「僕、新撰組、特に沖田総司様が好きやねん。せやからここ、いっぺん来てみたかったんですわ」

「ああ、だからか。というか僕は初めて知ったんだけど。新撰組って京都とかじゃなかったっけ?」

「沖田様はもともとの生まれは江戸で、結核で悪うなって戻ってきたらしいです。ま、中にでも入りますか」

 ペコリと鳥居に向けて礼をし、神社の中に入っていく河鹿の後を追う。

 右側に大量の絵馬が結ばれた柵(あれはなんというのだろう?)に見向きもせず、河鹿は本殿手前の縄輪左手にある記念碑へと直行していった。

 沖田総司終焉之地と大きく掲げられているからどんなものかと想像していたが、割とこぢんまりとしたスペースにまとめられていた。

 難しそうな漢字が刻まれている石の中、中央の細長い『沖田総司終焉之地』と刻まれている石碑だけちゃんと読め、「これこれ、これが見たかったんすよ!」とやや興奮気味に携帯電話のカメラで仕切りに撮影を繰り返している。


 さりとて僕自身は新撰組に興味はなく、とりあえず神社の基本情報を調べようと携帯電話で検索した。

 祀っているのは伊邪那美命と伊邪那岐命という、古事記において日本最古の夫婦となった神々だ。招き猫発祥の地とはあるが、招き猫の元ネタというよりも、その焼き物を初めて作ったのがここ近辺であるというのが真相だそうだ。

 沖田総司終焉の地としては大きく宣伝しておらず、主に取り沙汰されているのは縁結びの方で「良縁を招く」という御利益があり、恋愛成就のため訪れる人々は後を絶たないらしい。

 そう見てみると境内にいる人は女性が多く、近くに結んである絵馬を見てみると、書かれた願い事のほぼ全て恋愛成就に関して書かれているものだった。中には個人が特定できそうな情報が書かれたものもあり、読んでいて冷や冷やする。

「ほえー、なんか縁結びとしても有名らしいねこの神社。河鹿くんも奉納してきたら? 良縁に巡り合えるかも知れないよ」

「んー。僕は良えかなー、もう結婚しとるし。それよりクボさんの方が必要ちゃうん?」

「まあそうだね。確かに神頼みするしかない状況かも……」

 確かに、最近出会った女性は田村さんという規格外のような女性だし、他には森田もいるが、あれは女性とカウントするのはルール違反だろう。まどかに関しても小学校から一緒にいて、兄弟に近い感覚で異性として意識することはない。






 ………………。






「お前結婚してんの!?」

「だいぶ反応遅かったすね。隠してる訳やないですよ。ほら、結婚指輪」

 これ見よがしに見せつけられた左手の薬指には、確かに鈍色のシンプルな指輪が付いていた。普通にファッションかと思ってた。

「え? でも歳若いよね?」

「20ですね。嫁も同い年です」

「僕とタメじゃん……」

「まあ、ウチは結構仕来りの多い家でし。家で決められた許嫁言うもんがあってですね、18を迎えるといっぺんに結納、婚礼をする習わしがあるんすわ。まあ運良くと言うか、僕も嫁が好きやし、嫁も僕を気に入ってくれてるだろうから、夫婦仲は良好ですわ」

 なるほど、そう言うものか。

 田村さんの話によると、河鹿家は長く続く退魔師の家系。昔からある仕来りを重じて今日まで続いていたとしても不思議でもない。でも僕はそれを知らないことになっているから、「なんか複雑そうだもんな」と適当に相槌を打った。

 

「クボさんはどうなん、彼女とかおらへんの? 田村さんと直ぐ仲良うなれるんやから、手、早いんやろ?」

「いや田村さんと交流持ったのは偶然の産物というか……。

そもそもあの人と付き合いたいと思える人は、よっぽど酔狂だと思う」

「ああ。まあなんか達観してらっしゃるし、出来すぎる女っちゅうんも男は気後れしてまうからな。もう一人の子は? おっぱいの大きいコ」

「まどか? うーん。小学校からの付き合いだし、恋愛対象ってより兄弟とかそんな感じにしか見えんのよね」

 ないないと手を振る僕に対し、河鹿は小さく「ゼータクなやっちゃな」と言葉を漏らす。確かにそうかも知れないが、実際そういう感情にならないのだからしょうがない。

 効率を考えるなら、交流を広げて母集団を増やすしか手はないか。

「河鹿くんなんか大学とかで良い人いない?」

「うーん。前にも言いましたが僕は越してきたばっかりでコッチで友達おらんのよ。大阪行ったらアテがないこともないんやが……。あ、ならウチの妹とかどうですか?」

「こういうので普通兄弟紹介する? ってか河鹿家は許嫁とかがあるんじゃないの?」

「それは男系。女人には適応されへんのや」

「なるほど……。

 結構ワイルドな趣味持ってる子だよね? 鉱石破壊する。なんだっけ、プレステージ……じゃなくて」

「フローライトな。プレステージってAVメーカーやん」

 コイツもよく知ってんな。

 ……しかし河鹿の妹さんか。兄と似た性格だったら楽しいだろうし、大阪弁ってのもなんだか憧れる。

「……下衆いこと聞くけど、妹さんって可愛い?」

「はい! めちゃめちゃ可愛えですよ。今年で10になったばっかりです!」

「おいダメだろ! 却下に決まってんだろ!」

「なんで!? もしかして、妹が可愛くないと疑ってるんか?」

「逆だよ、可愛すぎるんだよ。成人迎えた男に小学生の妹紹介する奴初めて見たわ。ってか、それ喜んで受けてたらどうする気だったの?」

「今後の付き合い方考えるレベルでドン引きします」

「もう罠じゃん!」

 河鹿は腹を抱えてケタケタと笑った。くそ、初めから冗談だったみたいだ。少しは期待したこの気持ちを返してほしい。

「はあ。まあ、10年くらいしてまた機会があったら、その時頼むわ」

「中々に貪欲な性格に感心しつつも、内心、心の奥底で「うわぁ」って気持ちも抱いていますが、まあ了承しました」

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