「もう面倒なんで全部言いますわ。田村さんがどこまで知っとるか知らんが、僕の家である河鹿家は自来也っちゅう忍者を先祖に持つ、昔っから蛇専門の妖怪退治を生業としとる家系なんですわ。

 その習慣からか男児は蛇の毒にも耐えられるよう、ガキんときから毒を飲まされ続けましてん。人間の体っちゅーのは不思議なもんでな、毒の抗体が出来るだけでなく、今度は毒素を自分で作ってまうようになるんよ。

 そのまま毒が体に溜まると中毒になるんで、定期的に大量に汗をかいて毒を排出する必要がある。せやから辛いもんがないと生きていけん言うたのは、結構比喩でもないんやで。

 汗として出た毒はそのまま使うことができて、身体のどこで摂取するかによって症状が異なる。効果は今、実感しとるよな?」

 子供の頃から毒飲まされるって、ゾルディック家か何かかコイツ。下剤入りのジュース渡しても「僕、慣れてますねん」とか余裕ぶっこいて飲むの河鹿を想像してしまう。

 しかしいつ毒を飲まされた? 少し記憶を遡ると、彼のカレーに手を出して、悶絶しているときにサッとコップを渡されたことを思い出す。可能性としてはあの時か……。

「あと、許嫁がおる言うのもホンマやで。汗の毒で倒れられたらオチオチ抱けんやろ? 汗の毒に抗体を持つ相手を河鹿家では「ナメクジ」と呼んで共に育てる。僕が産まれたから、難儀な運命背負わせてしもたっちゅーのはちょい引っかかるが、そう言う家に生まれてしもうたってことで割り切っとる。誤解せんように言うとくが、嫁んことは愛しとんよ。……さて」


 河鹿は手を離し、背もたれに背中を預けた。僕と河鹿のコップを左右に並べ、テーブルに置いてある水差しの水をコップに入れた後、懐から取り出した粉を左側のコップに入れる。

「想像できるように、今、右手……、クボさんから見て左側のコップに解毒剤を入れましたわ。コレからする僕の質問に正直に答えると約束すんなら左側、拒否すんなら右側のコップの水を飲んだってや。一応言うとくと、僕ん毒はちょいとシンドイかも知れんが、3日も経てば症状は治る程度で、命に別状はあらへんで。まあ、机叩く余裕あるんやろ。左やったら早う選んだ方が身のためやで」

 河鹿は解毒剤を入れたコップ側面に指先を添え、チョンチョンと叩いてテーブルの端へとスライドさせ始めた。僕が決断しない場合、コップはテーブルから落ちて解毒剤は飲めなくなる。


 どうする? どうするのが正解だ? 実はコップが裏にもあって、後ろにあるコップが正解だとかって言うオチとか……。いや、馬鹿なこと考えている時間はない。田村さんは何か言っていなかったか? 思い出せ、思い出せ!


《イニシアチブを取りなさい。相手より優位な関係を取って相手から情報を聞き出すのよ》

 違う、コレじゃない。確かもう少し前だ。確か、土手での話だったと思う。


『金は、命より重い』


 利根川じゃねえか! ……少し行きすぎた。くそ、何でこう言う時って余計な雑念が入りやすいんだ。思えばテスト勉強で机が気になって普段しない掃除をしてしまうタイプだったな僕は。いや、そんなことより記憶を手繰ろう。


『……なるべく穏便に。できるだけ接触はせず、でも要求やら要望が来たら従って。命あっての賜物よ』


 そうだ、そういえばそんなこと言っていた! 僕はテーブルの縁に立って傾きかけたコップを手に取り、一気に喉の奥まで流し込んだ。途端、喉にかかっていた圧迫感が引いていき、呼吸によって空気が身体中に循環していく感覚を覚える。同時に舌の痺れも取れた。これで会話も普通に出来るだろう。

 僕は河鹿を睨み付けるが、そんなことどうでも良いと言う様子で彼は微笑み返した。

「正しい決断やね。じゃあ、僕の右手、握ってもらうで」

 河鹿は自身の右手を僕に差し出した。おそらく握手の要領で握り返すことを要求しているのだろう。息苦しさから解放され、多少余裕が出てきた、これは質問ではない。従う道理も無いハズだ。

「河鹿。たった今毒殺されかけた相手に『手を握れ』って言われて、「わかりました」って素直に従うヤツがいると思うか?」

「そうですね……。毒殺されかけた相手の要望聞かんと、さらにシンドいことなるって思いつかんのか? って思いますわ」

 聡明な僕は黙って河鹿の手を握手の要領で握る。彼は強く握るでもなく少しだけ力を入れ、そのままテーブルに手を置いた。いったいこの行為に何の意味があるのだろうか?


