Song for V

 河鹿の提案を受け入れた僕らは休日などを利用して、大学や、近くの喫茶店などで集まり情報の整理や意見交換などを行っていた。

 田村さんの予想通り、河鹿の協力者は松崎助教授であり、彼も川で起こる水難事故の増加に興味を抱いていた。

 松崎助教授は河鹿の家業を知っている数少ないうちの一人で、田村さん曰く、彼自身にも特別な力があるとのことだったが、どのような力までかは分からないと言った。

 この人でも分からないことがあるのかー、と思っていると、

「彼の情報は少なすぎるわ、不自然なくらいね」

 と意味深な言葉を発したのを覚えている。


 この頃の僕たちは調査がてら、いろいろなことに関して談笑などをした。そのほとんどがどうでも良い笑い話で、それの紹介は後々機会があれば紹介するとして、きっかけは田村さんが放った一言だった。



「そういえば、貴方ってそもそもなんで”こんなこと”に首突っ込むようになったの?」

 当日分の調査が終了し、いつもの喫茶店で一息入れてから帰ろうという河鹿の意見に僕らは賛成し喫茶店に入った。

 4人がけのテーブルに対し、僕の隣に田村さん、対面に河鹿が座っている配置となり、田村さんは注文した紅茶をポッドからコップに淹れながらそう尋ねた。

 僕は一瞬(こんなことというが、そもそも誘ったのは田村さんだったよな?)と考え、その後、こう言った怪異全般に関して関わることになるきっかけを聞いているのだと思い至る。

「私は魔女だし、河鹿くんは家業でしょ? それに対してあなたはどう見ても一般人。とても怪異とかに関わるような人には見えないわ」

「ワイもそれ気になるな。クボやん、ドン臭いしヘタレやろ? ようこんな恐ろしいモンに手ぇ出そう思ったな」

「お前、本人目の前にしてズケズケと言うのな」

「ワイ、嘘つけん性分やし、クボやんなら良えかなと」

「貴方たち二人、デートしてから随分と砕けた間柄になったわよね」

 歯に衣着せぬ物言いの僕ら二人を眺め、田村さんは楽しそうに笑う。その発言には大いに問題があるが、確かにその通りで(アレをデートと呼ぶには抵抗があるが)、浅草に出かけて以降、河鹿は僕に敬語を止め、僕もそれに追従するように言葉遣いは適当になった。


「ちゃうねん。毒殺しかけた相手に敬語話すんもアレやなと思いまして……。何ちゅーか、殴り合って友情を高め合う、青春ドラマお約束展開? みたいな?」

「殴り合うって言うか、一方的に河鹿が僕をボコボコにしてた気がするんだけど。まあ、毒殺って言っても、アレは3日で治るもんで、命に別状ないんだろ?」

 当時の記憶を思い出しながら、言葉よりかは危険度は高くないですよと状況を田村さんに説明したかったが、僕の問いかけに対し、河鹿は気まずそうに視線を宙に逸らした。

「あー、そのことなんやけど……」

 言いにくそうに言葉を濁しながら河鹿は空を見つめ、やがて意を決したようでコクンと頷く。

「あれ、5体満足健康体の場合やねん。せやけど、あとで知ったんやが、クボやん心臓弱いやろ? せやから、意地張ってもう一つのコップ飲んでたら、今頃ポックリ逝ってたかも知れへん」


「はぁ!?」


 衝撃の事実を急に突きつけられ、僕は思わず大声を上げる。店のマスターが何事かとこちらを覗いているのが見え、申しなさげに僕は頭を下げた。

 さて、そんなことより本題だ。僕は声を抑えつつ河鹿に詰め寄る。

「おい、そんな危険な状態だったなんて聞いてないぞ!」

「ちゃうねん。ワイもそん時クボやんのことよう知らんかったし。まあ今はピンピンしてるし、結果オーライやろ。何ちゅーか……、ごめんね!⭐︎」

 い、今ほど舌を出してウィンクしているアホ面を叩きたくなる瞬間はあっただろうか……。結果的に今は生きているとは言え、相当危険な綱渡りをさせられていたのかと思うとゾッとする。くそ、僕が死ぬときはお前の名前を書いた紙切れを握りながら死んでやる。


「話を戻すけど、そもそも怪異に首を突っ込むようになった”きっかけ”ってなんなの?」

「そういえばそう言う話でしたね。…………えっと、元々は僕が小説を書くようになってからが始まりですかね? で、同時期に橋本が転入して来たってのも災いして……。あ、河鹿、一点質問だけど、お前の討伐対象って吸血鬼も含まれんの?」

「対象外やで。吸血鬼が蛇なる話は聞かへんからなあ。それに吸血鬼は知能高かったり、元人間もおるから、組織作って規律守って、人様に迷惑かからんようにしとるやつが多いんよ。確か関東 こっちにも割とゆるいコミュニティあるって聞いたことあるわ。唐傘連判……とか、なんとか」

「そっか。まあそっちの話もだいぶ気になるけど、とにかく対象外ってことだけは分かった。じゃ、この話も心置きなく出来るな……」

 僕は自分の思い出の抽斗を引っ張り、当時のことを思い出す。

 あれは1995年、夏休みの開けた9月の始業式の話だった。

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