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 あらかた笑い尽くした後、河鹿は「もう充分です」と言い僕の手を離す。どうやら許されたようで安心したが、質問されっぱなしではこちらも気分が悪い。僕も何か聞いてみることにしよう。

「河鹿の方ではなんか掴んでるのか? 川の異変というか、怪異というかに」

「んー。まあクボさんだったら良えか。恐らくやけど、河童とかやなく『濡れ女』っちゅうのが関係してはると思いますわ。前に関係性がありそうな土左衛門見ましたが、あら河童の仕業やないですね」

「死体を見て、河童かどうか判断できるモンなの?」

「まあ、相手は尻子玉抜きますからね。仏さんの肛門に無理くり突っ込んだ傷は見当たらんし、河童の場合は溺死する前に死にます。せやけど仏さんは溺死しとるんで、河童ちゃうんと思っとるわ」

 あっけらかんと話す河鹿だが、仏さんのケツを眺めたという事実が頭にもたげる。いったいどう言う経緯でそう言った状況に至ったのか気にはなる。ここは河鹿家というコネがあるからこそ出来ることなのだろう。


 ……果たしてコレで良いのだろうか? 僕の交渉術ではこれ以上の情報を引き出せそうにない。下手に食い下がると墓穴を掘りそうではある。問題は田村さんがコレで許してくれるかどうかだが。

「せや、クボさんの容疑も晴れたことやし、しばらく僕らと共同で調査に当たりません?」

 容疑……という言葉に引っ掛かりを感じるものの、河鹿の急な提案に僕は面食らう。これは、吉と出るか凶と出るか分からないが、基本的に調査の指示を行なっているのは田村さんだ、僕だけの一存で決めるわけにも行かんだろう。

「田村さんと相談して決めるよ。僕は助手だから、良いかどうか決められない」

「分かった。良え報告を期待しとるで」


 色々とあったこともあり、残ったカレーを食べる気は完全に失せていた。正直いうと、まだ喉の不調が残っているような気もする。完全な気のせいであって、ノシーボ効果だと思うのだが、そう考えるのを止められない。


 僕らは会計をしてカレー屋を出た。すでに河鹿の目的は達成したようで、僕もこれと言ってやり残しこともないので駅へと戻る。

 記憶通りに道を戻る中、突然できた壁やら見覚えのない風景などに戸惑いつつも、僕らはなんとか浅草駅に到着した。河鹿は「クボさん、方向音痴やな」とか訳のわからないことを口走っていたが、恐らく地形が変化したためだ、僕は悪くない……はず。

 僕と河鹿は別方向の線に乗るようで、ここでお別れと言うことになった。

 河鹿は「これ、プレゼントや」と言って小さな紙袋を僕に渡す。開けて良いかと問うと「ぜひに」と言うので袋を開けると、丸石を数珠つなぎにしたブレスレットが入っていた。数珠の中には見覚えのある石、フローライトも散りばめられている。

「付き合うてくれたお礼です。まあ、お守りですね」

「ああ、ありがとう」

「それは僕らの友情の証やで。クボさんが困った時、それを身に付けてたら僕が見つけて助けます。絆の力ってヤツですね」

「はは。なんだそれ? 結構ロマンチストなんだな」

 河鹿は「ホンマやでー」と言い、僕らは笑い合った。


 実際に、この石のお陰で助けられたことは何度かある。それは結局、絆の力とか言うオカルト的なことでもなく、「なんだそう言うことか」と手品の種明かしを喰らったようなものだった。



 そして約5年後、僕らの仲はどうしようもないくらいの隔たりが出来、河鹿は自らの手でこのブレスレットを破壊し、僕らの友情は破綻する。


 そんな未来が来ることなど、当時の僕らは知る由もなく、ただただ無邪気に笑い合っていた。


      Frog-Man前編 了

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