめて倒れるって、おかしいよね?」

 中里の言葉に僕ら二人は合わせて頷いた。確かに何かおかしい気もする。

 僕は柿川の方に目を向けた。少し茶色がかった長い髪の毛はポニーテールにまとめられており、首元はあらわになっている。その首元には蚊に刺されのような湿疹が見て取れ、同じく倒れた藤沼も同じ様なところに絆創膏を貼っていたことを思い出す……。

「やっぱり、宇宙人にアブダクションされたんじゃない?」

 単に思いつきで言った言葉だが、柿川と中里は呆れた様子で大きくため息を吐いた。いや、僕も本気でそう思っているわけではないが、そうも明から様に呆れられると少し傷つく。


 結局、その後も普通に午後の授業が始まり、特に変哲なこともなくその日の授業は終了した。

 やはり単なる偶然だったのかと思う反面、僕は4人も同時に倒れたのが気がかりのまま家路についた。

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