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夏休みが終わり始業式。小学校の全校生徒は体育館に集まり、校長やら教頭やらの長い話を聞いていた。
いつもは退屈で仕方がないこの行事だったが、珍しく皆興味深い視線を壇上の上に向けている。その視線の先は、ありがた〜い話をしている校長などではなく、右端の椅子に座る白髪の少年へと注がれていた。
大体この時期にあそこに座るのは転入生と言うのがお決まりのパターンだった。転入生自体はそれほど珍しくないとはいえ、やはり白髪という異様な白さは紹介される前から存在感を醸し出し、その隣に座る女子が霞んでしまうほど浮いて見える。
校長の話を終え、僕らの担任である西園先生が壇上に上がる。
「それでは、これからみんなの友達になる転入生を紹介します」
ついにその時が来たと言わんばかりに、周りの子たちはざわつき始める。あたりが騒然とする中、まずは奥に座った女子が立ち上がり、演台の前に立つ。
「四月まどかです。今学期から4年2組に入ります。よろしくお願いします!」
女子はペコリと頭を下げ、僕らは拍手をして彼女を歓迎する。4年2組ってことは別のクラスか。と思いながら僕は拍手を続けた。
拍手が鳴り止むと、彼女は座っていた自分の椅子に戻って行った。同じタイミングで白髪の男子が立ち上がり、同じように演台の前に立つ。
椅子に座っている時には気づかなかったが、髪だけではなく、肌も異様なほど白かった。一見して日本人とは思えない容姿は体育館上で強い存在感を発しており、何よりスクウェア型のメガネの奥に光る赤い双眸が彼の異常性を際立たせる。
「橋本竜二です。今学期から4年1組に入ります。よろしく」
彼も同様にペコリと頭を下げ、僕らは同じように拍手で迎える。拍手の最中、前の方に座る岩手真情美がポツリと「綺麗、
体育館の集会も終わり、僕らは自分たちのクラスに戻ってきた。みんなが着席した頃に担任の西園先生が教室に入り、続いて件の転校生、橋本も教室の中に入る。
壇上の上で見るよりも間近で見た彼の存在はやはり異質で、大きな存在感を放っている。その存在感に気圧されたのか、談笑しているみんなも話をやめ、静かに転校生を凝視していた。
西園先生は黒板に『橋本竜二』と名前を書き、こちらを振り返る。
「さっきも挨拶をしてくれたが、転校生の橋本竜二君だ。彼の髪や目の色は、アルビノという特殊な体質で生まれつきだそうだ。まあみんな、仲良くしてやってくれ。じゃ、自己紹介、良いかな?」
橋本は軽く頷き、僕らの方を見据えた。
「橋本竜二です。えっと、誕生日は7月15日。本を読むのが好きです……。あとは……」
「好きな食べ物は?」と教室にいる誰か質問が飛ぶ。
「うーん……。好きな食べ物はミネストローネとか、スパゲッティ……。言わば、トマト料理かな? 嫌いなのは、匂いが強い、ニンニクを使った料理とか苦手だね」
「なんかスポーツやってた?」
「運動はあまり、得意じゃない」
「はいはい、とりあえず自己紹介は終了。後は休み時間に各々やって。じゃ、橋本くん奥の席用意したから、そこに座って」
示された奥の席に向かって橋本は歩み、静かに着席をした。続いてHRが開始され、夏休み期間の宿題の提出やらなにやらを済ませ、先生は教室を後にした。
休み時間に入ると橋本の周りには人だかりが出来た。
(僕の知る限り、転校生に対してのいじめなどはこの学校では起きたことはなく、基本的に外界から来たものに対して敵愾心よりも興味による度合いが強かったのだろう)
僕はその輪の中には参加せず、遠くからボーッと眺めていたが、やはりその異質な容姿は目を見張るものがあるのだろう、何回も「それって地毛?」とか、「アルビノってなに?」と言う質問が飛び交っているのは耳で聞こえた。
見ればいつの間にかもう一人の転校生である四月まどかも橋本を取り囲む輪に参加しており、別クラスの生徒も引き連れて大所帯が一か所に固まっていて、何と言うか、すげえ光景だった……。
