数日間かけて小説を読み終えその感想を、朝一で真情美に言うと、彼女はほころんだ表情で感想や考察に関して意見を出し、僕らはしばらく談笑した。

 主人公たちの活躍も目覚ましいが、何よりもヴァンパイアであるヴァンヘルがカッコいいと言うと、彼女の目の輝きはいっそう強くなる。

「ね! やっぱカッコいいよね! 超強いし頭も良い。何よりビジュアルもカッコいいしね〜!」

「人間の女性を愛して子供を作ってしまうという妙な人間臭さも良いよね。一回は善なる道に歩み寄ろうとするも、主人公側の一人に勘違いで彼女を殺されてから、思いっきり悪の道へと振り切る運命がもう……」

「ああ、うん。カスパルまじ許すまじ!」

「まあ彼自身も肉親を悪魔に殺されてる背景や、タイミングが悪かった部分もあると思うけどね。せめて、戦斧を振り下ろす前に一旦落ち着いて欲しかった。そのあとすぐヴァンヘルに復讐として殺されたから、ざまあって感じだけど」

「味方と口論になって気が立ってたもんね。でさ、やっぱり味方陣営に裏切者、居るよね」

「うん。ダムピールのエピスも立場的に怪しいけど、彼が加入する前から裏切者がいるかもって話があったし。僕はカイルが怪しいと思ってる」

「ああ〜カイルね〜。まあ行動怪しいし、一番疑われやすいよね。私は意外とエルザなんじゃないかって思ってるんだけど……」

「聖女が裏切者だったらマジで意外すぎるよ」

 彼女の大穴狙いの予想に笑いながら、その後の展開に関しても話し合ったりした。真情美の話によると、続巻は来月あたりに出るとのことで、そのことに僕は歓喜した。


 この時点では小説もまだ書き出して無く、意気込みだけの状態だったので、一丁前に執筆活動に関しては言及せず、本の感想だけに留めた。


 午前中の授業が開始され僕らは自分の席に着く。

 特に取り立てて面白い授業というわけでも無く、いつもの通り私語が飛び交う。「俺、夢でハッシー出てきたわ〜」「あ、私も〜」と言うふざけた内容に対して、橋本は鼻で笑い「出演料取るよ?」と言うお決まりの返しをして、先生に注意されていたりした。


 休み時間になると今度は真情美の方から僕のところに来て、他にもオススメの小説を何本か紹介してもらった。

 いつもは双子の姉である摩耶と橋本で談笑しているのに、今日こちらに来てもらったと言うだけで謎の優越感が生まれた。

(ちなみに真情美の誕生日は5月31日、摩耶の誕生日は6月1日。双子座の双子で、かつ後の誕生日の摩耶の方が姉というユニークな家族構成は知った当初は衝撃だったが、4年生ともなるとそのネタは飽きる程擦られまくっている。それに関して言及するタイミングがないので今ここで記しておく)


 午後の授業である美術が始まる。今日の美術は互いにペアを組みお互いの似顔絵を描くという内容で、公平さを出すためかペア組はあみだくじで決められ、僕のペアは何の因果か橋本となった。

 お互いに顔を見合わせ、渡された画用紙に鉛筆で書き込みながら僕は予防線を貼る。

「下手だったらゴメン」

「いや、気にしないよ。まあ自画像描けっていう内容じゃ無くて助かった」

「なんで? 自分の顔嫌いなの? カッコ良いのに」

「カッコ良いかどうか知らんけど、他の人と違うからコンプレックスがあるって言うのかな。とにかく、自分の顔って客観視できなくないか?」

 ああ、なるほど。橋本の意見はよくわかる。確かに僕も長時間鏡と睨めっこして、好きでもない自分の顔を画用紙に書くと言う苦行は考えただけでもゾッとした。

 そうで無くても橋本はアルビノだ。自分の容姿に関しての印象は、外観的特徴の少ない僕らとは比較にならないほどあるだろう。


 話し合いをしながらも僕らはお互いの似顔絵を描き続けて行く。先生が一人一人の進捗度をチェックしながら教室を徘徊し、僕の後ろに着くと「あら、久保谷くん上手いわね!」と言って立ち止まった。

 褒められたことに動揺し、手を止めて後ろに立つ先生を見上げる。周りの注目も僕に集まり、先生は僕に許可を取った後で僕が書いた橋本の似顔絵をみんなに見せ、「すげえ!」や「似てる!」などの絶賛の嵐が教室内を旋風した。

 最後に橋本もそれを目にし、指差して「似てるか?」とみんなに聞くと、みんな一斉に「そっくり!」と声を上げた。橋本は似顔絵を手にし、マジマジと見つめる。

「……そうか。俺はみんなにはこう映っているのか」

「? なに訳分かんないこと言ってんの?」

「さっきも言っただろ。自分の顔は客観視できないんだ。想定よりも異なっている事だってある」

 なるほど、そうかも知れない。考えてみると、僕も有名人の誰々に似てると言われた時、自分ではそう思わない時は結構あったな。それに近い感覚か……。


「これ、貰って良いか?」

 橋本は手に持っている似顔絵をいたく気に入ったみたいだった。予想外の提案に僕は先生の顔を見返すと、オッケーと言いたいのだろう親指を立てた。

「良いけど、まだ完成してないから続き書くね」

「よろしく。なるべく、ありのままで描いてくれ」

 似顔絵を取り戻し、僕は作業の続きを始めた。彼のことを友人として認識したのは、この一件からとなる。


 その後、僕は橋本と絡むことが多くなった。まあ、真情美と摩耶の双子のコンビも一緒にいて、真情美との交流も増えるんじゃないかと言う打算的な内容もあったが、それでも橋本の話は興味深いものがあった。

 橋本が元いた学校の七不思議の話とかも興味深く、『トイレの花子さん』や『深夜、誰もいない音楽室からピアノの音が聞こえる』と言ったド定番なものから始まり、『特定のクラスメイトの夢を見ると不幸になる』と言った変化球もあり、「おま、今日夢でお前見た俺にそう言う話する〜?」と話に加わった倉持のショックを受けた顔に僕らは笑った。

 淡々と七不思議を話している橋本だったが、どうも『深夜0時、階段の踊り場にある合わせ鏡に映ると、鏡の世界に連れて行かれる』と言う話は苦手らしく、通常の鏡に対しても嫌悪感を示すと言う話は面白かった。

「俺に鏡を向けてみろ。一瞬で叩き割る自信がある」

 怖いくせに自信満々にそう言い張る橋本は輪をかけて可笑しかった。

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