橋本やまどかが転入してから2週間が経過し、彼らが転校生であると言う物珍しさは消え、代わり映えのない日常に戻っていった。

 まどかは隣のクラスとはいえ、破天荒な行いがこちらのクラスに響いてくるほどの人物で、対して橋本は静かながらも物事に対して機転が聞き、合理的な判断に基づく決断を下せる事ができた。


 いつもの通り橋本に声をかけるように近づく。その道がてら、クラスメイトである岩手真情美が熱心に本を読んでいるのに気付き、僕の興味はそちらの方に引き寄せられた。

「まなちゃん、何読んでるの? 漫画?」

 彼女は読んでいた本から目を離し、僕の方へ視線をやる。丸眼鏡の奥の瞳は好奇に満ちた目をしており、ドギマギとした感情に襲われる。

「ううん、違う。夏休み中に本屋で見つけたの、絵が少ない文字の本。ショーセツって言うんだって」

「うわ。絵が少ないって、もうそれだけで拒絶反応起きるんだけど……。それ、面白いの?」

「結構面白いよ。絵がない分、色んなシーンを好きに想像できるの! あ、そだ。ね、ここ読んで見て」

 真情美は持っていた本を何ページかめくり、目的の場所を探し当てて指でその箇所をなぞった。

「この本では、世界の滅亡を書いた予言書が出てくるの」

「”ノストラダムスの大予言”みたいなやつ?」

「まあそんなとこ。主人公たちは、その予言を防ぐために旅をするんだけど、その予言の内容がカッコ良いんだ! で、それがここ。

 ”久遠の太陽は沈み、あたりは常闇に包まれる。白銀の不死者ノスフェラトゥ指導者ロードは力を解放し、自らの眷属をこの世界に召喚し、世界は魔界へと堕ちていった”

 この本では、悪いリーダーが銀髪碧眼のヴァンパイアなんだけど、ハッシー見た時、この本に出てくるリーダーみたいでカッコいい! って思ったんだよね〜!」

 真情美は羨望を含んだ視線を後ろの席に座る橋本に向けた。「これってウンメーってやつ?」とのたまう彼女に嫌悪感と言うか、何やらつまらないと言った感情が湧き上がり、つい茶々を入れてしまう。

「ま、ハッシーは碧眼じゃなくて目赤いけどね」

「それはそうなんだけど。でもまあ許容範囲内?」

 いったい何の許容範囲なんだろうか? 良くは分からないが、丁度、授業の始まりをしらすチャイムが鳴り、僕は自分の席に戻った。


 しかし、ショーセツか……。絵が少ない文字というのは考えるだけで億劫だけど、逆に言うと絵が書けない人でも物語を書くことができると言う点では便利なツールかも知れない。

 昔から物語を考えるのは好きだった。幽遊白書のアニメを見ながら、自分だったらこの後の展開をあーする、こうすると想像を膨らませるのは結構楽しいし、全く新しいストーリーを想像することも良くやった。

 家には確かワープロがあった。それを使えば何かできるかも知れない。そうすれば、先ほど真情美が橋本に向けていた羨望を含んだ視線を、ほんの数分の一でもコチラに向けてくれるかも知れない。

 そう言う打算的なことも加味しつつ、家に帰ってから、僕は初めての執筆活動を開始することにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なる。惚れた女に振り向いて欲しいっちゅう動機から、小説書くようになったんか。結構ピュアでかわええやん」

 ここまでの話を聞き、河鹿は馬鹿にするわけでもなくケロっとした表情で意見を加えた。馬鹿にしてくれなくて大変助かるが、そう真摯に受け止められるとむしろ恥ずかしい部分がある。いっそ笑ってくれた方が良かったかも知れない。

「そうか? 自分では打算的な部分強くて、他の小説書いている人には申し訳ない気持ちでいっぱいなんだけど……。それと、他人からそう改めて言い直されるとめちゃくちゃ恥ずかしいな、これ」

「愛情表現というか、アピールとしては結構遠回しな方法であることは確かね。非効率というか何というか……」

「クボやん、こん時からすでにヘタレ根性発揮しとんなあ」

 言いたい放題のことを二人はズケズケと言う。

 くそ、お前らの場合はどうなんだと言いたくもなったが、河鹿は許嫁で話のタネにはならないだろうし、田村さんに至っては想像もできない。そもそもこの人が他人に恋焦がれるシチュエーションが想定できない。

「まあ、男は好きな女の子がおると変な行動起こす生き物やからな。ワイの知り合いの話やけど、毎朝7時キッカリに、その日の天気予報と星座占いの結果がボイスメールで送られてくるって子おったわ。なんや面白おもろそうやから、何個か転送してもろたけど」

「ああ、僕も好きな子に毎晩9時に翌日の天気予報を送ってた時期あったな。流石にボイスメールはしなかったけど。なんか、定期的に連絡する理由が欲しいんだよ」

「ボイスメールも衝撃だけど、それを転送してもらった河鹿くんも相当ヤバイわよね」

「なんか強請るのに使えんかなおもてな。結局使わんかったから、数年後にその男に編集したCD-ROM渡したろーって計画しとるわ。あ、聞きます?」

 河鹿は軽快な手つきで携帯電話を開き、ボタンをポチポチと押す操作音が店内に鳴り響いた。田村さんは一瞬考える素振りを見せ「……すごく興味を惹かれるけど、後にするわ」と言った。うん、それは正しい判断だと思う。

 てかそれ携帯に入ってるのか、僕が当人だったら殺してでも奪い取る覚悟になる。


「……で、貴方が邪な気持ちで小説を書き始めたのは分かったんだけど、これから先に未だあるのよね? まだ怪異に首を突っ込んでいない訳だし」

「よこし……、まあ。その通りっちゃその通りか。はい。じゃあ、続き話していきまーす」

 残念がる河鹿を横目に、僕は思い出話を再開した。

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