第一次質問タイムでまず転校生のあだ名を決めようと言う話になり、安直に橋本は「ハッシー」に決まったが、四月は「たぬき」か「まどか」のどちらかとなった。
「たぬき」はともかく、「まどか」はマンマ名前じゃねえか、あだ名とはこれいかに? という疑問を抱いたが、当の本人はフレンドリーに接しられるのが嬉しいらしく、ケタケタと笑っている。
そうこうしている内に休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、黒山は蜘蛛の子を散らすように分散し、自分の席へと着席した。
その後も、休み時間の度に教室中の生徒が橋本の周りを取り囲み、様々な質問をぶつけて行った。僕も3回目くらいから輪の中に入り、親睦を深めようと画策した。
質問の内容は特に他愛もないことだったが、この話は衝撃だった。
「なんで目が赤いのか? ああ、別にこれは黒目が赤いんじゃないよ。みんな、黒目って色ついてるだろ。僕はその『色』を作れない体質らしいんだ。だから黒目の部分は無色で透明になる。赤く見えるのは、黒目が透過して血管が見えてるってだけで、つまり眼球の中の血液の色で目が赤く見えてるってだけだね」
この回答に、何人かは軽く引いた。僕もその中の一人だった。小学生というのは自分の感想に素直なもので、僕がつい言ってしまった「グロい……」と言う言葉に、橋本は少し苦笑いをしていた。
始業式の日は学校は午前中で終わり、それぞれ帰宅の準備を始めることとなった。みんなと連れ立って歩く橋本の後を追うような形で昇降口まで移動する。
上履きからスニーカーに履き替え校門まで歩くと、見慣れない大きなセダンが停まっており、そこに腰掛けている男は僕らの集団を見つけると、車から降りて近づいてくる。
男は筋骨たくましい青年で、ワイルドな風貌と共にハンサムな顔立ちをしていた。橋本を見つけると口角を上げ、悪戯っぽく笑う。
「何だ竜二。一日目でもう友達たくさん出来たのか、すげえな!」
「おじさん、来たんだ。歩いて帰れるから良いって言ったのに」
「おじ……っ。おいおい、みんなの前では”お兄さん”って呼べって言っただろうが」
軽くあしらう橋本に対し明らかに嫌そうな表情を男は浮かべた。誰かが「お父さん?」とか「お兄さん?」と聞くが、橋本は軽く首を振り「ううん、普通のおじさん」とだけ返す。
「おま……ッ! 俺はまだ24だっての。って言っても、10のガキからしてみりゃ干支一周してる充分なオッサンか……」
勝手に意気消沈している男に対し、クライスメイトの一人の荒木が質問をぶつける。
「お父さんでもお兄さんでもないなら、おじさん何者なの?」
「俺はこいつの後見人みたいなモンで、藤堂雅ってんだ。あと、お兄さんな」
「おじさん、後見人ってなに?」
「まぁ。血の繋がった家族とは違うが、家族みたいなモンだ。あと、お兄さんな」
「??? 意味わかんない。家族じゃないのに家族なの? どう言う意味なの、おじさん」
「うっせ! ガキにゃわからないオトナのジジョーってもんがあんだよ! あと、お兄さんだからな!」
「これ、結局は自分も分かんなくてうまく説明できないだけだから、オトナのジジョーって言葉に感心しなくて良いよ。まあ、単なる家族だよ。少し口うるさいけど」
後ろで喚く藤堂を無視して、橋本は話を続けた。
ひとしきり騒いで満足したのか、藤堂は深いため息を吐き、セダンの助手席を開けた。そしてセダンの後部座席に誰かが座っていることにその時気付いた。
「帰るぞ竜二。山本さんも待ってくれてる」
「山本さんもいるんだ。早く言ってよ。あ、じゃーねみんな。また明日」
ランドセルを背中から前のほうに移動させ、橋本は助手席に座る。藤堂が運転席に乗り、セダンから重量感のあるエンジン音が響くと、ゆっくりと動き出し学校から遠ざかっていった。
僕らはそれを見送った後、「車超かっこいい!」とか、子供ながらの率直な感想を言いながら帰路に着いた。
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