「何やコレ? と思っとるんやろけど、コレ必要やねん。まずは簡単な質問や。クボさん、童貞やろ?」

「へ!? はぁ!? ななな、なんて!?」

 予想打にしていなかった質問に混乱し、訳のわからないことを自分でも口走っていると理解した。若干だが河鹿の顔も引きつっている様に見える。言っとくが質問したのはお前だ、引くんじゃ無い。

「あー、分かりやすぅ……。コレはちと質問が悪かったわ。ちゃうねん、何が言いたいかっちゅーと、嘘言うとバレるっちゅーことやねん」

 河鹿は右手の指先を、波を立てる様に順々に力を入れて軽く揉み込んだ。彼は僕の目を見据えて言葉を続ける。

「表情、視線、瞬きの回数、息の深さ、言葉の抑揚、質問から回答への速度、手の発汗や温度、また力の入り具合。それらを総合して嘘かどうかを判断する。

 アカデミー賞モンの俳優や、訓練した人ならややこいやけど、トーシロー相手では十中八九、嘘かどうか当てる自信あります。それにクボさんは嘘つくの上手ない感じやし、嘘つくだけ無駄やで、っちゅーこっちゃ。

 信じられんかも分かりませんが、一応コレでも僕はクボさんのこと気に入っとるんよ。手荒な真似しとうない。せやから、知っとること、全部話せ」

 なるほど、右手は差し詰め『嘘発見機』ってところか。了承の意を伝えるため、彼の顔を見返し頷いて見せる。その意図を汲み取った様で、彼は一度、息を吐いた。

「まず一つ目。田村さんの正体、目的は?」

「正直、僕も詳しくは知らない。彼女は自称『魔女』と言っていた。本当のところはどうか知らないけど、納得できる位の知識とか、雰囲気とかは河鹿も感じ取ったと思う。

 目的に関しては、将来的に何か良くないことが起きるのを阻止したいそうだ。そのために、去年と比べて川での水難事故が多くなっているから、川の調査を行ってる。この間会ったのもその活動の最中だ」

「なんや同業者かい。僕はてっきり妖側の存在かと思っとってましたわ」

 だからここまで警戒されてたのか……。

 まあ、確かに田村さんに関しては人間よりも妖怪に近いと言われた方が納得できる。いや、コレは僕の予想だが、きっとあの人は人間じゃ無い……。

「じゃ続いて二つ目、その川の異変について知っとることは?」

「まず、さっきも言ったけど去年と比べて水難事故が多いってこと。それ以外はまだ良く分かってない。川の調査として魚釣ったり川の水集めたりした。今、田村さんが解析中」

「なる。ほとんどなんも分かっとらん状況やな。じゃ、次の質問も意味なしかも知れへんな」

 見る見ると河鹿の興味が薄れていくのを感じた。それほど明からさまに失望されると、尋問されている身として複雑な気持ちになる。

「川に出没する蛇について、なんか知っとるか?」

 蛇。ここで来たか。口調に若干の半ばやけくそ感があったことは否めないが、一応と言うことで聞いたのだろう。単に蛇の話をされれば若干森田の顔を思い浮かべるが、川に出没すると限定されれば全くの心当たりがない。

 ……いや。あるにはある。多分、望んでいる答えとは違うだろうが、「知らない」との嘘はつかない方が良い。

「中学生の時、美化運動で中川の土手付近のゴミ拾いを行なってた。そこに自転車のタイヤが落ちてて、デケえゴミだなって思って拾おうとしたら、アオダイショウだった……」

 正直に答えた僕の回答を聞き、河鹿はキョトンとした表情をした後、「あかん、オモロイ……」と声を震わせ、大きく笑った。

「すまん。多分期待した答えじゃないとは思うけど、川と蛇が統合している思い出なんて、そん位しかねーよ」

「い、いや……。ふふ、確かに知らんといえば嘘なるが、ひひ、中坊ん時の思い出話聞かされるとは思わんかったわ。ぶほぉっ! ゲホッ、ゲホッ」

 ちょっと笑いすぎじゃないですか河鹿さん? 相当ツボに入ったらしく、ヒイヒイと引き笑いまで織り交ぜながら数秒間河鹿は笑い続けた。

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